待望のオリジナル・アルバムは『文学少女の歌集』を継承する詩情に溢れた名作に。繊細な才能たちと紡いだ彩り豊かな物語のより奥深くへと入っていけば……

現実とは違う日常への憧れ

 堀江由衣から届けられた、11作目のフル・アルバム『文学少女の歌集II -月とカエルと文学少女-』。前作『文学少女の歌集』(2019年)の続編的な一作だが、世界観がまったく同じというわけではない。瑞々しく爽やかな文学少女の姿を描く世界観だった前作に比べ、今回は、希望と不安の狭間で揺れ動く、文学少女の内面の〈揺らぎ〉を捉えたような一作だ。

堀江由衣 『文学少女の歌集II -月とカエルと文学少女-』 キング・アミューズメント・クリエイティブ(2022)

 「〈どこか懐かしい街に住んでいる、学生の女の子〉という世界観は前作と変わらないんですが、前作は季節を〈夏〉に絞ったので、今回は〈秋の終わりから冬、そして春のはじまりにかけて〉という季節をテーマにしました。色味としては、前回は白や水色のイメージだったけれど、今回はもうちょっと重く、紺やブルーグレー、水色でも、少しくすんだ水色のイメージ。結果的に、勢いもあれば切なさもある、そんなアルバムになりました」。

 これまでも作品ごとにさまざまな世界を創造し、その登場人物になってきた堀江。そんな彼女はなぜ近年、〈文学少女〉というモチーフに惹かれているのだろうか。

 「私は『不思議の国のアリス』のような作品が昔から好きなんですが、アリスって、穴に落ちたら違う世界に行くじゃないですか。ああいう、〈ちょっと先に、自分が生きている世界とは違う世界がある〉という感覚に惹かれるんですよね。例えば、私は東京出身なんですけど、〈東京とは違う場所に生まれていたら、どんな生活をしていたんだろう?〉って、別次元の自分を考えるのがすごく好きで。根底に、〈ここじゃないどこかで生まれた自分〉とか、現実とは全然違う日常に対する憧れがあるんです。私が物語を好きなのも、このお仕事を続けている理由も、きっとそこにあって。なので、〈文学少女〉も私の憧れです。この世界観にいる女の子って、飛び抜けたり、ダラけたり、いろんな表情があるけど、なんだかんだ、その街で自分の身の丈や心の丈をきっちり捉えながら、まっすぐに生きているというイメージが私の中にあります」。

 アルバムには、作中の色彩をより豊かなものにする2曲の先行シングル“Adieu”と“虹が架かるまでの話”も収録。“Adieu”の作者である、堀江作品にはお馴染みの清 竜人は、聴き手にさまざまな物語を想起させるであろう、深みのある詩情と余韻を持ったラストの“瑠璃色の傘を差して”も手掛けている。さらに特筆すべきは、表題曲となる“月とカエル”をはじめ計3曲を提供したロック・バンド、sajiのヨシダタクミ。堀江とは初タッグとなった。

 「sajiさんは男性のバンドですが、どこか澄んでいて、透明感があるんですよね。例えば〈学生時代の感覚を表現したいです〉と作家の方にお願いしたときに、人によっては、実際にキラキラキラ~っていう音を入れる方もいらっしゃるんですが、今回、私が求めていたのはそうではなくて。私が表現したいと思っている繊細な透明感を、ヨシダさんの作る曲は見事に体現して下さっていました。きっと、ヨシダさんは〈エモさ〉をすごく大事にされているんじゃないかと思うんです。〈エモい〉といってもいろんなニュアンスがあると思いますが、ヨシダさんとはその感覚がすごく近いんじゃないかと思いました。結果的に“月とカエル”は、学生さんが旅立つ直前の、怖いような、でも、希望があるような……そういう微妙な心情を表現されていると思います」。