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レジェンド、ホレス・アンディのOn-Uサウンドからの新作『Midnight Rocker』が高く評価されている。「ジャマイカ音楽の豊かな歴史において時代を超越する偉大なシンガーソングライターのひとり、ホレス・アンディによる真の傑作アルバム」とプロデューサーのエイドリアン・シャーウッドが謳う本作は、マッシヴ・アタック“Safe From Harm”のカバーの収録や先日〈DOMMUNE〉で特集番組が放送されたことも話題になっている。ここではタワーレコード新宿店のTANAKAHMANNが、本作について〈90年代〉という観点から綴った。 *Mikiki編集部

HORACE ANDY 『Midnight Rocker』 On-U Sound/BEAT(2022)

 

陰鬱なディケイド90年代を象徴した〈ヴォイス〉

90年代リバイバルがすっかり定着した昨今。先日も、ふと訪れた中古レコード店で20代半ばとおぼしき二人組の女の子たちが、ウータン・クランやブート・キャンプ・クリック、サイプレス・ヒルなんかの〈ブーンバップな〉90’sヒップホップを熱心に探している場面に出くわした。ストリートブランドの古着がもてはやされ、バギーパンツやオーバーサイズのウェアが人気となっている中で、若い世代からの音楽を含む90年代ポップカルチャーの再発見も進んでいるようだ。

ではいったい90年代とはどのようなディケイドだったのだろう。

90年8月のイラクによるクウェート侵攻をきっかけとした湾岸戦争から始まり、ノストラダムスの大予言が見事な不発に終わった99年7の月に至る約10年間はひとことで言って暗かった。ここ日本においては、バブル崩壊から始まった不景気に就職氷河期、地下鉄サリン事件や阪神・淡路大震災など未曽有の事件・災害に見舞われ、今日では〈失われた10年〉と呼ばれる黒歴史、とされている。

そんな陰鬱な10年間とされる、90年代を象徴する〈ヴォイス〉こそが筆者にとってのホレス・アンディである。

 

レゲエシーンに現れた異色のシンガー

72年、ジャマイカのレゲエ業界においてエポックメイキングな独立系ベンチャーである、コクソン・ドッド率いるスタジオ・ワンからデビューを果たしたホレス・アンディ。〈スリーピー〉とあだ名されるその見た目以上に特徴的なファルセットボーカルは当時のレゲエシーンでも異色だったようだ。米国ソウルミュージックの影響を直截に表現したその歌唱法は、しかしその後やってくるルーツレゲエやダブなどの重たく暗いサウンドとこれ以上ない相性の良さを聴かせる。

70年代を通してバニー・リーやナイニー、オーガスタス・パブロやアストン・バレット、タッパ・ズーキー、ブラッド・オズボーンなど数多くのプロデューサーたちからそのヴォイスが重宝され、大小問わず数多のレーベルに録音を残したホレスは遂に82年、NYのローカルレーベル、ワッキーズからその後のキャリアへと繋がる決定的な名盤『Dance Hall Style』をリリースする。

82年作『Dance Hall Style』収録曲“Spying Glass”。マッシヴ・アタックの94年作『Protection』でカバーされた

おそらくオリジナルプレスは1,000枚前後のコピーがNYのジャメイカンコミュニティーに出回っただけ、とも噂される『Dance Hall Style』は、当時イエローマンが一世を風靡していた本場ジャマイカのレゲエシーンからすれば時代遅れといえるルーツレゲエであった。ただし、同じ時期にNYローカルで多発的に発生していたヒップホップやノーウェーブ、コールドファンクなどの過激なまでに拡張されたオルタナティブなダンスミュージックの視点から本作を聴くと、これほどまでに土着的で過剰なダブ表現による都市の音楽は他に類を見ないと圧倒されるだろう。

つまりはマッシヴ・アタックの青写真がここにあったのだ、と思う。