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スリリングで不思議な後味ながらポップ

 本作の作曲クレジットはすべてアレックス・ターナーとなっている。例外が数曲あり、“Sculptures Of Anything Goes”にはギターのジェイミー・クックが、“Jet Skis On The Moot”と“Mr Schwartz”は元ミルバーンのトム・ロウリーが参加している。ミルバーンといえば、同郷シェフィールド出身で、ともに若くしてデビューした同世代バンド。トム・ロウリーは2013年の『AM』ツアー時からバンドのサポート・プレイヤーとして帯同している。

 さて、本作の一曲目を飾り、先行シングルとしてリリースされた“There’d Better Be A Mirrorball”は、その前奏の構造からしておもしろい曲だ。前奏の最初の40秒ほどの部分の雰囲気には前作からのブリッジの役割を持たせ、そのたゆたう空気感が一旦カットアウトしたあと、ふたたびゆったりとしたリズムで、しかし前作よりもずっと甘く透明な世界へと誘っていく。アレックス・ターナーは本作の多くの曲でファルセットを披露しているが、その萌芽をまずこの曲で堪能できる。

 本作も前作同様、アレックスは多くの曲をピアノで作ったと聞く。前作の場合は、それまでにギターで多くの曲を作ってきたので、ピアノで新たなインスピレーションを得たかったのが理由だった。今作はすでにその段階を越えたのか、ギターで作られた曲も気持ちよく、ごく自然に存在している。2曲目の“I Ain’t Quite Where I Think I Am”は、おそらくギターで作られた曲。アレンジを変えたら『AM』時代の曲のようにも聴こえそうだ。しかしここでは、ゆったりとしたリズムと、エモーションをそのまま美メロとして惜しげもなく、優しく響かせるサビの部分で、『AM』的なるものとは一線を画している。

 “Body Paint”は、本作でもっともポップで牧歌的な曲の一つだろう。鍵盤の音とドラムと声でシンプルに始まり、ストリングスが柔らかく重なっていく。米のTV番組でこの曲を披露した映像を観たが、後半から入ってくるアレックスとジェイミーのギター・ラインの印象がより強く残るアレンジになっていた。つまり、彼らは決してバンド・サウンドを手放したわけではない。

 それにしても、どの曲も聴けば聴くほどおもしろい。“Hello You”を筆頭にストリングス・サウンドが重要な役割を果たす曲が多いが、バンド・サウンドとストリングスとの単純な足し算をこのバンドがするわけがない。むしろ曲をよりスリリングに、より不思議な後味にするにはどうしたらいいかという実験の結果のように聴こえてくる。それが、嫌味なくポップ・ミュージックとして成立しているのがすごい。“Mr Schwarz”のオルタナ・カントリー的な佇まいもいいし、最終曲の“Perfect Sense”は彼ら史上もっともシンプルなアルバムの終わらせ方、だ。

 毎回、彼らはアルバムで驚かせてくれる。今回も、その期待を裏切らなかった。30代半ばになった4人、脂が乗った様をぜひ聴いてみてほしい。

2020年のライヴ盤『Live At The Royal Albert Hall』(Domino)

メンバーの参加作品を一部紹介。
左から、ラスト・シャドウ・パペッツの2016年作『Everything You’ve Come To Expect』(Domino)、アレクサンドラ・セイヴィアーの2017年作『Belladonna Of Sadness』(Columbia)