HALFBYが2021年10月にリリースした〈ハワイ三部作完結編〉にして最新作『Loco』。先日、ついにアルバム全編が各種サブスクリプションサービスでも聴けるようになり、あらためて注目を集めている。MikikiではHALFBY自身が20年のキャリアを綴っていく連載〈HALFBYのローカリズム 2001~2021〉も継続中だが、今回はインタビューで、これまでの足取りや新作についてを語ってもらった。ある意味、原点回帰であり、HALFBYこと高橋孝博の音楽人生を包括した作品でもあるという『Loco』。本作に込めた彼の想いの強さ、深さをこのロングインタビューで知ってほしい。

HALFBY 『Loco』 felicity /Pヴァイン (2021)

辞める必要がなかったのは、ついているタイプだったから

――今年はHALFBY活動20周年にあたるわけですが、まず20年続けてきたことについてはどう感じられていますか?

「本当によくやってきたなって思うところもありますが、結局僕にとってはレコードを買う行為のような、生活の延長線上にある活動をしてきた20年だったような気もします。早かったような気もしますが、キャリアすべてを考えるといろいろあったのかなと。まあでも辞める必要がなかったのは、単純についているタイプだったからでしょうね(笑)。洋楽を聴いてきた延長で音楽制作を始めたのがなんとなくキャラクターとなり、自分のDJの選曲に合わせた楽曲はHALFBYの象徴となって局地的に浸透した。

あとは、HALFBYをリリースしているSECOND ROYALを中心に周囲のコミュニティーがしっかりあったというか、そのなかでの自分の役割はDJであって、HALFBYというユニットでリリースを重ねることに使命感を感じていました。最初の10年間は夢中になってやっていたら、10年経っていたという感じでしたね。それ以降の10年間は、シーンの変化も世代交代もあったし、HALFBYのキャラクターもブレ出して、最終的にはハワイに辿り着いたという(笑)。同じ10年でも前半と後半とでは、時間の過ぎ方がぜんぜん違ったように感じます」

――HALFBYはどんな点で〈続けやすかった〉のでしょう?

「まず、初代マニピュレーターの橋本(竜樹)くん、二代目の上田(修平)くん、この二人のバックアップが常にあったことは前提としてありつつ、元々はレコード屋の正社員としてフルで働いていたので、その仕事がアーティスト活動の基盤にもなっていたのは大きかったのかなと。

レコ屋を辞めるタイミングで音楽の聴き方もインターネット経由が中心になったんですが、それはそれで自然とマイペースに音楽と向き合える距離感になれたんです。ありがたいことに京都にいながら東京の仕事も安定してあったし、経済的にも上手くいっていたので、のんびり続けてこられた。そのなかでよりコンセプチュアルなものにチャレンジしたいという気持ちが強くなり、サンプリング主体の陽気なダンスミュージックから、よりアレンジやメロディーが作り込まれたメロウなものに変化していったんです」

 

『SIDE FARMERS』でピークを迎えた最初の10年間

――最初の10年でいうなら2007年に『SIDE FARMERS』をメジャーレーベルから発表したことはHALFBYにとって転機だったように思います。

「トイズファクトリーから『SIDE FARMERS』をリリースするにあたって、プロモーションにしても楽曲制作にしてもクライアントワークにしても、常にキャパオーバーでの活動が続いたし、自分としても〈ここでいったんがんばる〉という覚悟がありました。京都でのマイペースを崩して、メジャーのシステムに身を投じるというか。実際に東京・池尻大橋のホテルに月の半分くらいは泊まって仕事していたし、クライアントワークで『SIDE FARMERS』に収録している“HALFBEAT”っぽい曲は数えられないほど何個も作りましたね。その頃は東京に住むことを疑似体験しているような生活でした。

2007年作『SIDE FARMERS』収録曲“HALFBEAT”
 

『SIDE FARMERS』の頃に、本当にいろいろな経験をさせてもらったので、その後にリリースした2枚のアルバム『The Island Of Curiosity』(2010年)と『Leaders Of The New School』(2011年)は完全に『SIDE FARMERS』の余韻で出せたようなものです(笑)」

――(笑)。

「『The Island Of Curiosity』で新たなモードを模索しようとしたんですが、当時DJでも影響を受けまくっていたテムズビートやヤング・タークス(からリリースされていたもの)、フィジェットハウスなどの落とし所が上手くいかず、なんだか中途半端なまま完成してしまって。

『Leaders Of The New School』に関しては、自分のなかでムーンバートンの盛り上がりがあって、そうしたデジタル中心のベースミュージックをテーマにしていたんです。それをわざわざフィジカルでアルバムとしてリリースするのって時代と逆行しているし、ある種、音楽的でおもしろいかなーと思って。〈ディプロへの憧れで一晩で作りました!〉みたいなテンションでリリースしたかったんです」

2011年作『Leaders Of The New School』収録曲“Bitch Attack!”
 

――いずれの2作も、インディーのセンスからの、当時のダンスミュージックへの解釈としておもしろかったですけどね。

「ありがとうございます。なんにせよ、そこまでが前半の10年間ですね。このあとは急激に方向転換してハワイに呑み込まれていきました」