Page 2 / 4 1ページ目から読む
Photo by Özge Cöne

メレディス・モンクから教わった〈自分の声〉を探すこと

――2019年には、以前からハチスノイトさんが影響を公言してきたメレディス・モンクのワークショップにも参加されています。そこでの経験もアルバム制作の糧になったのでしょうか?

「とても大きかったです。それもやっぱり音楽との向き合い方の話になりますが、ワークショップの中でメレディスが自分のキャリアについて話す時間があったんですね。そのときにふと〈若い頃は自分の声を探していた〉とおっしゃっていて、それにものすごく感銘を受けました。こんなに卓越した人物でもまずは自分の声を探すプロセスがあったんだなと再認識させられて、勇気づけられましたね。

それとメレディスがワークショップの参加者たちに伝えていたことは、作曲の仕方や歌い方といった表面的なテクニック以上に、どういうふうに自分自身を探すかということが一番大きかったと思うんです。それは自分に対してオープンでいることでもあって、ワークショップはそうした自分自身を探すためにプログラムされているところもありました。なので〈上手く歌わなきゃ〉〈良いパフォーマンスをしなきゃ〉という心配は不要で、メレディスがちゃんとマネージした空間でじっくり試行錯誤できる。そうした体験を通して、こんなふうに自分の音を探せるんだと気づいたり、自分から出てくるものを自由に受け入れたり、そしてそれらをどうすれば作品に落とし込んでいけるのかを学んだりしました。

ワークショップの場所におけるメレディスの存在の仕方にも驚きました。彼女はパフォーマーとしてその場で起きていることに対してオープンだし、周囲の出来事をしっかりとキャッチできる。つまりその場で何が起きているのかを完全に把握しているんです。考えるというより自然に周囲の出来事を自分の中に取り入れてアウトプットするという、その速度や感受性の鋭さが本当に素晴らしかった。講堂のような場所に50人ぐらいの参加者がいて、いろいろなドラマがいろいろなところで起きるんですけど、彼女はそれら全てに気づいて的確にリアクションしていく。それを見たときに〈パフォーマンスってこういうことだよな〉と思いました」

メレディス・モンクの2019年のワークショップ動画

 

教会で録音したオーガニックな音響

――『Aura』ではどのようなことに新たにチャレンジしましたか?

「前作『Illogical Dance』、前々作『Universal Quiet』(2014年)は、自分に何ができるのかを模索したアルバムでもあったなと感じていて。いろいろなことをやって、これから自分がどういう方向性に進めるのかを試していた時期だったと思うんです。けれどロンドンに移住してからたくさんライブをやるなかで、自分が一番得意なことはやっぱり、特定の場所でそこにしかないアコースティックな響きと交わりながら自分の声だけでオーガニックにパフォーマンスすることだなと気づき、それを1枚のアルバムにまとめようと思いました。

実はレコーディング自体は2019年にほぼ全て終わっていたんです。なぜそこから3年近く経ってしまったのかというと、音作りがどうもしっくりこなかった。録音された声のテープはあるんですけど、どう組み合わせても人工的でプラスチックな音になってしまう。スタジオで録った素材にコンピュータの中でリバーブをかけても、どうしても自分が普段ライブをやっているときの音にならないんですね。場所の音を欠いているというか。それに納得できなくて、作りたいもののビジョンは見えているのに完成させることができないでいました。

そうこうしているうちにコロナ禍に見舞われて、ロンドンはロックダウン状態になってしまった。レコーディングはベルリンのスタジオだったので、当初はベルリンに戻ってエンジニアのフランチェスコ・ドナデッロと一緒にミックスなどの作業を進めていこうと考えていたんです。それがコロナ禍でできなくなり、ロンドンで完成させなければならず、途方に暮れてしまいました」

――コロナ禍でアルバム制作も一旦ストップしてしまったと。

「はい。ロックダウンで生活も大変で、しばらくストップしていたんですけど、どうもすぐにはコロナ禍も収束しそうになくて、このままロンドンで制作を進めようということになりました。それで新しくエンジニアのマルタ・サローニが参加してくれて、イレースト・テープスのロバート・ラスと私の3人で話し合ったんです。どうしたらプラスチックな音を普段自分がライブでやっている音に近づけられるだろうかと。そのときに出てきたアイデアが〈リアンピング〉という、録音素材をスピーカーから流して再度レコーディングする手法でした。ニルス・フラームも以前使用していた手法なんですけど、ロバートが〈こういう方法があるよ〉と教えてくれて。

スタジオで録ったデッドな音素材を反響音があるスペースでスピーカーから流して、それを再度レコーディングすればアコースティックなリバーブをかけることができるんです。ちょうどロックダウンでロンドンから出られなかったので、ローカルなつながりが深くなっていた時期でした。それで縁あって近くの教会を使わせていただけることになって、教会内のいろんな場所に10本以上のマイクを立ててレコーディングしたんです。録ったテイクを聴き返してみたら〈これだ!〉と感激しました。本当に、すごく美しかった。コンピュータでつけるリバーブとは全く違うんですね。教会は音を響かせるために建築された空間でもあるので、とても複雑で豊かな反響音を生むんです。

去年6月のことでしたが、そのテイクを聴いた瞬間に〈これでアルバムを完成させられる〉と思って、そこからはスムーズに制作が進んでいきました。アルバムに収録した全ての曲を同じ教会でリアンピングしたので、全体を通して一つの場所の響きを取り入れたサウンドになっているんです。

ロックダウン中は外に出られず、小さな部屋の中でずっと過ごしていて、ライブをやるにしても配信が多かったじゃないですか。それもあって、フィジカルな場所で鳴っている音に帰りたかったという思いもありました。生身のこの身体でしか出せない声、その日その教会の中でしか録れない音、そうした一回しか鳴らないオーガニックなサウンドというのが、最終的にはアルバムに通底するテーマになりました」