HALFBYが2021年10月にリリースした〈ハワイ三部作完結編〉にして最新作『Loco』。先日、ついにアルバム全編が各種サブスクリプションサービスでも聴けるようになり、あらためて注目を集めている。MikikiではHALFBY自身が20年のキャリアを綴っていく連載〈HALFBYのローカリズム 2001~2021〉も継続中だが、今回はインタビューで、これまでの足取りや新作についてを語ってもらった。ある意味、原点回帰であり、HALFBYこと高橋孝博の音楽人生を包括した作品でもあるという『Loco』。本作に込めた彼の想いの強さ、深さをこのロングインタビューで知ってほしい。

HALFBY 『Loco』 felicity /Pヴァイン (2021)

 

辞める必要がなかったのは、ついているタイプだったから

――今年はHALFBY活動20周年にあたるわけですが、まず20年続けてきたことについてはどう感じられていますか?

「本当によくやってきたなって思うところもありますが、結局僕にとってはレコードを買う行為のような、生活の延長線上にある活動をしてきた20年だったような気もします。早かったような気もしますが、キャリアすべてを考えるといろいろあったのかなと。まあでも辞める必要がなかったのは、単純についているタイプだったからでしょうね(笑)。洋楽を聴いてきた延長で音楽制作を始めたのがなんとなくキャラクターとなり、自分のDJの選曲に合わせた楽曲はHALFBYの象徴となって局地的に浸透した。

あとは、HALFBYをリリースしているSECOND ROYALを中心に周囲のコミュニティーがしっかりあったというか、そのなかでの自分の役割はDJであって、HALFBYというユニットでリリースを重ねることに使命感を感じていました。最初の10年間は夢中になってやっていたら、10年経っていたという感じでしたね。それ以降の10年間は、シーンの変化も世代交代もあったし、HALFBYのキャラクターもブレ出して、最終的にはハワイに辿り着いたという(笑)。同じ10年でも前半と後半とでは、時間の過ぎ方がぜんぜん違ったように感じます」

――HALFBYはどんな点で〈続けやすかった〉のでしょう?

「まず、初代マニピュレーターの橋本(竜樹)くん、二代目の上田(修平)くん、この二人のバックアップが常にあったことは前提としてありつつ、元々はレコード屋の正社員としてフルで働いていたので、その仕事がアーティスト活動の基盤にもなっていたのは大きかったのかなと。

レコ屋を辞めるタイミングで音楽の聴き方もインターネット経由が中心になったんですが、それはそれで自然とマイペースに音楽と向き合える距離感になれたんです。ありがたいことに京都にいながら東京の仕事も安定してあったし、経済的にも上手くいっていたので、のんびり続けてこられた。そのなかでよりコンセプチュアルなものにチャレンジしたいという気持ちが強くなり、サンプリング主体の陽気なダンスミュージックから、よりアレンジやメロディーが作り込まれたメロウなものに変化していったんです」

 

『SIDE FARMERS』でピークを迎えた最初の10年間

――最初の10年でいうなら2007年に『SIDE FARMERS』をメジャーレーベルから発表したことはHALFBYにとって転機だったように思います。

「トイズファクトリーから『SIDE FARMERS』をリリースするにあたって、プロモーションにしても楽曲制作にしてもクライアントワークにしても、常にキャパオーバーでの活動が続いたし、自分としても〈ここでいったんがんばる〉という覚悟がありました。京都でのマイペースを崩して、メジャーのシステムに身を投じるというか。実際に東京・池尻大橋のホテルに月の半分くらいは泊まって仕事していたし、クライアントワークで『SIDE FARMERS』に収録している“HALFBEAT”っぽい曲は数えられないほど何個も作りましたね。その頃は東京に住むことを疑似体験しているような生活でした。

2007年作『SIDE FARMERS』収録曲“HALFBEAT”
 

『SIDE FARMERS』の頃に、本当にいろいろな経験をさせてもらったので、その後にリリースした2枚のアルバム『The Island Of Curiosity』(2010年)と『Leaders Of The New School』(2011年)は完全に『SIDE FARMERS』の余韻で出せたようなものです(笑)」

――(笑)。

「『The Island Of Curiosity』で新たなモードを模索しようとしたんですが、当時DJでも影響を受けまくっていたテムズビートやヤング・タークス(からリリースされていたもの)、フィジェットハウスなどの落とし所が上手くいかず、なんだか中途半端なまま完成してしまって。

『Leaders Of The New School』に関しては、自分のなかでムーンバートンの盛り上がりがあって、そうしたデジタル中心のベースミュージックをテーマにしていたんです。それをわざわざフィジカルでアルバムとしてリリースするのって時代と逆行しているし、ある種、音楽的でおもしろいかなーと思って。〈ディプロへの憧れで一晩で作りました!〉みたいなテンションでリリースしたかったんです」

2011年作『Leaders Of The New School』収録曲“Bitch Attack!”
 

