オバタラとは、アフリカ起源のカリブ界地域の多神教であるサンテリアの一人の神の名前だ。語感としてはどこか人を喰ったような、そんな言葉を掲げたグループが、トロンボーン奏者である中路英明が組む現在6人組のグループである。

中路はインターナショナルな人気を誇ったオルケスタ・デ・ラ・ルスに在籍後、熱帯JAZZ楽団やサルサ・スウィンゴサなどに関与する、ラテンジャズ系列の筆頭にいるトロンボーン奏者だ。そして、そんな彼が自らリーダーシップを取るグループとして97年にオバタラは結成された。その後、メンバー/音楽性の変更と共に、第2期オバタラを意味するオバタラ・セグンド(OBATALA SEGUNDO)と名前を変え、この新作『オラシオン(ORACIÒN)』は8年ぶりのアルバムとなる。

ビートルズ曲のカバーを除いては自作曲群でまとめられた同作には様々なラテンのリズムが技ありで混在し、そこに親しみやすいメロディや表情豊かなソロが舞う。かような華と躍動と成熟を持つラテン・ビヨンドのインストゥルメンタル表現はどのような思いのもと形作られたのか? 当人のこれまでのキャリアを確認しながら、〈私の考えるラテンジャズ〉〜〈私の考えるトロンボーン表現〉に鋭意取り組む中路の実像に迫った。

OBATALA SEGUNDO 『オラシオン』 TWIN MUSIC(2022)

 

トロンボーンの不思議さに惹かれたひねくれ者

――最初の楽器はトロンボーンですか。

「アコースティックギターとトロンボーンが同時だったんですよ。中学2年、14歳の頃です」

――きっかけは何かあったのでしょうか。

「もともと、音楽は好きだったんです。まったくそういう家庭でもないし、音楽の成績も悪かったのですが」

――ブラバンに入ったとか。

「中学に入学したときに、新入生歓迎会をやっていて、そのときに初めて同世代による電気を使わない生楽器の演奏に触れて、それで音楽が成立していることに感動したんです。でも、やってみたいけど恥ずかしいという気持ちがあって、1年のときはやらなかったんです。それで、2年になって我慢できなくなり途中から入ったので、同世代が全員先輩になり、1年下が同輩になっちゃいました。

それと、同時に中1の担任が学生運動上がりの方で、ホームルームの時間にギターを持ってきて弾き語りをするんですよ(笑)。今から思うとそんなにたいしたことではないんですが、生で見るとものすごいインパクトがあって、それでギターがやりたくなりました」

――最初から、管楽器だったらトロンボーンがいいと思ったんですか。

「そこも自分がひねくれていると思うんだけど、人が目立っていそうなのをやりたくなかったんですよ。見学のときに先輩が吹いているのを見て、大抵の楽器は指や腕を動かしているんだけれども、トロンボーンだけが何でああいう動きでああいう音が出るかさっぱりわからなくて、それでやりたいなと。大体、人がやりたがらないことをやりますね」

――その後、高校も吹奏楽部に?

「はい。それで、当時フュージョンブームでしたから、いろんなものを聴きましたね。渡辺貞夫さんとか、トロンボーンだと向井滋春さんとか。当時はスクェア(T-SQUARE)とかカシオペアが台頭してきたので、日本の音楽ばっかり聴いていました」

――それ以降は?

「高校が吹奏楽の推薦だったので、勉強を全然やっていなかったんです。コンクール狙いの強豪校だったので、〈吹奏楽を一生懸命やります〉って言ったら入れてくれていたんですよ。

でも、男子校で体育会系だったので、あまりにもつらくて1年で吹奏楽部を辞めてしまいました。成績も落ちちゃって、大学に行くよりも何か楽器を触る専門学校に行こうかと思っていました。それでピアノの調律学校とかのパンフレットを取り寄せたりしました」

