クラブ・カルチャーからハイ・ファッション、アートの世界にまで有機的にリンクする、アンダーグラウンドの顔役たちがここに結集――新しい色はいつだって新しいアイデアと新しい越境から生まれてくるのだ!!
自然界に存在しない色
アンダーグラウンドの美学を土足で踏み荒らしたリアーナへの抗議として、2014年5月に活動休止宣言がなされたNYのパーティー、〈ゲットー・ゴシック〉は、主宰であるヴィーナス・Xが、フッド・バイ・エアのデザイナーであるシェイン・オリバーと2009年に始めたものだ。コンセプトは〈表現の自由〉で、世間の常識に属さない人たちが集う地下室の宴として熱狂的な支持を集めた。音楽面での躍進を支えたのは、トータル・フリーダム、フィジカル・セラピー、ファティマ・アル・カディリ、ミッキー・ブランコ、アルカなど、現地NYのメディア「DIS」マガジンや、ヒッポス・イン・タンクス、UNOといった有力レーベル周辺のアーティストたちだったことはよく知られている。
このたび、〈アンダーグラウンド・スーパーグループ〉と鳴り物入りでワープからデビューしたフューチャー・ブラウンの属する〈アンダーグラウンド〉とは、この〈ゲットー・ゴシック〉周辺のシーンと考えて半分は正解だ。もう半分は、ハイパーダブからデビューしたファティマ・アル・カディリ、フェイド・トゥ・マインドの男女デュオであるイングズングズのダニエル・ピニーダとアスマ・マルーフ、そしてリット・シティ・トラックスを主宰するJ・クッシュといった各メンバーを隔てる物理的な距離と、その活動実態の曖昧さから考えても、オンライン・アンダーグラウンドにあると考えても間違いではないだろう。この4人がグループを組んだという噂が流れはじめたのは2013年の話。それなりの時間が経ってはいる。
「お互いの作品をお互いがリスペクトしていた。それに仲も良かったから、グループを結成するのが自然だと思った。それに、いろいろなヴォーカリストを起用して、もっとスケールのデカいプロジェクトをやりたいと思ったんだ」(J・クッシュ)。
「アルバムを完成させるまで3年かかったわ。とても長い道のりだった。このアルバムをまとめて表現するとすれば、私たちの理想のヴォーカリストたちのために作られたアルバム。すぐ連絡が取れた人もいれば、なかなか連絡が取れないヴォーカリストもいた。本当に巨大なプロジェクトだったわ」(ファティマ)。
また、フューチャー・ブラウンという不思議なグループ名は、前述したNYのポスト・インターネット・マガジン「DIS」の主宰の一人、ソロモン・チェイスの考案によるものだという。
「グループ名として良い名前だと思った。俺たちは形式やジャンルに囚われないグループだ。自分たちがやりたいことを自由にやりたい。そういう意味で〈未来の茶色〉という色は、自然界には存在しない、定義付けできない色として俺たちに合っているネーミングだと思う」(J・クッシュ)。
ヴィジョンを変えることなく
そんなフューチャー・ブラウンが、言わずと知れた名門テクノ・レーベル、ワープを契約先に選んだことは、決してアンダーグラウンドを失望させはしなかった。むしろ、アルカがミュートから、ファティマ・アル・カディリがハイパーダブからデビューしている現在、アンダーグラウンドの大いなる秘密がもっとも望ましい形で世界に開かれたというべきだろう。
「スケールのデカいアルバムを作るのなら、スケールの大きいレーベルと組むのが良いと思ったんだ。こういうアルバムを作るのは金がかかる。小さなインディー・レーベルは、影響力や予算の面で、そこまで力がない。だから、俺たちのヴィジョンを変えることなく自由に音楽制作をさせてくれる、ワープのようなレーベルと契約できてとても良かった」(J・クッシュ)。
アルバム『Future Brown』は、4人の背景を繊細にブレンドしたかのような充実の内容に仕上がっている。基本的には、ディストロイドと呼ばれるファティマ・アル・カディリ以降の未来工学(超ハイテク)的な無菌状態をイメージさせるメタリック・シンセ・サウンドをベースに、トラップ以降を感じさせるヒップホップ・ビートが組み込まれる構造だ。例えばそこに、フェイド・トゥ・マインドのケレラと、UNOのイアン・アイザイアがヴォーカルにフィーチャーされた“Dangerzone”は、性別という概念がどこまでも中性化された美しいダウンテンポ。また、トラップの女性ラッパーである3Dナティーと、男性R&Bシンガーであるティム・ヴォーカルズがフィーチャーされた“MVP”は、“Talkin Bandz”と並ぶインダストリアル・トラップのキラー・チューンだ。
「アルバムは全曲大好きだけど、“MVP”はとても特別な曲ね。女子がラップして、男子が歌っていて、通常のヒップホップの形式を反転させている感じがするから好き」(アスマ)。
多彩なゲストが参加した本作の詳細を語りつくす紙幅の余裕はないが、それでもやはり、過酷なストリート・ライフを凍えるようなリアリズムで吐き出すシカゴの新進、リル・ハーブや、いまやインディーR&Bの代名詞とも言えるハウ・トゥ・ドレス・ウェルとも共演しているシカゴの天才R&Bシンガー、ティンクの名前を逃すわけにはいかない。片手で足りる程度のミックステープ・リリースというキャリアであるにもかかわらず、すでに名うてのスーパー・プロデューサー、ティンバランドの寵愛をほしいままにしている天才である。
「彼女の才能はすごかったから、俺は彼女が将来的に注目されるだろうと思っていた。イスマがティンクのマネージャーにTwitterを通じて連絡を取ったら、電話が返ってきた。音楽業界では、本当に才能のある人が必ずしも称賛されるわけじゃないけど、彼女の才能は誰もが認めざるを得ないくらいすごいから、ちゃんと称賛されたんだと思う」(ダニエル)。
そう、役者は揃っている。〈ゲットー・ゴシック〉がリアーナに水を差されたかたちになったことを思えば、本作がティンクに始まりティンクに終わっていることはさまざまな憶測を呼ぶだろう。だが、もちろん、そうしたポップとアンダーグラウンドの政治的な対立を完全に無視したうえで、例えばアルカがFKAツイッグスをプロデュースした作品がそうだったように、勇ましくも未来時制で準備されたこの異形なポップ・アルバムの誕生を子どものように祝い、喜ぶ権利は、誰にも奪われてはいない。