音楽界において国内外の巨星が立て続けにこの世を去っていく、悲しみに満ちた2023年。そんななか、バート・バカラックが2月8日に94歳で亡くなったことが伝えられた。60年代以降、作詞家ハル・デヴィッドとのコンビで多数のヒット曲を生み、胸を締めつける切ないメロディを書きつづけたバート・バカラック。その影響圏は、世代も国境も超えた広大なものだろう。まさに、大衆音楽史にその名を刻んだ大作曲家だった。今回は、バカラックがもっとも好きな作曲家だという鳥居真道(トリプルファイヤー)に、彼の名曲5曲を選んでその功績を解説してもらった。 *Mikiki編集部


 

不世出のメロディメーカー

バカラックの名前を口にするとき、うっとりする一方で、一抹の照れくささを感じるのはなぜだろうか。それは彼の作った音楽がとびきりロマンティックだからに違いない。バカラックの音楽を聴くという営みは、部屋に花を飾ったり、体に香水をふったりする行為に似ている。そんなものは生きるうえでまったく必要でない。けれども人はロマンティックなムードを欲するし、世界はバカラックの音楽を求めている。彼の作品が存在しなかった世界というものを想像してみると、それはどうにも味気ないものである。

不世出のメロディメーカーとはバカラックにこそふさわしい称号である。さる高名な音楽家はかつてこう言った。メロディは結局のところ上げるか下げるか、伸ばすか切るかでしかないと。作曲とは、ことほどさようにシンプルなものでありながら、魔法がかかったようなメロディを次々と生み出したバカラックには驚嘆せざるを得ない。意表をつくコード進行および転調、ユニークな拍子の感覚といった技巧面にどれだけメスを入れようとも、バカラックのメロディがもたらすセンス・オブ・ワンダーを解くことはできないだろう。

軽妙洒脱でウィットに富み、チャーミング、セクシー、そしてロマンティックなバカラックの音楽は、粋な大人を想起させるものだった。欲望渦巻くギラギラしたショービズ界の空気をまといつつも、持ち前の気品がそれを中和しているから、彼の音楽にはエレガントな輝きが感じられるのだ。

バカラックの残してくれた名曲を取り上げながら作曲家、編曲家、ピアニスト、レコード・プロデューサーといった肩書を持つ彼の功績について、今改めて考えてみたい。 

 

1. Dionne Warwick “Walk On By”

まずバカラックの代表的な仕事として、作詞家のハル・デヴィッドとシンガーのディオンヌ・ワーウィックという黄金のトリオが残した名曲を挙げざるを得ない。哀切であると同時にスタイリッシュなこの一曲は、ゾンビーズの“ふたりのシーズン(Time Of The Season)”トッド・ラングレンの“Hello It’s Me”キャロル・キングの“It’s Too Late”にも強い影響を与えたはずだ。バカラックの編曲もひらめきに満ちていて、特にコーラスの終わりに挿入されるミニマルなピアノのフレーズは、今なおフレッシュに響く。

 

2. Dionne Warwick “The April Fools”

バカラック、デヴィッド、ワーウィックのトリオの代表曲には、他にも“サンホセへの道(Do You Know The Way To San Jose)”“小さな願い(I Say A Little Prayer)”“恋よ、さようなら(I’ll Never Fall In Love Again)”などがある。むろんこうしたヒット曲以外にも名曲と呼ぶべき曲はたくさんあるが、メロディの繊細さと美しさでは群を抜くこの曲を取り上げておきたい。高橋幸宏もカバーした名曲だ。ハイテンポのファンクに仕立てたアレサ・フランクリンのバージョンも忘れがたい。