学生時代からミュージシャンをめざし、セッションの場に通い詰めた。しかしストイックすぎる鍛錬によって、あるとき「心が折れてしまった」。
「好きで音楽に触れているという感覚が失せてきて、もう無理だ、やめよう、と」。
それが2018年で、以降の約1年間、さらさは音楽から離れていた。が、あるときFKJ&マセゴのライヴ映像を観て触発され、また友人が通っていたブラック・ミュージックを演奏する大学サークルに参加したことで歌う喜びを取り戻した。
「それで作ったのが“ネイルの島”。何者にもならなくていい、どう思われてもいいって、ある種の諦めがついた時期だったからこそ書けた歌詞でした。それをSNSにアップしてみたら、たくさんの人に反応してもらえた。力を抜くことで、届かなかったところに手が届くこともあるんだなと気づいて、それはいまでも自分の活動の軸になっているマインドなんです」。
デビュー・シングルとなったその“ネイルの島”のOlive Oilによるリミックスも収めたファースト・アルバム『Inner Ocean』は、さらさの考え方の変化とシンガー・ソングライターとしての成長を記録している。まずパンデミック前の2019年に書いていたのは、“朝”と“踊り”の2曲。
「その2つと、ファーストEP『ネイルの島』(2022年)に入っている曲は、〈自分のことを救ってあげる〉というような感覚で作ったものでした。第三者的な視点で自分を見ていたんです。それ以外の曲はコロナ禍になってから作った曲で、作り方が全然違います。自分のやりたいことがやれるようになった気がしたタイミングでコロナ禍になって、まだ自分には何の実績もないし、大好きなライヴもやれないしってことでズーンと落ちて。〈自分を救ってあげる〉とか、そんな余裕すらなくなり、切羽詰まった状態でドロドロした感情をそのまま吐露するように書いたんです。EPの曲も自分のなかでのリアルではあるけれど、まだ感情にフィルターをかけていた。それが一切なくなったのが新しい曲たち」。
剥き出しでいいんだ、フィルターをかける必要などないんだ。その想いはサウンドにも反映されている。デビュー・アルバムともなればいろんな音を入れたくなったりするものだが、さらさは装飾を拒み、必要最低限のサウンドに憂いのある歌声を溶け合わせる。それによって、心地良さと独特の色気が立ちのぼる。
「引き算の考え方が私の楽曲には合っているかなと思って。“火をつけて”は初めてバンドの生演奏で録った曲なんですが、それも一回全部乗せたあとに〈この音はいらないね〉って引き算をしていった。トラックメイカーと話し合いながら作っている曲にしても、極力シンプルにということを意識しています。ちなみに“火をつけて”は、コロナ禍に新鮮な気持ちで聴くようになったCHARAさんにインスピレーションを受けた曲。歌詞のなかに〈チャラにして頂戴〉って入れて匂わせているんですけど(笑)」。
Yogee New Wavesの竹村郁哉、粕谷哲司が参加したソウル成分とポップの塩梅がいい“火をつけて”のような曲とはまた別ヴェクトルで、強い存在感を見せている曲もある。とりわけ地を這うようなトリップ・ホップ感覚のビートが配されたオルタナティヴなメロウ・ソウル“午後の光”はさらさの新境地で、「自分のなかでもかなり手応えのある曲」だと言う。
「自分の剥き出しの感情をそのまま出せたという意味で、これがいちばん強い曲かもしれない。悲観的な歌詞ですけど、ライヴで歌うと〈あの曲、好きでした〉と言ってもらえることが多くて、自分の見せたくない部分を見せることで人の深いところと繋がることができるんだなと実感できた曲でもあるんです」。
タイトル『Inner Ocean』に込めた思いを聞いてみると――。
「外からは穏やかに見えるかもしれないけど、実は流れが激しかったり渦を巻いていたりする。そういう自分の感情やエネルギーが海に似ているなと思うことがあって、〈私のなかの海〉という意味で付けました」。
湘南出身の現在24歳。近くに海を感じながら育った彼女の資質と内面がリアルに表れたアルバムだ。
さらさ
湘南で生まれ育ったシンガー・ソングライター。元晴(SOIL&“PIMP”SESSIONS)ら主宰のセッションでMVPを獲得したことでシンガーをめざすようになり、2021年にデビュー・シングル“ネイルの島”を発表。全国のラジオ局でヘヴィープレイされて知名度を上げる。2022年のファーストEP『ネイルの島』リリース後は、鞘師里保や清 竜人、さかいゆうらの楽曲に参加。同年の〈フジロック〉でのパフォーマンスも話題を集めた。10月に先行配信された“火をつけて”を経て、このたびファースト・アルバム『Inner Ocean』(ASTERI)をリリースしたばかり。