――いずれの2作も、インディーのセンスからの、当時のダンスミュージックへの解釈としておもしろかったですけどね。

「ありがとうございます。なんにせよ、そこまでが前半の10年間ですね。このあとは急激に方向転換してハワイに呑み込まれていきました」

 

ceroらとの出会いが気付かせた、日本の音楽としてのHALFBY

――急激な方向転換の背景は?

「もちろん大きなきっかけとしては、自分のハワイへの初渡航があるんですが、音楽家としても制作に行き詰まっていて、音楽との距離が決定的に離れていた時期があったんです。DJも全然楽しくなかったし、〈もう音楽辞めます!〉みたいなときってこういうタイミングなのかなーと思っていました。

そんななかで、ceroやVIDEOTAPEMUSICくんのライブを京都で観る機会があって、そこで新しい世代の音楽の始まりを告げられたというか、自分のなかに初期衝動のようなピュアな高揚感を覚えて。HALFBYの音楽とは一見似てない彼らの音楽のなかに、いままで自分が聴いてきた音楽の欠片が見えたことに刺激を受けたんです。HALFBYでめざしたものとは別の音楽ながら、あらためて好きな音楽と向き合うようなデジャヴ的な感覚もあって、新しい制作モードが芽生えてきた」

――新しい世代の日本のインディーに感化されたと。

「僕は邦楽と括られるような音楽からは、ほとんど影響を受けたことがないんです。例えばいままた盛り上がってる〈シティポップ〉というワードに付随するイメージだと、山下達郎さんや細野晴臣さんって日本の音楽史的には絶対に避けて通れない存在だと思うんだけど、捻くれた性格のせいか、僕は奇跡的にそういうのをすべて避けてきていて。はっぴいえんどや大瀧詠一さんとかも、謎にアルバムは持っていても、しっかり聴いてこなかったんですよ。〈だからHALFBYはダメなのか〉って言われそうですが、良くも悪くもずっと王道から外れてきたんです。 

加えて、20代の頃に働いていたZESTというレコードショップでは、セレクトの観点からほとんど邦楽を扱えなかったし、そのなかで育った天邪鬼だという自覚もあって。その一方で(ZESTには)渋谷系は絶対正義という価値観が根付いていたから、そこに大きく影響を受けてはいるんですけど」

――なるほど。HALFBYのキャリアを10年ごとに分けると、最初の10年は洋楽インディーのリスナーから支持されて、後半の10年は日本のインディーのリスナーに愛されてきた、といえるのかもしれません。

「『INNN HAWAII』(2015年)以降のHALFBYの音楽が、ceroやVIDEOくんを好きなリスナーからもなんとなく受け入れられている理由は、僕の音楽にも日本経由のいわゆる〈シティポップ〉や〈エキゾ〉なんかの要素を内包しているからなのでは、と感じています。それはceroやVIDEOくんから逆輸入的に受けた影響だと思う」

――うんうん。

「といいながら、自分のヒーローはCorneliusこと小山田圭吾氏なんですよね。彼を取り巻く渋谷系のすべてが僕の青春であって、20年間の活動の基盤となっていることは間違いないんです」

――話を戻すと、ceroやVIDEOTAPEMUSICの音楽から受けた興奮が『INNN HAWAII』に繋がったということでしょうか?

「同時にDorianの『midori』(2013年)やYettiの『Farmer Gone To Heaven』(2012年)もよく聴いていたので、その2枚からも大きく影響を受けたんですが、それらの興奮が『INNN HAWAII』ではクロスオーバーしたと思っています。

そして、その余韻かどうかはわからないんですが、音楽との接し方も変わってきて。例えばダンスミュージックの12インチをまったく買わなくなったし、DJ的なレコードの聴き方をあまりしなくなった。自分も歳をとったし、身近にいる人たちも同じように歳をとったことも大きく関係していて、HALFBYの音楽性は大きく変わりました。実際、HALFBYを始めたときから思ってたんですよ。クールな音楽や暗い音楽は歳を取ってからやればいいなって」

――つまり、年相応の表現になっていったと。あと音楽家としての大きな変化として、高橋さんは『INNN HAWAII』から鍵盤を弾くようになりましたよね?

「あのアルバムで、初めてキーボードを弾きながらメロディーを作りました。〈等身大をめざした〉とかいうとおっちょこちょいな感じがありますけど、それまでアイデアやスピード感で補っていた部分を、自分の表現としてしっかり作り込むようにしたかったんです。現在の自分のなかにあるものを、できるだけ作品に反映させたいという想いが出てきました」

2015年作『INNN HAWAII』収録曲“Slow Banana feat. Alfred Beach Sandal”

 

田舎暮らしとアンビエント音楽との相性

――では、『INNN HAWAII』の続編にあたるハワイ第二作『LAST ALOHA』(2018年)は、どういう方向性で作られたんですか?