――本当に控えめな性格なんですね。高校生でピアノの調律をしようとか普通は思わないかと。

「いやいや。でも、当時は演奏の仕事がいっぱいあったので、やっぱり演奏家になれたらなと思いました。でも、音大に行く技術もお金もなかったので、やっぱりジャズとかポピュラーをやりたいと思いました。

当時京都に住んでいたんですけど、神戸のジャズの専門学校に行きプロの先生について、それからずぶずぶプロの世界に入っていったという感じです。最初は関西で、ローカルのバンドで演歌や歌謡曲をやりました」

東京ユニオンからオルケスタ・デ・ラ・ルスへ、そして大儀見元との出会い

――東京ユニオン(89年に解散した名門ジャズビッグバンド)にも入っていたんですよね。当時って、ビッグバンドのギャラは悪くなかったんですよね。

「平成元年くらいまでビッグバンドはどこも給料制でボーナスもあって、いわゆるプロミュージシャンという感じではなくて、サラリーマンみたいな感じもありました。待遇は良かったですね」

――バイオに東京ユニオンと書いてあったので、ぼくはスタート地点にきっちりジャズがあるのかと思っていました。

「いまだにいろんなものが好きです。トロンボーン1本でやっていくのだったら、やっぱり最終的な目標はジャズソリストなので、いわゆるジャズという分野のものを極めねばと思い、今も一生懸命やっていますけど」

――東京ユニオンに入れたということは、優秀な奏者だったわけですよね。

「26歳のときでした。要求されるテクニックや最低限のマナーとかは持ち合わせていたので、なんとかなりました」

――これは転機だったなという出来事はありますか。

「結構いろいろあるんですけど、ユニオンに入ったものの半年で(リーダーの高橋達也が心筋梗塞で倒れてしまい)バンドが解散しちゃったんです。それに入るため東京に出たので、何もなくなってしまいました。

そうしたら、その前の年にオルケスタ・デ・ラ・ルスが自分たちで海外に行っていきなりブレイクして、いよいよCDを作ってメジャーデビューするという時期に重なったんですよね」

オルケスタ・デ・ラ・ルスの90年作『デ・ラ・ルス』収録曲“トゥ・エレス・エル・オンブレ”。同作は米ビルボードのラテンチャートで11週間1位になった

――デ・ラ・ルスには何年に入ったんですか。

「僕が入ったのは90年で、村田陽一さんともう1人のトロンボーンが同時に辞められて、僕と青木タイセイが入ったんです」

――デ・ラ・ルスに入るまでは、ラテンに関してはどうだったんですか。

「全然です」

――じゃあいきなりサルサバンドに入り、現場で流儀を会得していったという感じでしょうか。

「入って2~3回リハをやり、2~3回ライブをやってレコーディングですよ。

関西のビッグバンド時代に一回だけ東京キューバン・ボーイズ(1949年結成の日本を代表する大編成のラテンバンド)のリーダーの見砂(直照)さんがゲストで入ってキューバン・ボーイズの曲をやった際に、ものすごい興奮したんですよ。スウィングジャズと違ってこんなに興奮する音楽があるんだなと思ったのは確かで、それ以外はラテン音楽とは接触がなかったです」

――そのとき、今も付き合いが密なパーカッショニストの大儀見元さんはデ・ラ・ルスをすでに辞めていました?

「いやいや、いました。ですが、僕が入ってから1年ほどで大儀見君が辞めちゃって。その頃まだ僕は京都から出てきたばかりで、関西弁なので東京の人と喋れなかったんです。だから、その頃はあまりコミュニケートしてなかったですね」

――同い年であり、大儀見さんが率いるサルサ・スウィンゴサでも一緒で、お2人はとても仲良しなイメージがあります。

「大儀見君がデ・ラ・ルスを辞めてNYに渡って、いろいろ疲弊して日本に帰ってきたんですよ。それからスウィンゴサ、熱帯JAZZ楽団を共にやるようになり、こっちもいろいろ誘うようになってからですね、濃い付き合いになったのは」

熱帯JAZZ楽団の2020年のライブ動画

 

