冨永昌敬

ジャズ・ピアニスト、南博の自伝を、独創的な語り口で映画化

 ジャズ・ピアニスト、南博の青春時代の回想記「白鍵と黒鍵の間に −ジャズピアニスト・エレジー銀座編−」が映画化された。監督を手掛けたのは冨永昌敬。老舗ジャズ喫茶で長年バイトをしていた冨永は、過去の作品でサントラを菊地成孔に依頼するなどジャズとは縁がある。本作の発端を、冨永はこんなふうに振り返った。

 「原作が出た時に読んだら、すごく面白かったんですよね。そしたら、菊地成孔さんの紹介で南さんにお会いする機会があって、そこで映画化の話になったんです。が、監督が企画を出すと実現に時間がかかるので、結局12年も経ってしまいました」

 物語の舞台は80年代の銀座。ジャズ・ピアニストを目指す若者、博はキャバレーでピアノを弾いていた。ジャズをまともに弾くことはできず、酔っ払い相手の日々にうんざりしていたが、ある日、一人の男が“ゴッドファーザー 愛のテーマ”をリクエストしたことが博の人生を大きく変える。主人公の博を池松壮亮が演じているが、その描き方がユニークだ。

 「この映画は年代記のようにしたくなかったんです。そこで3年前を〈博〉、現在を〈南〉というふうに分けて、それぞれの時代のエピソードを一晩という限られた時間のなかで描くことで、一人の人物の様々な経験を映画に盛り込むことにしました。でも、〈博〉と〈南〉のどちらの視線で台本を書くかでシーンのニュアンスが変わるので台本を書くのが大変でしたね」

 駆け出しの頃の〈博〉。すっかり銀座に馴染んだ〈南〉。一人二役を演じるように池松が〈博〉と〈南〉を演じ、そこに個性豊かなキャラクターが絡んで奇妙な群像劇が展開していく。なかでも、銀座に巣食うバンドマンたちの生態は興味深く、クラブのバックヤードから銀座の光と影が浮かび上がる。

 「原作にはクラブのママさんとかも出てくるんですけど、映画は博の仲間や友人を中心にした物語にしようと思いました。だから、クラブを舞台にしながらも、水商売らしいシーンは少ないんですよね。もともと僕はバックヤードが好きで、ロケで、以前、菊地さんのライヴ撮影でクラブハイツ(歌舞伎町にあった老舗キャバレー)で撮影をした時にバックヤードに入れてもらったんです。ホステスさんの休憩所に〈社交員〉と書いてあったのが昭和っぽくて印象に残ってますね。今は建物が取り壊されてしまいましたが、あの雰囲気は映画を作る時に参考になりました」

 バンドマンを描いた本作は当然のごとく音楽映画の側面もある。サントラはジャズ・ミュージシャンの魚返明未が手掛け、サックス奏者の松丸契やCrystal Kayなどミュージシャンがキャストで参加。そして、池松は特訓をして“ゴッドファーザー 愛のテーマ”を吹き替えなしで演奏している。とはいえ、ジャズを魅力的に聴かせる映画ではないのが、本作のややこしいところ。

 「この映画はジャズを弾いたらいけない場所でつまらない音楽をやらされている男の話なので、魚返くんに音楽をお願いする時に、あまりかっこいい演奏をしないで、と言ったかもしれません。でも、あまりダサい演奏になるのも嫌だし、映画にどういう音楽をつけるかは難しかったですね。池松くんは“ゴッドファーザー 愛のテーマ”を完璧に弾いてくれました。演奏しながらセリフを言うのは難しかったみたいですが、最後にみんなでデモテープを録音するシーンは良い演奏になったし、撮影も手間をかけて撮りました」

 本作はジャズを弾きたくても弾けない男の葛藤を描いているが、映画自体はジャズのセッションを思わせる躍動感に満ちている。そして、すったもんだの末にビルの谷間に落ちた博に待ち受けているのは、フリージャズの即興演奏のように混沌としたクライマックスだ。

 「そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。最初は博がビルの谷間に落ちて終わりだったんですけど、池松くんから〈もっと別の終わり方はないですか?〉と相談されて、このラストを思いついたんです。これまでで一番振り切ったことをやりましたね」

 混沌としながらも飄々とした映画の語り口は、劇中に度々登場する「ノンシャラント」という言葉がぴったりだ。博の音楽の先生はジャズに大切なのはノンシャラントな感覚だと教えるが、「映画作りにもノンシャラントは必要だと思って作っているうちに、この作品のキーワードみたいになってしまいました」と冨永は振り返る。では、ノンシャラントとは何か? それはこの映画が教えてくれるだろう。

 


MOVIE INFORMATION

©2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

映画「白鍵と黒鍵の間に」
池松壮亮
仲里依紗 森田剛
クリスタル・ケイ 松丸契 川瀬陽太
杉山ひこひこ 中山来未 福津健創 日高ボブ美
佐野史郎 洞口依子 松尾貴史 / 高橋和也
原作:南博「白鍵と黒鍵の間に」(小学館文庫刊)
監督:冨永昌敬
脚本:冨永昌敬 高橋知由
音楽:魚返明未
配給:東京テアトル
製作:「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会
2023年/日本/94分/カラー/シネスコ/5.1ch
©2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会
2023年10月6日(金)テアトル新宿ほか全国公開
https://hakkentokokken.com/