「はっきりとは覚えてないんですが、パーソナルな環境の変化もあったし、それゆえに室内楽的な音楽を好んで聴いていた時期があって。仕事柄、夜中にゴソゴソと何かを始めることが多いんですが、田舎の夜の雰囲気のなかで自分が聴きたいと思う音楽を並べていくと、アンビエントなものやニューエイジ的なサウンドとナチュラルにリンクする感じがあったんです。

それは加齢による音楽志向の変化もあったんでしょうけど、たとえばピーター・ポール・ケロッグとアーサー・A・アレンが34匹のカエルやヒキガエルの鳴き声を収録したフィールドレコーディングのアルバム『Voices Of The Night』(1953年)をレコードプレイヤーで聴き流しながら、ミュージック・フロム・メモリーズの新作なんかをPCでチェックしていると、すごく気持ち良さを感じたんです。その擬似的な音像を経て、草むらや川辺から聴こえる虫の鳴き声、田んぼの蛙の鳴き声なんかが、窓を開ければ聴こえてくるという自室の環境をあらためて確認したり。そこで〈この感覚は田舎というかローカルに留まって音楽制作をしていくことと地続きなのでは?〉と考えたりしたことが、大きく『LAST ALOHA』に反映されたと思います。

その時期はもう世界的にもアンビエント/ニューエイジの再発や現行アーティストの作品などが盛り上がっていたんですが、自分の感覚がハマったのには、Corneliusの『Point』(2001年)や『Sensuous』(2006年)からの影響もあったのかなと思ったりもしました。Corneliusの音楽性の変化にしがみ付いていくことで、シンセの音像やリズムトラックの配置、ドラムマシーンのエディットの方法などについては、音楽家として知らず識らずのうちにトレーニングされていた気がするんです。リスナーとしてはポップミュージックの延長として聴いていたんですけどね。

ともあれフアナ・モリーナなどのエレクトロニカが盛り上がった2000年代と似たような感覚のもとで、アンビエントやニューエイジのレコードがすごく心地よく聴こえるようになったんですよ。その感覚をシンクロさせながら『INNN HAWAII』の発展形を作れないかという考えだったんじゃないかな」

2018年作『LAST ALOHA』収録曲“Diamond Head”
 

――ちなみに『LAST ALOHA』はリリース時に〈ハワイ最終章〉と打ち出していましたよね。それが新作の『Loco』のキャッチコピーでは〈ハワイ三部作完結編〉となっていて(笑)。

「(笑)。『LAST ALOHA』はタイトルが先に決まっていたし、タイトルに沿って楽曲を作っていたのもあって、出来た頃はすべてに満足していたんです。だから〈もうこれでラストでいいんじゃないかな〉と思ったんですが、それから時間が経ち、コロナ禍でハワイが遠くなったことでハワイへの気持ちも強くなってきて、アイデアもいろいろと生まれた。じゃあ、もう一枚作ろうとなったんです」

――ちなみに『LAST ALOHA』から新作までの3年間はどのように過ごされていたんですか?

「アルバムをリリースしたあとはオリジナル曲の制作への欲求がほぼなくなるので、クライアントワークをこなしながら2年くらいはだいたいボーっと過ごすんですよ。今回もそういう感じを踏襲したうえで、おもちゃや陶器製の置物、レコードなんかを販売する謎のオンラインショップ〈Chewiie〉を立ち上げて、運営したりしていました。

そんななかでコロナ禍になり、世の中がガラリと変わって。さまざまな制限のなかでの生活は、ローカルライフでの日々を見直すことに直結したように思います。そして、日々のストレスの拠り所としてハワイの記憶へと漂流し、思い焦がれる気持ちを音楽に変換していった結果、『Loco』に成長していきました」

 

メン・アイ・トラストを経た〈ネオアコ〉再発見

――『Loco』のサウンド面での方向性を定めていくうえで、何かリファレンスはあったんですか?

「僕の家は八幡という京都の南のほうの田舎なんですが、生活するうえで車での移動が欠かせないので、車中でよく音楽を聴いているんですよ。僕の場合、家で聴いたレコードより、車のなかで聴いた音楽のほうが印象深く残っている。運転と音楽を聴くことは相性がいいんですよね。

このアルバムに取り掛かった頃は、ちょうどメン・アイ・トラストの『Oncle Jazz』(2019年)――フランス語で〈叔父さんのジャズ〉というタイトルのアルバムをずーっと聴いていて。あのアルバムは、メロウな曲や暗い曲が中心で、かつ24曲も収録されているんですが、いわゆるジングルっぽいものや、タイトルコールなんかも上手く構成に組み込んであって、めちゃくちゃバランスがいいんです。何周もリピートして聴けるんですよ。

それがすごく快適だったから、〈歌もののアルバムを作りたい〉という単純な気持ちが芽生えてきた。『INNN HAWAII』と『LAST ALOHA』は情報量を削ってインスト中心にすることで、リスニング向けに徹したつもりだったんですが、メン・アイ・トラストの『Oncle Jazz』は歌ものが中心にもかかわらず、それをやってのけた作品だと感じたんです」

メン・アイ・トラストの2019年作『Oncle Jazz』収録曲“Norton Commander (All We Need)”
 