トロンボーン1本でもバンドのフロントに立てる

――それほどラテンの素養がなくてデ・ラ・ルスに入り、そこからラテンのどういうところに惹かれ、面白さを覚えるようになったのでしょう。

「元々は向井滋春さんや松岡直也さんのようなラテンの混じったフュージョンがすごい好きだったので、そういうバンドをいつかやりたいと思っていたんです」

――向井さんはブラジルっぽいのをやっていた印象があります。

「向井さんのバンドは一時期ペッカーさんや(高橋)ゲタオさん、津垣(博道)さんがいたので、今聴くとラテンなんです。そういうのをやりたいけど、実際のサルサの現場は思っていたのと違って歌がメインとなるし、曲もシンプルなものが多いので、〈ずっとこれを自分がやっていくのかな〉と思ったりもしたんです。

でも、NYやヨーロッパに行くと現地のミュージシャンがラテンジャズをやっていて、それがすごいかっこいい。これだったら日本でやっている人はあまりいないからやりたい、向井さんが昔やっていて今はやめてしまったようなことを引き継ぎ自分のバンドでできないかと思ってやり始めました」

――あと、ジャズだとトロンボーンよりアタックの強いテナーサックスとかトランペットとかが前に出る傾向がありますが、ラテンの場合はロマンチックなダンスミュージックなので、滑らかな音を持つトロンボーンが効果的に顔を出せるのではないかと。

「そのとおりなんです。とはいえ、トロンボーン自体にいろんな演奏スタイルがあるのでどれがいいとは一概には言えないんですが、自分が演奏すると自然にこういう形になります。というのが、今のオバタラや熱帯ですね」

――やっぱり、ラテンはトロンボーン奏者がでかい顔ができますよね。

「それがいいことなのか、悪いことなのか分かりませんが(笑)」

――サルサ・スウィンゴサはトロンボーンを4本並べています。

「うるさいですよ(笑)。海外だと多いんです。昔誰かに聞いたんですけど、赤道に近い国は楽器のメンテナンスが大変なので、サックスやトランペットよりトロンボーンがメインになるという。構造が単純なのでわりとトラブルに強いらしいんです」

サルサ・スウィンゴサの2021年の楽曲“Salsa Es Mi Energia (We will defeat it. ver.)”

――スライドの腕の動きの裁量でなんとかできるという。話は前後しますが、中学のときにトロンボーンを手にし、今までやってこられていますが、トロンボーンのどういうところに一番惹かれていますか。

「いやー、いまだに惹かれてないと思いますね(笑)。ただ自分にとって、インプロビゼーションとか瞬発力とかを表現するにはトロンボーンが一番適しています。自分としては、〈これでいいのかな〉みたいな、自問自答の連続です」

――横でサックス奏者が吹いていて、〈うらやましいな〉とか思うことはありますか。

「いっぱいありますよ(笑)」

――ラテンはともかく、トロンボーンって一番暇な管楽器なんですよね。村田陽一さんが昔言っていたのは、トロンボーンは暇なせいで他の人の音をいっぱい聴くから、結果トロンボーン奏者はアレンジができる人が多いんだと。

「そのとおりです。オバタラの目的の一つは〈トロンボーン1本でこういう形態のバンドでもフロントに立てるんだよ〉と示したいということなんです。それで、続けているというのもあります」

ラテンジャズの基本をやっていた第1期からフュージョン寄りの第2期へ

――さて、今はその第2章、オバタラ・セグンド期となっています。第1期、第2期の違いを教えてもらえますか。メンバーの違いもあるでしょうけど。

「最初はもっとアコースティックな音で、サックスの近藤(和彦)君と2管だったんです。ジャズコンボにパーカッションが入った編成で、ラテンジャズの基本みたいなことをやっていました。それを第1期とすると、ギターを入れたりシンセサイザーを入れたり、もう少しフュージョン寄りの音になったのがセグンドですね」

