エレガントにしてプログレッシヴな表現者の名はケレラ――メッセージとフィーリング、神々しさと官能性を融合して己の美意識を貫いた新作『Raven』は何を物語る?

 「2018年からレコードを作ろうとは思っていて、その時点ですでに寝かせている曲はいくつかあった。でも、私自身がリスナーとして好きな〈セカンド・アルバム〉って成長が見られるものだから、それらの曲は使いたくなかったのよね。初作の〈パート2〉みたいなアルバムは作りたくなかったし、新しい時代や新しいフィーリングが感じられるものを作りたかった」。

KELELA 『Raven』 Warp/BEAT(2023)

 高い評価を得た初のアルバム『Take Me Apart』(2017年)と、それ以前からの短くないキャリアによって幅広いリスナーを魅了してきたケレラの新作『Raven』は、実に6年ぶりとなるセカンド・アルバムである。本人が望んだところの成長や新しいフィーリングは、髪を剃り上げたヴィジュアルの変化から窺えるものかもしれないし、最初のミックステープ『Cut 4 Me』(2013年)の頃から密接に絡んできたキングダムやアルカらの人脈とは異なる顔ぶれを選んだ制作体制からも明らかだろう。ケレラがすべての詞曲とアレンジを担当した今回は、フューチャー・ブラウン時代から関係の深いアスマラ(ヌズヌズ)が共同でエグゼクティヴ・プロデューサーを務め、サウンド・プロデュースはベルリンのOCA組(ヨー・ヴァン・レンズ&フロリアン・T・M・ザイジグ)とLSDXOXOが主に担当。前者はミックステープ『AQUAPHORIA』(2019年)に参加し、後者も“Truth Or Dare”をリミックス(2018年)してそれぞれ主役と縁があった名前だ。

 そもそも2020年1月にベルリンを訪れた彼女はLSDXOXOと1週間で5曲を制作。その後はOCA勢と8曲を作ったそうで、プロダクション・クレジットによると制作期間は2020年1月13日~2022年5月13日となっているが、ソングライティングの行程そのものはほぼパンデミック前に終わっていたそうだ。

 「曲を作ったのは2020年の1月で、2月の初めにはほぼ曲作りを終えて、その後タイトル・トラックの“Raven”を作ったんだけど、それもパンデミックの前だった。歌詞もメロディーも全部出来ていたし、ロックダウンが始まる前にほとんどアルバムは完成していたのよね。そもそものプランは曲が完成したら、あまり考えすぎずにそれをサッとレコーディングしてすぐにリリースすることだった。編集しすぎずに、直感を大切にしたかったのよね。でも、またベルリンに行ってレコーディングができなくなってしまったのと、あの暴動があってから、私の生活が一時停止してしまったの。そこで私が考えるようになったのが、レコード制作における私の経験のクオリティだった。いまの状態で皆がこのアルバムを聴いたら、きっとあの暴動への反応だと思われるだろうなって。でも実際は暴動が起こる前に曲を書き上げていたし、暴動が起こる前から私はこれらの曲に込められたフィーリングをずっと持ってきた」。

 2020年のBLM運動の世界的な広がりを待つまでもなく、ケレラはかねてから黒人女性のアーティストとして、エンターテイメント業界において黒人女性に求められる役割のステレオタイプや偏りについて疑問を唱えてきた。いわく「彼らが思う〈黒人女性はこういうものを作ればいい〉っていう音楽と、私の音楽の作り方は違う。私はもっと真剣に曲作りに取り組みたいし、自分自身のプロセスで曲を作りたい」。その一方で「アルバム制作を始める前からわかっていたのは、自分自身にとっても改革的な作品を作りたいということと、自分自身のプロセスで作品を作ればそれが出来るということ。私がそれをやり遂げれば、レコードを聴いているリスナーの皆もそれを感じることができるはずだとも思った」とも語る彼女は、2021年にレコーディングに戻って歌録りを進め、アスマラやバンビー、モッキーらとポスト・プロダクションに時間をかけていった。

 そうして出来上がったのが、制限されることなく彼女自身の意志を反映した渾身の力作『Raven』となるわけだ。レンズやザイジグとは主にアトモスフェリックなアンビエントR&Bの深みを探求し、LSDXOXOの仕事ではUKG~ブレイクコア系の“Happy Ending”や“Missed Call”、ハウシーな“Bruises”のようなダンス・トラックが際立つ。他にもカオティックなベース・チューンの表題曲はロンドンのファウジアとアシモが手掛け、情感豊かなスロウ“Sorbet”はパリス・ストローザー(キング)が共同プロデュース。スロウの“Let It Go”ではダニエル・エイジドがベースを弾き、ケイトラナダも関与した“On The Run”ではジャングル・プッシー、“Divorce”ではシャイガールがリリック面で助力……と、多彩な面々が『Raven』の美しい世界を共創している。

 「私はまず曲を作って、そのあとで自分が何を表現しようとしたのかが見えてくるタイプで、以前は概念芸術家でないことに不安を感じていたこともあった。でも、いまはそれが私なんだと自分で割り切っている。だから、私にとっての優先順位は、サウンドよりも経験だった。自分自身にとって新鮮で新しい何かを見つけることが今回のアルバム制作の目的だったのよ」。

 本人にとってはもちろん、聴く側にとっても新しい体験となったこの『Raven』の素晴らしさが、アーティストとしてのケレラをこの先も前進させていくことは間違いないだろう。

ケレラの作品を紹介。
左から、2013年作のデラックス盤『Cut 4 Me: Deluxe Edition』(Fade To Mind)、2017年作『Take Me Apart』(Warp)

左から、フロリアン・T・M・ザイジグの2021年作『Music For Parents』(Metron)、LSDXOXOが参加したレディ・ガガのリミックス集『Dawn Of Chromatica』(Interscope)、シャイガールの2022年作『Nymph』(Because)、ダニエル・エイジドの2021年作『You Are Protected By Silent Love』(Chiron Sound/ASTROLLAGE)、ジャングルプッシーの2021年作『JP4』(Jagjaguwar)