――メン・アイ・トラストが『Loco』に影響を与えたとは思いもしませんでした。

「彼らのライブを観に行ったんですけど、シンプルな演奏のなかにドリームポップと形容されるようなインディーの要素がありつつ、ジャズをベースに持っていることも見え隠れして。それがメロウにまとまっていることも、すごく好みでした。

それからCDやレコード、カセットテープにTシャツまで買い揃えて、すっかりファンの気持ちで盛り上がったことが、新作の制作に影響したのかもしれません。ちなみにメン・アイ・トラストを知ったのも、小山田くんが〈息子に教えてもらって〉と雑誌のインタビューか何かで紹介していたのがきっかけです」

――ここでも小山田圭吾の影響が。

「メン・アイ・トラストは、アレンジの面ではエレピが入っていたりスラップベースが多用されていたり、そこはかとなくファンクマナーではあるんだけど、佇まいやアートワークを含めて絶妙にインディーポップしているんですよね。もともとインストのダンスミュージックを作る男性デュオだったのが、女性ボーカルのエマニュエル(・プル―)が加入したことでスタイルが少し変わり、ポップミュージック面での引き出しが輝きはじめた。その過程も含めて好感度が高かったし、彼らの音楽的なバランスも、ひとつアイデアのもとにはなったかな。〈こういう音楽がやっぱり自分は好きなんだな〉と再確認できたし。そこから〈ネオアコ〉というキーワードもより強くなってきました」

 

〈間〉って感覚がHALFBYの強み

――なるほど、ネオアコですか。アルバムのなかでもマニラ出身のボーカリスト、Ruruをフィーチャーした“Calm As Day”、“I’ll Remember you”はネオアコ~ラウンジ感が強いですよね。

「Ruruは、NaohirockさんのDJミックスに収録されていて知ったんです。〈この人の声、ちょうどいいな〉と思って、Bandcampを経由して連絡してみたら、すぐ返信がきて。〈私はプロだから、ちゃんとお金いるよ〉なんて書いてあって、より歌ってもらいたくなりました(笑)」

Ruruの2019年のシングル“Tonight”
 

――かっこいいですね(笑)。

「そのあと、歌メロを入れたデモを送ったら、すぐに歌を入れて返してくれたんですが、僕の入れていたメロディーとはまったく違うメロディーで(笑)」

――(笑)。

「そこが外国人的というか、ワクワクさせるなーと思いました。でも、彼女が入れてくれた歌メロも歌詞も良かったから、もちろんそのまま採用して。

彼女はマニラに住んでたんですが、この間〈サンプルCDを送るから住所を教えて〉と連絡したら、住所がカナダになっていました。ついこの間引っ越したみたいです。メン・アイ・トラストもカナダ出身ということで、その点でもシンパシーを感じたし、北米でもぜひ人気が出てほしいですね」

『Loco』収録曲“Calm As Day”
 

――高橋さんはRuruのどんなところに歌い手として魅力を感じていますか?

「うーん……単純にコケティッシュさ(笑)? 例えばアフリカ系アメリカ人のファンキーな声質とは違う魅力があって。そういうのも自分のインディー感においてはすごく重要なんです。僕、ただ歌が上手い人ってずっとは聴いていられないんですよ。あと日本人だとこのムードは絶対に出せないですよね。

Ruruに歌ってもらった”Calm As Day”の配信シングル用のジャケットはサラ(Sarah) の7インチのアートワークへのオマージュなんですけど、曲自体もサラに在籍したオーストラリアのバンド、イーヴン・アズ・ウィー・スピークにメン・アイ・トラスト、それからノーネームの〈間〉を意識したんです。この〈間〉って感覚がHALFBYの強みだと思っていて、それを作るためにRuruのボーカルが必要だった。

それから、これは後付けだけど、ソサイエティ・オブ・セヴンっていうフィリピン出身の大御所グループがいて、60年代にハワイに渡ったあと、ホテルのショーなんかを通して大成功したんです。彼らの存在もあって、フィリピン出身のRuruにハワイの曲を歌ってもらうのはいいなって」

 

ハワイのミックスカルチャーはコンピレーションにこそ反映されている

――ちなみにインディーポップ/ネオアコ的な音楽はハワイでも盛んなんですか?

「70年代のハワイでは、カラパナ以降という感じで、オーセンティックなハワイアンやフォーク/カントリーミュージックに、欧米のロックやソウル、ジャズなどからの影響がクロスオーバーしたような新世代のグループがたくさん登場したんです。それが80~90年代になると、ネイティブハワイアンへの原点回帰が始まったり、プリAORというかマッキー・フェアリーの後期のようにコンテンポラリー色を高めていったりして、透明感のある洗練された雰囲気の音楽が増えてきた。

それらは、ネオアコをはじめとするヨーロッパの80年代の音楽と通じる部分を持っているんです。単純にミキシングのトレンドも大きいとは思うんですが、煌めいたピアノの音色だったり、ギターアルペジオのアレンジだったり、ボサノバっぽいリズム感だったり、自分的なネオアコのフィルターに引っかかる要素が入った曲もちょこちょこあって」