――そして、セグンドはトロンボーン1管でことにあたるという。

「無謀ですよね(笑)」

――トロンボーン1本って、ジャズの編成だとあまりないじゃないですか。それがここでは無理なく前に出ていて、トロンボーン奏者としての意義を明快に出していると思いますね。

「それをトロンボーンの人がもっと評価してくれたらいいんですけど。結局トロンボーンの人って仲良しこよしなんですよ」

――どちらかというと、傍系の楽器として繋がる部分があるんですか。

「そう、横の繋がりが大事な楽器で、実際やることがハーモニーなので、誰か一人だけがピョーンと突き抜けちゃうと〈あいつ、何〉みたいな感じなるんですよ。だから、あまりついてきてくれないという」

――トロンボーン奏者が本作を聴いて、純粋に1本でこれだけの音楽を作っていてうらやましいと思うんじゃないかと思います。

「そうあって欲しいですね。それが希望です」

――第1期は何年がスタートでしょうか。

「97年です。熱帯JAZZ楽団もサルサ・スウィンゴサも全部その辺です」

――第1期は何年ぐらいやったんですか。

「サックスとの2管のアコースティックな編成は3~4年かな。その後、2000年代に入ってからフロントをギターの鈴木義久とトロンボーンに変えたんです。そこにシンセサイザーを足し、最大7人でやっていた時期もありました。

皆演奏は良かったんですけど、自分が考えているのとはもうちょい違うという思いがあり、メンバーのスケジュールが合わなくなってきたこともあって、一度バラして組み直してからがセグンドです。それが、2008年とか2009年だったと思うんですけど」

――現在のメンバーになったのは?

「2015年からですね」

 

泣きそうになるくらい素晴らしい演奏を繰り広げる最強のメンバーたち

――各々のメンバーについて、どこが良くてバンドに入ってもらっているのかを説明していただけますか。

「全体としては、僕が各メンバーの一ファンであるということが大きいです。演奏すると毎回泣きそうになるくらい素晴らしいんですよ。

ギターの鈴木禎久とピアノの伊藤志宏はほんと業界の人に推したい。鈴木さんは自分のバンドとかをいろいろやっていますけど、誰もやったことがないことを自分で切り開いていて、こんなにすごい人が他にいるのかなと感じますね」

――オバタラは自分の楽曲をやるという意図はあるんですよね。

「はい、自分の曲の発表の場でもあります」

――そうしたなかで鈴木さんの曲も取り上げているので、相当に彼を買っているのが分かります。

「オバタラで何が一番しんどいかというと、鈴木禎久と伊藤志宏の前に曲を持っていき、〈これをやって〉というのが一番のプレッシャーですね。だって、2人とも自分よりはるかにすごい曲を書くので。

あと、大儀見はパーカッションも素晴らしいし、歌の雰囲気も素晴らしいし、何をやってもこの人には勝てないなと思います。

ベースとドラムは7年前まで違う方だったんですけど、今のベースはコモブチキイチロウ。東京に出てきてからしょっちゅう会っていたので。前のベースが辞めたときに声をかけたら、ちょうど彼もレギュラーバンドを探している時期だったのでうまい具合にいきましたね」

――コモブチさんはスケジュールを押さえるのが大変じゃないですか。渡辺貞夫さんともいろいろおやりになっていますし。

「そうですね。ドラムの岡本健太はまだ32歳でもともと関西の大学のバンドから出てきたんですが、上手なので東京でも有名だったんです。彼は若いのに何でも知っているんですよ」

――彼は今、熱帯JAZZ楽団にも入っていますね。

「熱帯ではパーカッションをやってます。ドラムとパーカッションは大儀見もできるんだけど、全然落差なくスティックも手もいける人っていうのは珍しい。それぐらい皆すごい人なので、オバタラをやるのはプレッシャーなんです」

