
レジェンド、ホレス・アンディのOn-Uサウンドからの新作『Midnight Rocker』が高く評価されている。「ジャマイカ音楽の豊かな歴史において時代を超越する偉大なシンガーソングライターのひとり、ホレス・アンディによる真の傑作アルバム」とプロデューサーのエイドリアン・シャーウッドが謳う本作は、マッシヴ・アタック“Safe From Harm”のカバーの収録や先日〈DOMMUNE〉で特集番組が放送されたことも話題になっている。ここではタワーレコード新宿店のTANAKAHMANNが、本作について〈90年代〉という観点から綴った。 *Mikiki編集部

陰鬱なディケイド90年代を象徴した〈ヴォイス〉
90年代リバイバルがすっかり定着した昨今。先日も、ふと訪れた中古レコード店で20代半ばとおぼしき二人組の女の子たちが、ウータン・クランやブート・キャンプ・クリック、サイプレス・ヒルなんかの〈ブーンバップな〉90’sヒップホップを熱心に探している場面に出くわした。ストリートブランドの古着がもてはやされ、バギーパンツやオーバーサイズのウェアが人気となっている中で、若い世代からの音楽を含む90年代ポップカルチャーの再発見も進んでいるようだ。
ではいったい90年代とはどのようなディケイドだったのだろう。
90年8月のイラクによるクウェート侵攻をきっかけとした湾岸戦争から始まり、ノストラダムスの大予言が見事な不発に終わった99年7の月に至る約10年間はひとことで言って暗かった。ここ日本においては、バブル崩壊から始まった不景気に就職氷河期、地下鉄サリン事件や阪神・淡路大震災など未曽有の事件・災害に見舞われ、今日では〈失われた10年〉と呼ばれる黒歴史、とされている。
そんな陰鬱な10年間とされる、90年代を象徴する〈ヴォイス〉こそが筆者にとってのホレス・アンディである。
レゲエシーンに現れた異色のシンガー
72年、ジャマイカのレゲエ業界においてエポックメイキングな独立系ベンチャーである、コクソン・ドッド率いるスタジオ・ワンからデビューを果たしたホレス・アンディ。〈スリーピー〉とあだ名されるその見た目以上に特徴的なファルセットボーカルは当時のレゲエシーンでも異色だったようだ。米国ソウルミュージックの影響を直截に表現したその歌唱法は、しかしその後やってくるルーツレゲエやダブなどの重たく暗いサウンドとこれ以上ない相性の良さを聴かせる。
70年代を通してバニー・リーやナイニー、オーガスタス・パブロやアストン・バレット、タッパ・ズーキー、ブラッド・オズボーンなど数多くのプロデューサーたちからそのヴォイスが重宝され、大小問わず数多のレーベルに録音を残したホレスは遂に82年、NYのローカルレーベル、ワッキーズからその後のキャリアへと繋がる決定的な名盤『Dance Hall Style』をリリースする。
おそらくオリジナルプレスは1,000枚前後のコピーがNYのジャメイカンコミュニティーに出回っただけ、とも噂される『Dance Hall Style』は、当時イエローマンが一世を風靡していた本場ジャマイカのレゲエシーンからすれば時代遅れといえるルーツレゲエであった。ただし、同じ時期にNYローカルで多発的に発生していたヒップホップやノーウェーブ、コールドファンクなどの過激なまでに拡張されたオルタナティブなダンスミュージックの視点から本作を聴くと、これほどまでに土着的で過剰なダブ表現による都市の音楽は他に類を見ないと圧倒されるだろう。
つまりはマッシヴ・アタックの青写真がここにあったのだ、と思う。
マッシヴ・アタック『Blue Lines』で聴かせた痛切なファルセット
91年に発売されたマッシヴ・アタックのデビュー・アルバム『Blue Lines』は、今日の歴史的名盤との評価に反して当時はひっそりとCD棚の片隅に置かれただけだった。先述の湾岸戦争の影響を受け〈アタック〉の文字を自主規制し、簡潔に〈マッシヴ〉の文字だけがプリントされたこのアルバムには、彼らのホーム=英国ブリストルのサウンドシステム文化のすべてが詰まっていた。パンク以降のニューウェーブやポストパンク、ダブ、レアグルーヴ、そしてヒップホップ。