――そうなんですね。

「その頃の作品でも、フリーソウルで人気のテンダー・リーフみたいに、アルバム全曲があの方向を向いているのは珍しいんです。本土への憧れを持った作品には、カントリーやフォーク、ネイティブなハワイアンソング、レゲエやボサノバ、それにコンテンポラリーでネオアコ風のロックなどが織り交ざった、一本調子ではないバリエーションに富んでいるものが多い。

僕は、そういう作品にこそハワイのミックスカルチャーを象徴するような雰囲気を感じていて好きなんですけど、日本だとレアグルーヴ的な観点からしか評価されていなくて、そういうのは本当につまらないなと思います。なので、『Loco』の販促用に作った〈Loco ZINE〉では、レアグルーヴっぽいのをあえて外して、大衆的なハワイワンレコードをいろいろと紹介したんです。そちらもぜひ手に取ってほしいと思います。

あと、オアフ島のラジオ局のDJたちが76年にスタートした、日本でも人気のある『Home Grown』というコンピレーションがあるんですけど、それは〈プロアマ関係なく、ハワイのローカルアーティストを紹介する〉というコンセプトを貫いているシリーズなんです。そのハワイならではの〈ホームグロウン〉で〈ミックスカルチャー〉という視点もアルバムのヒントになりました。そこで、僕がDJしたり作曲したり選曲したりする感覚を反映した、コンピ的な要素をアルバムに入れてもいいなと思ったんです」

――なるほど。

「自分のなかでコンピレーションといえば……と連想したときに、elのシリーズ『London Pavilion』(87~89年)が思い浮かんだ。そこで、さらにネオアコという裏テーマに熱が入ったんです。自分のなかでのこじつけではあるんですけど(笑)」

 

サイトウ・ジュンとの“Everything Needs Love”が『Loco』の核

――コンピ的なものを狙ったとはいえ、アルバム全体には統一されたムードがありますよね。

「『INNN HAWAII』と『LAST ALOHA』からの伏線もあるし、楽曲自体は多様でも、作品として一つにまとめられるという自信はありました。そのうえでイージーリスニング的に何度も聴ける作品である、ということが自分のなかでは重要で。ひとつひとつの曲についても、いかにもインディーポップ的なあっさりとした短いものをめざしたんです。このアルバムだと、YOUR SONG IS GOODのJ氏(サイトウ・ジュン)と一緒に制作した“Everything Needs Love”がいちばん長いかな。あの曲はシングルカットしていないし、決して派手な曲ではないんだけど、アルバムのリード的な存在であり、核となっているんです」

『Loco』収録曲“Everything Needs Love”
 

――“Everything Needs Love”はローテンポのバレアリックなハウスでめちゃくちゃ気持ちいいですね。

「YOUR SONG IS GOODの現在のモードと連動するようにしたいとは思っていました。近年のユアソンは、多様なバンドアレンジを施しながら緩やかにミニマルなフレーズを展開させていく、みたいな感じが気持ちいいですけど、それをもう少しダンスミュージックのフォーマットに置き換えてシンプルにできるといいなって。僕一人でそれを作ると、どうしても大味になりそうだったので、J氏にディレクションしてもらおうと思ったんです。彼ならではのミニマルでスローモー、盛り上がりそうで盛り上がらないという、現行インディーハウス経由のダンスミュージックマナーを注入してもらいたかった。

サイトウ・ジュン
 

もともと自分はJ氏に導かれるようにハワイにダイブしたわけで、完結編でJ氏に参加してもらうのは必然だった。思い起こせば『SIDE FARMERS』にもオルガンで1曲に参加してもらったし、今作は〈20周年記念アルバム〉みたいな面もあるので、バッチリのタイミングだったと思います」

 

mei eharaのオルタナティブなかっこよさ

――高橋さんのジュンさん愛を感じられるエピソードですね。ユアソンとはカクバリズムのレーベルメイトであるmei eharaさんが、“Fushigi”で歌っています。

「eharaさんに関しては、単にめちゃくちゃファンです。アルバム『Sway』(2017年)からの後追いなんですけど、京都のUrBANGUILDでのライブを観て大好きになって。そのあと、思い出野郎Aチームのイベントで話したときに、酔っ払いながらオファーをしてみたらOKだったので、『LAST ALOHA』のときに一度お願いしていたんです」

――そうだったんですね。

「で、eharaさんも引き受けてくれたんだけど、スケジュールなど諸々が都合つかなくて。でも、eharaさんからは〈また良きタイミングでお誘い下さい〉と言ってもらっていたし、今回〈そろそろどうでしょう?〉と連絡したら〈ちょうど制作する環境が整ったところです〉みたいなメールをもらえた。〈じゃあ、ぜひ〉とデモを作っていきました」

mei ehara
 

――mei eharaさんのどんなところに惹かれたんですか?