――オバタラをやる際は、自分も襟を正してやる必要があると。では、自分のなかでは最上のメンバーであるんですね。

「最強ですね」

ラテンの情熱を表現するため、あえて雑味を残した

――今回のアルバムは、セグンドとして最初のアルバムになるんですか。

「セグンド名義では、最初にライブ盤(『VIVO EN KYOTO!!』)を出してもらったのが2012年で、それから2014年にその頃のオバタラを気に入ってくださったインディーズの方から〈ミニアルバムを出しましょう〉と、声をかけてもらいました。結局、フルアルバム(『LA DECISION NUEVE(9番目の決意)』)になっちゃったんですけど。

最初からいろんなことをオーガナイズして作るのは、今回が初めてです」

2014年のライブ動画

――続けていて、ここら辺できちっと作らないといけないなと思ったとか?

「前の2枚はメンバーが違うんですよ。前作から8年経って新しい曲も増えたし、今のメンバーでのCDを望む人も多いので、ここらで一つ満足するものを出せたらと思いました」

――曲は現行メンバーになってから作ったのでしょうか。

「“Murasaki no Tsuki”は前と被っているかもしれないけど、主に今のメンバーになってからのレパートリーです。新しい曲もあります」

――ぼくはまずこれを聴いて、〈トロンボーンっていいな〉っていうのと、それを立てるバンドの方々も同じところを見て演奏していると感じました。メロウでありつつパッションがうまく共存しており、これはトロンボーン奏者がやる〈ラテン・ビヨンド〉のアルバムだなと感じました。

「ありがとうございます。でも、録って〈ここをもっと直そう〉とメンバー同士で試案しているときに、実際にメンバーにも言ったことがあります。今、コンピュータでなんでも修正できるじゃないですか。(修正を)やればやるほど問題がなくなっていくわけですが、後で聴いたときに実際の演奏からかけ離れてしまうので、そういうところを意図的に残すようにしたいと」

――整えるということは、奏者の個性や表情を消すことにも繋がるわけですね。

「そのとおり。今までデ・ラ・ルスから始まって、その派生でラテン野郎とか他にもいくつかラテン系のバンドをやり、熱帯でもオバタラでも作品を出しました。共通してレビューに書かれることは〈ラテンなのに情熱が足りない〉ということ。そう言われたくないというのがずっとあって、なるべく雑味は残したいと思いました」

――他に今回録音するにあたって、意図したことはありますか。

「コンセプトを考えてもそのとおりになったことはないんですよ。やっていくうちに変わっちゃう。でも、今のメンバーで一番いい状態のものを作って残すのが一番の目的であり、それは果たせたと思います」

――何日間、レコーディングをやったのでしょう。

「最初は、全員で〈せーの〉で録ったのものが、基本です。それが2日間で、残り2日間でトロンボーンとか歌とか小物とかをダビングしました。トータル4日間です。

本当は〈せーの〉で録ったものをOKにしたいんですけど、リズムの人って何回もやりたがるじゃないですか。それに付き合うとトロンボーンの音が出なくなっちゃうんですよ。だから後で、トロンボーンの音を直すことが多いんです」

 

ビートルズの名曲の意外なカバー

――大儀見さんが歌っているビートルズの“The Long And Winding Road”の選曲意図は?

「昔から、僕が好きな曲だったんです。そして、大儀見がすごいビートルズ・フリークですし」

――大儀見さんは今ジャズピアニストの大西順子さんのバンドにも入っていますが、そのライブでも(ビートルズの)“Fool On The Hill”を歌っていました。

「やってるんだ(笑)。オバタラのライブやレコーディングでも大儀見の歌を1曲入れて、雰囲気を変えるという部分がありますね。

今回の“The Long And Winding Road”はオケが大変でした。リズムが原曲と全然違うのでなかなかまとまらなかったんです」

――歌ものは1曲入れたいという希望があったのでしょうか。それとも、有名な曲を1つ入れたいとか。

「いや、大儀見がメンバーだからです」

――完全に彼ありきの曲なんですね。それぞれにいろんなラテンのリズムを巧みに、しかも1曲のなかでも交錯させたりもしていて、すごい大変だったろうと思いました。

「デ・ラ・ルス以降、やりなれた親しんでいる素材ばかりなので、そんなに大変じゃなかったです。まだ、もっとやってみたいことがありますね。

選曲については、同じものがあるとやる方も聴く方も退屈しますから、なるべくバリエーションは持たせてあります。〈ああいうのを入れた方がよかったかな〉とか思うことは常にありますけど。今の時点でメンバーが落ち着いてレコーディングできて、曲として完成しているものを選ぶとこうなりました」

