文学少女が呼び起こす青い輝き
堀江由衣は楽曲の世界観を演じるタイプのシンガーだ。歌手活動を始めてから20年、彼女はアルバムごとに何らかのコンセプトを設け、その作品の〈ヒロイン〉になりきることで、これまで我々にさまざまな〈少女の姿〉を提示し続けてくれた。それは例えば『黒猫と月気球をめぐる冒険』(2001年)や『嘘つきアリスとくじら号をめぐる冒険』(2005年)のファンタジックな少女趣味だったり、『HONEY JET!!』(2009年)のアクティヴな女の子像だったり、『秘密』(2012年)の秘密を抱える女性が持つ独特の魅力だったり。そして4年半ぶり、通算10枚目のニュー・アルバムとなる『文学少女の歌集』で彼女が描くのは、タイトル通り、どこか懐かしい香りのする〈文学少女〉の世界。尾道で撮影されたジャケットやMVなどのヴィジュアルからも伝わるが、夏の青さと青春の蒼さを併せ持った楽曲群は、過ぎ去ってしまった特別な時間の輝きを呼び覚ましてくれる。
前作『ワールドエンドの庭』(2015年)では、清 竜人が提供したシューゲイザー × オーケストラル・ポップなシングル曲“The♡World’s♡End”を軸に据え、優雅で斬新なサウンドスケープを広げて見せた堀江だが、今作では清涼感のあるギター・ロックと涼やかなダンス・ポップを両軸に展開。多重コーラスの波が押し寄せる“光の海へ”で視界を一気に広げると、トロピカル・ハウス風味の“Sunflower”、眩しい朝へと引っ張ってくれるようなアップ“朝顔”と、立ち上がりの3曲で夏の美しい景色を描き出す。何より抜群の透明度を誇るその歌声がアルバムのコンセプトと絶妙にマッチしており、メランコリックなミディアム“never ever”や貴重なバラード曲“夏の音を残して”での繊細な表現は、職業としても〈少女〉を演じ続けている声優の彼女だからこそ可能なものだろう。
そして“インモラリスト”(2011年)以来、堀江に多様なタイプの名曲を書き贈ってきた清竜人が、今回も“春夏秋冬”という楽曲を提供。冒頭の〈いつか花は枯れると/寂し気に/君は呟くの〉で聴き手を引き込みつつ、〈少女=堀江由衣〉という存在の永遠性を逆説的に歌う文学的な詞世界は、純粋に堀江のファンでもある彼の愛が詰まったものだ。そこから堀江自身が作詞した“単線パレード”で迎える華やかなフィナーレには、堀江由衣をめぐる冒険が今後もずっと続くことが暗示されているかのよう。彼女が今度はどんな〈ヒロイン〉を演じてくれるのか、早くも次が楽しみでならない。