「歌謡曲やJ-Pop的なものを自分では絶対作りたくないし、そういうジャンルの音楽のなかでも女性ボーカルのものは特に好みが狭いんですが、eharaさんの曲は洋楽のシンガーソングライターを聴くような感覚で聴けたんです。日本語で歌っていて、歌詞も直接的に聴きとれるんだけど、すべての楽曲の温度感が自分にフィットしていた。だから、英語圏の人にも人気が出るだろうなと思ってたら、この間フェイ・ウェブスターとのコラボがあって、そりゃそうだろうなって。

女性ミュージシャンって日本だとアーティスト本人の意思とは別にアイドル的なフォーマットに巻き込まれることが多いですけど、eharaさんは一線を画しているというか、オルタナティブなかっこよさがあって」

――凛としていますよね。

「僕の好きな女性シンガーソングライターでいうと、ファイストやスウェーデンのスティーナ・ノルデンスタムなんかにも通じている感じがします。いずれも冬のイメージがある」

 

レゲエもハワイの欠かせざる側面

――eharaさんに歌ってもらううえで、サウンドやアレンジはどんな点を意識していましたか?

「〈キングス・オブ・コンビニエンスのレゲエっぽい曲〉というテーマでデモを制作しました。そのうえでeharaさんからもいろいろとアイデアをもらい、メロディーや歌詞を入れてもらって。さらに上田くんに手伝ってもらって新しいパートを作って足したし、これは時間をかけてレコーディングしましたね」

『Loco』収録曲“Fushigi”
 

――eharaさん自身の作品にもレゲエ的な曲がありますし、今回も相性はばっちりでしたね。

「そう言ってもらえると嬉しいです。『INNN HAWAII』にもレゲエっぽい曲をひとつ入れているんですが、ハワイの若者たちはハワイアンよりはるかにレゲエを聴いているみたいで。80〜90年代にはエイス・オブ・ベイスをポップにしたようなダンスグループがたくさんいたんですよ。あと、デ・ラ・ソウルみたいなラップだけど、曲はレゲエのビートといったグループも少なからずいて、そういうアーティストのカセットを何本かハワイで買いました。さらにオアフ島をドライブしていたら、トラックの荷台に乗ってレゲエのミュージシャンがPVを撮っている光景も実際に目撃したんです。ラジオでもダンスホールのチャンネルがしっかりある。ハワイではレゲエがすごく根付いてる感じだし、レゲエの曲を意識的に作ろうとは思っていました」

――インストの“Sleepy Lagoon”もレゲエっぽいですよね。

「そうなんですよ。あれも裏打ちのピアノを入れていて、最初はレゲエの曲をモデルにしていたんです。実はもっとスモーキーなディスコ風にしたかったんですが、結局ポップな方向に仕上がりました。シラフくん(MC sirafu)のスティールパンとブラスセクションを入れたことで完成度も上がったし満足していますね。レゲエ感が伝わっていたのならよかったです」

『Loco』収録曲“Sleepy Lagoon”

 

ハワイの伝説、リチャード・ナット

――今回は〈ハワイ完結編〉にして、いよいよハワイのミュージシャンがフィーチャーされていることもトピックですよね。シンガーソングライターのリチャード・ナットが“Beach Baby Be Mine”に参加。彼はハワイ音楽のなかで、なかなかにレジェンダリーなシンガーですよね。

「最高の人選でしょう? リチャード・ナットはemから再発されたソロアルバム『Not Just Another Pretty Face』(80年)を聴いて、これまたファンになって。オリジナルのレコード盤をオアフにあるハングリー・イヤー・レコーズで買えたという嬉しい思い出もあったりします。

ハワイでは、78年にトマ&ナットというデュオ名義でフラ・レコーズというもっとも有名なハワイアンのレーベルからデビューしていて、その『Zoomin’ Away』という作品はちゃんとヒットしたみたい。音楽的にはロックの系統ではあるんですが、曲によってはペイル・ファウンテンズを思わせるような瞬間があったり、プリAOR的なサウンドがあったり、すでにソングライティングにおいてはその頃から洗練されていたんですよね。ナットは現在もハワイ島に在住で、いまでも精力的に活動しています。今年もアルバムをリリースしていました」

『Loco』収録曲“Beach Baby Be Mine”
 

――ナットとはどうやってコンタクトをとったんですか?

「いろいろ調べていたら、2019年に来日公演をしていたことがわかって、YouTubeに日本のファンに向けてカタコトの日本語で喋っている動画を見つけたんです。なんとなく〈これはいけそうだな〉と思いつつ、日本盤を出していたVIVID SOUNDSの担当の方からオファーしてもらいました。

リチャード・ナットの2019年の来日公演に向けたコメント動画
 

そしたらあっさり快諾してくれて。で、リチャード・ナットがゲストで参加してくれるのなら、回りくどいことをしないで〈ハワイアンソウルど真ん中の曲を作るのがいさぎよいだろう〉と、思いっきりベタな感じのデモを送ったら、すぐに歌を入れたものが返ってきました。その時点ですでに完成されていて、さすがだなと。