――曲順もいいですよね。1曲目(“Algun Dia en Algun Lugar 〜いつかどこかで〜”)は広がりのある感じで、〈旅の始まりだよ〉という雰囲気の曲です。

「なんとなく自分の中でストーリーができていますね。イメージとしては6曲目(“A Little Old Man”)で終わって、7曲目(“The Long And Winding Road”)がアンコールで大儀見君が歌い、8曲目(“Atagallando”)でエンドロールという」

『オラシオン』収録曲“Atagallando”のライブ動画

僕らにとっては演奏することが〈祈り〉

――どうして『オラシオン』というアルバムタイトルにしたんですか。スペイン語で〈祈り〉という言葉ですよね。

「僕の妄想に過ぎないのかもしれませんが、今はいろんなことがあるので前に向かって祈るしかないというか、僕らにとっては演奏すること自体がある種の祈りであるというか。理想に向かって進むための態度のようなものを、タイトルで表現したつもりです」

――表題とジャケットがすごい合っていますよね。メンバーそれぞれの顔が出ていて。

「これは前からやってみたかったんです。

〈1人ずつ写真を撮ってこういうふうにしたい〉と言ったら、大儀見が〈それ、ビートルズのアルバム(『With The Beatles』)と一緒じゃん〉って(笑)。それで、気になって調べたら、並べ方とか顔の角度が全然違うんです」

『オラシオン』ジャケット

――ちゃんと皆の顔が出ていて、音でもそれが分かるアルバムになっていて、タイトルとしてもジャケットとしてもありだなと思いました。あと楽曲に関してなんですが、メロディアスだなと思えもし、歌心を十全に託したいという意識が強いのかなと感じたのですが、いかがでしょう。

「熱帯とかスウィンゴサでもオリジナル曲は書いていますけど、そのまま歌詞が載るような曲ばっかりなんですよ。インストっぽい曲を僕は書けないんです。結果的に、いつも歌ものっぽい(笑)」

――その方がいいじゃないですか。

「いや、話は戻りますけど、鈴木禎久や伊藤志宏は楽器のための楽曲を書くのがすごく上手なんです。逆に向こうは僕みたいな曲が書けないと言いますね」

――歌詞が載りそうな曲が書けることは、器楽奏者にとっては憧れだと思います。あと1ホーンであることがすごく活きていますよね。トロンボーンの音はすごい気持ちいいなと思えます。6曲目“A Little Old Man”はレゲエとクンビアの曲ですが、ちょっとノリが異なるそれもしっくり来ていますよね。

「レゲエとクンビアはどちらもトロンボーンが活かせるリズムだと思います。それにラテンジャズのバンドの作品って最後は早いテンポとか大きな音で盛り上がって終わりというのが多いんですけど、そうじゃない曲で盛り上がって終わりたいなと思いました。わざとゆったりした曲にしてみたんです」

――やはりへそ曲がりなところがありますよね。当たり前のことはしたくないという。

 