その『Blue Lines』に起用されたボーカリストの中でも最も重要なヴォイスこそがホレス・アンディだった。レディオヘッド、ビョーク、エイフェックス・ツインにDJシャドウ、ニルヴァーナに至るまで、この時代を席捲したアクトたちに先んじて陰鬱な90年代のムードを示した『Blue Lines』は来たるべき未来を予見していた。そしてその象徴こそがホレス・アンディの痛切なファルセットボーカルだった。
2022年、暗い時代に再び鳴り響く祈りに似たヴォイス
そして2022年春。板についた重鎮っぷりがジャケット写真からも伺えるホレスの新作『Midnight Rocker』が話題だ。50年におよぶ彼のキャリアの中で、意外にも初顔合わせとなるOn-Uの総師エイドリアン・シャーウッドがプロデュースを手掛けている。エイドリアンといえば、ブリストル勢とはまた違う方向でポストパンク時代から切れ味鋭いアバンギャルドなダブをクリエイトしてきたツワモノだ。
内容に関してはイイ。それも相当に良い。今は亡きスタイル・スコットとジョージ・オバーンのニュー・エイジ・ステッパーズ組やドクター・パブロ、ダグ・ウィンビッシュ、スキップ・マクドナルド、クルーシャル・トニーらOn-U古参組、ザイオン・トレインのホーン隊にダブ・アルケミストらニュールーツ組まで参加した、所謂レゲエでいうところの〈ヒューマントラック〉が、エイドリアンによるストロングなミックスにより極限まで研ぎ澄まされている(蛇足になるがオーディオ的にもなかなかの優秀録音だ)。
陰鬱な90年代を象徴したホレスのヴォイスが、30年後のいま『Midnight Rocker』によってこの時代に再び鳴り響く。それは2020年から始まったコロナ禍による世界的なパンデミックがいまもなお世界経済に影を落とし続け、海の向こうでは最悪なシナリオで進む侵略戦争が終結する気配を見せない、そんな時代にだ。30年前、シャラ・ネルソンが歌った”Safe From Harm”を改めて取り上げ、その冒頭の歌詞をタイトルに掲げた本作は言うまでもなく『Blue Lines』と地続きにある。
神よ、平和がないこの地球は地獄だ
(“This Must Be Hell”)
なにかを見るとき、何を見ているのか気をつけろ
なにかを信じるとき、何を信じてるのか気をつけろ
(“Careful”)
祈りにも似たホレスのファルセットを聴きながら、願わくば明るく平和な2020年代となって欲しいと切に思う。
RELEASE INFORMATION

■国内盤CD
品番:BRC695
価格:2,420円(税込)
国内盤特典:ボーナストラック追加収録/解説・歌詞対訳封入
■国内盤CD+Tシャツ
品番:BRC695T
価格:6,600円(税込)
■輸入盤CD
品番:ONUCD152
価格:2,490円(税込)
■国内仕様盤LP(帯・解説付/レッドヴァイナル)
品番:ONULP152BR
価格:4,090円(税込)
■国内仕様盤LP(帯・解説付/レッドヴァイナル)+Tシャツ
品番:ONULP152BRT
価格:8,490円(税込)
■限定盤LP(レッドヴァイナル)
品番:ONULP152C
価格:3,590円(税込)
■輸入盤LP(ブラックヴァイナル)
品番:ONULP152
価格:3,590円(税込)
TRACKLIST
1. This Must Be Hell
2. Easy Money
3. Safe From Harm
4. Watch Over Them
5. Materialist
6. Today Is Right Here
7. Try Love
8. Rock To Sleep
9. Careful
10. Mr Bassie
11. My Guiding Star (Bonus Track)