といっても彼の『Not Just Another Pretty Face』を聴けばわかるように、こぶしを効かせて歌い上げるところがあるから、そこはコントロールして、スマートに歌い直してもらったりもしました。

ナットは愉快な人でしたよ。アロハの精神のナイスガイ!といった感じ。最初から〈リリースは冬になります〉と説明していたんですけど、〈“Beach Baby Be Mine”は夏の曲だけど、ちゃんと夏にリリースできるのか?〉って何回も心配の連絡をしてきた。あとアレンジにもがんがん口を突っ込んできたし、サックスのあだち(麗三郎)くんにはそれで3、4回吹き直してもらいました。あれは申し訳なかったですね」

――(笑)。

「リズムトラックにもいろいろ細かく言ってきましたよ。サンプリングで作ったドラムループがよれているのは、DJ的なエディットを施したくて、わざとそうしているんだと説明しても〈そんなのは全部わかってるわ!〉と、全然ひるまなくて(笑)」

――強者ですね。

「でも、リチャードに参加してもらったことで、ようやく〈ハワイハワイって言ってるわりに、どこがハワイやねん〉と思っていたであろうリスナーにも堂々と提示できる作品になったと思います。それはよかったなと」

リチャード・ナットの80年作『Not Just Another Pretty Face』収録曲“Bish’s Hideaway”
 

――この曲を含めて、今回のアルバムはギターが活躍しているという印象でした。

「そうですね。この曲でいうとアルゾ&ユーディーンの音色をうろ覚えでめざしたんだけど、確かに今回のアルバムは、エンジニアの上田くんに多くの曲でギターを弾いてもらったのも大きな特徴です。上田くんとは音楽的なルーツも重なるので、インディー~ネオアコのムードを共有できるのが強みになったと思います。

ブラスセクションやストリングスを派手に入れたほうが多くのリスナーには好かれそうだけど、そこはわざとでも外したかった。“Beach Baby Be Mine”はサビのサウンドもアルペジオのギターを中心にしていて、シンセは薄くかぶせただけ。インディー感というか、聴き方によってはローファイと感じられるものにしようと意識して、ロコ感とネオアコの間を着地点としたんです」

 

ノーマン・クックがビーツ・インターナショナルを結成した頃の空気感

――ゲストボーカリストはさらにもう一組いて、カリフォルニアのジンジャー・ルートが“Let’s Stay Out”に参加しています。

「ジンジャーはキャラがいいですよね。1年後にはラップとかしてそうだし、ストーンズ・スロウ(Stones Throw)からデビューしそうな感じもいい。でも、僕は〈少しもったいないな〉と思っていたんです。カバーの選曲などが日本人っぽいし、ある種日本人好みのセンス過ぎだなって。

ジンジャー・ルート
 

だから、彼の作風になっているシティポップな感じではなく、インディーマナーの爽やかなポップチューンを歌ってみてもらいたかった。〈HALFBYとジンジャー・ルートのコラボ〉と聴いたとき、みんなは“Slow Banana”みたいな曲を想像したかもしれませんが、自分自身では〈あの路線は、もういい加減に食傷気味マックス〉という感じなんです。

『Loco』収録曲“Let’s Stay Out”
 

僕はあくまでポップソングを作りたかったし、これは理想通りに仕上がりました。ノーマン・クックがハウスマーティンズを経てビーツ・インターナショナルを結成したあの時期の空気感、あるいは90年代のファクトリー・レコーズの感じがあり、いまのジェリー・ペイパーみたいなストーンズ・スロウ経由のインディー感もある。(ビーツ・インターナショナル以前に)ノーマン・クック名義でシングルとしてリリースされた“For Spacious Lies”みたいなダンスミュージックとネオアコの清涼感が出逢ったものを作りたかったんです。これも下手にアレンジに厚みを持たせずに、シンプルにギターで押す感じにしましたね」

 

常にZESTで売れるような作品をめざしていた

――ここでもやはりネオアコがキーワードになったと。今回は本当にHALFBYを始める以前の高橋孝博に立ち返ったような作品なんですね。

「確かにそんな感じはあります。言葉にするとダサいけど、そういう意味では原点回帰……というよりデビューアルバムという感じが近いかもしれません。もともとHALFBYは、時代的な参照点も含めてある程度キャラクターを設定したうえで、DJありきのダンスミュージックをネイティブ・タン的な感覚を通しながら作っていく、というのが一つのテーマだったんです。だから、常に一枚フィルターを通すような感覚で作ってきた。

それが20年過ぎたことで、いまだサポートを受けながらも、好きなようにポップミュージックへと取り組めるスキルがついた。高橋孝博のベストテンにいつの時代でも入っているような音楽から生まれてきたアイデアを、ようやくHALFBYの作品として形にできるようになったんじゃないかな」