これはオバタラという音楽

――総体としては、〈ラテンラテン〉した音楽を愛好する人じゃなくても耳が引かれる部分も持っていると思います。そこら辺はどういう考えを持っていますか。

「〈ラテン? ジャズ?〉と思う人でも、誰でもぱっと聴いて親しめるようにすることは心がけています。間口は広く、敷居を低くしたいです」

――でも、耳が肥えている人が聴けば、〈何、このリズム〉とか、〈こんなふうにトロンボーンって吹けちゃうの〉とか思うでしょうね。

「ええ。ニコニコしながら、えぐいことを言ってくるみたいな(笑)」

――たとえば、伊藤志宏さんもそんなに目立つことをしていないんですが、結構渋い弾き方をしているんですよね。

「あの人はいっぱい音数も弾くけど、歌の伴奏とかでもすごい評価が高い人なので、裏方をやるときもそれはそれで素晴らしい。皆そうですけど」

――だから、バンドの音だなと思います。効果的に組み合わさって1+1以上の、6人だから6以上の聴感や味わいが出ていますから。

「あくまでもジャンルで区別したらラテンジャズ、ラテンフュージョンになるんだけど、これはそういう範疇に収まらなくて、オバタラという音楽ですね、ってメンバーが皆言っていたんです。そう言われて、ああそうか、となりました。

どうやって売り込もうかなとも思案してしまいますが。〈これから暖かくなるからオバタラ・セグンドを聴いて踊りまくってください、イェー〉という感じは違うんですよね。」

――これはこれで、家でウキウキして聴けるリスニングミュージックだと思います。

 


RELEASE INFORMATION

OBATALA SEGUNDO 『オラシオン』 TWIN MUSIC(2022)

リリース日:2022年5月25日(水)
品番:TMCJ-1003
フォーマット:1 CD
価格:3,300円(税込)

TRACKLIST
1. Algun Dia en Algun Lugar 〜いつかどこかで〜
2. In Transition
3. Murasaki no Tsuki
4. Nuestra Cancion#2
5. The Agreement
6. A Little Old Man
7. The Long And Winding Road
8. Atagallando

 

LIVE INFORMATION
オバタラ・セグンド 新作CDオラシオン発売記念ライブ

2022年5月28日(土)東京・六本木 キーストンクラブ東京
開場/開演:18:30/19:30
出演:OBATALA SEGUNDO
中路英明(トロンボーン)/鈴木禎久(ギター)/伊藤志宏(ピアノ)/コモブチキイチロウ(ベース)/大儀見元(パーカッション)/岡本健太(ドラムス)
料金:4,000円(テーブルチャージ別)
★詳細はこちら

2022年5月29日(日)東京・六本木 キーストンクラブ東京
開場/開演:18:30/19:30
出演:OBATALA SEGUNDO
中路英明(トロンボーン)/鈴木禎久(ギター)/伊藤志宏(ピアノ)/コモブチキイチロウ(ベース)/大儀見元(パーカッション)/岡本健太(ドラムス)
料金:4,000円(テーブルチャージ別)
★詳細はこちら

 


PROFILE: OBATALA SEGUNDO(オバタラ・セグンド)
元オルケスタ・デ・ラ・ルス、現在熱帯JAZZ楽団やサルサ・スウィンゴサで活躍中のトロンボーン奏者・中路英明が、97年からオバタラ(アフリカを起源としカリブ海地域のラテン社会で信仰されている多神教サンテリアの神の一人)という名前で活動を始めたラテンジャズバンド。メンバーチェンジに伴い、2007年よりオバタラ・セグンド(第二期オバタラ)に改名。現メンバーは鈴木禎久(ギター)、伊藤志宏(ピアノ)、コモブチキイチロウ(ベース)、大儀見元(パーカッション)、岡本健太(ドラムス)と、現代日本の音楽シーンになくてはならないオールスターキャストである。レパートリーは熱帯JAZZ楽団やサルサ・スウィンゴサでも定評のある中路のオリジナルを中心に、メンバーのオリジナルや有名ラテンナンバーのカバーなど。近年はラテンリズムに他ジャンルをミックスさせたコンテンポラリーな演奏形態となっており、トロンボーンとギターのユニゾンによるサウンドが特徴。今が最も旬な超絶メンバーによるインタープレイは従来のラテンバンドのイメージを大きく覆すほど斬新、圧倒的な興奮と感動を呼ぶ。