――HALFBY20周年記念の作品であることに加えて、高橋孝博の音楽人生を包括したアルバムでもあると。

「気付いたらそんな感じになっていました。より個人的な趣味の追求に近づいたともいえます。こないだ、京都のMETROで開催されたカジ(ヒデキ)くんのクリスマスライブでDJをしたんですが、バンドメンバーの堀江(博久)くんやマネージャーの竹田(憲司)さん、元ZESTの丹羽(宏彰)くんたちと話していて、自分の音楽的な高揚感がピークになるのは、彼らみたいな人たちと一緒にいるときだということに気付いたんです。

高校生のときから大好きなトラットリアのリリースに『bend it!』(92年)というサッカーの応援歌を集めたコンピレーション※があるんですが、それを聴いたときの自分と、いまの自分を比べても何も変わってないなって。結局、自分はトラットリアやelが大好きで、そこへの憧れだけでいままでやってこれたんです。自分でもはっきりわかっていなかったんですが、トラットリアからリリースされるようなアーティストになりたかったんだなって。振り返ってみると、常にZESTで売れるような作品をめざしていたんですよね。

※マイク・オールウェイと小山田圭吾が選曲/監修を務めた
 

その部分がこの『Loco』では強く出た、というのが正確だと思います。このアルバムは、渋谷系というムーブメントを京都で感じながら、〈米国音楽〉や〈モンド・ミュージック〉〈relax〉なんかに感化されて音楽を聴き進めた一人の人間のけじめなのかも。正直、なんかふっきれましたね。ヒットチャートに並ぶ音楽と決別できたような気がするし、この作品を元トラットリアの櫻木(景)さんが始めたレーベル、felicityからリリースできて清々しい気持ちです」

 

生まれ育った八幡で、いよいよ一生を過ごしそう

――ひとつピリオドを打たれた感じですが、次の高橋さんの動きも楽しみにしています。では、最後にアルバムタイトルについて教えてください。〈Loco〉とはハワイで生まれ育った人を意味する言葉だそうですね。

「〈Loco〉という言葉は、ZESTの梶本(聡)先輩がハワイ盤のレコードレビューで使っていたことで知ったんです。ロコAORとかロコグルーヴとか。最初はカタカナのイメージで、いわば〈ハワイの〜〉みたいなニュアンスとして捉えていました。まず単語として響きが良いし、ハワイの音楽の良さを凝縮した雰囲気があるなって。

ハワイでは単に〈地元の人〉という意味で使われているみたいですけど、深く調べてみると日本の旅行会社が現地の人を呼ぶのに使いはじめたという説もあるみたいです。なので、和製英語の可能性もあるんですよね。さらに米国だと〈危ないやつ〉とか〈狂ったやつ〉という〈Crazy〉と同じような感覚で使われることもあって。そういう〈Loco〉のいろんな側面を知ることで、〈完結編のタイトルとしていいかもな〉と意識しだしたんですよね。

単純に、〈Loco〉を〈ローカル〉として捉えても、コロナ禍で行動範囲が地元中心になったという意味でも繋がるし、そもそもハワイに行けない状態で作る〈ハワイがコンセプトのアルバム〉という着地点も日本人らしいのかなと。初めてハワイに行けないまま、ハワイへの記憶を辿り、あらためて想いを馳せながら作品を作るという作業でありつつ、コロナ禍で地元の八幡に目を向けて生活を再度作り上げていくことも同時進行だったんです。

あと遂に八幡で家を買ったりして、これまで一度も東京に移住せず、京都市内にさえ引っ越さず、〈生まれ育った田舎町でいよいよ一生を過ごしそうだな〉という感じなんですよ。たぶん46歳になっても地元から発信しているということを、ハワイのなまった言葉に託したんでしょうね」

――高橋さんのアーティストアイデンティティーに八幡住まいというのは強く影響を及ぼしているんだろうなとは、ずっと思っていました。

「トレイシー・ソーンの自伝『安アパートのディスコ・クイーン』を読んで、彼女がハートフォードシャーって田舎町からロンドンに通う姿に、八幡から東京や京都市内に出て音楽的カルチャーへと触れていた田舎者の自分を重ねてシンパシーを感じました。そして、僕はまだここ(田舎)にいるなって(笑)。八幡しか知らないから、音楽もそのフィルターを通らざるえないんでしょうね。いまは〈ローカル・フォーエバー〉という気持ちさえあります」

 


RELEASE INFORAMATION

HALFBY 『Loco』 felicity /Pヴァイン (2021)

リリース日:2021年10月6日
品番:cap-350/PCD-27055
価格:2,970円(税込)
配信リンク:https://p-vine.lnk.to/nJ9sjy

TRACKLIST
1. Loco
2. Everything Needs Love feat. Jun Saito
3. Calm As Day feat. Ruru
4. Beach Baby Be Mine feat. Richard Natto
5. A Lei, A Kiss, And Aloha
6. Quiet Rain
7. Fushigi feat. mei ehara
8. Hawaii Calls 2021
9. Let's Stay Out feat. Ginger Root
10. Fish And Poi
11. Sleepy Lagoon
12. Sunset Cruise Club
13. I'll Remember you feat. Ruru
14. Love Aloha