92歳で新作を発表!
2020年にバカラック・サウンドを聴くことができる感謝と喜び

 良いなあ、良いなあ、と、呟くばかりで、それ以上は続かない。本当に素晴らしい音楽は、聴き手を無口にさせるのかもしれない。山のように語りたいことがあるのに、すっかり、言葉が音楽に奪われていく感じさえする。1曲目の“ベルズ・オブ・セント・オーガスティン”からしてそうだ。ああ、これは、バカラック・サウンドだとわかる、と同時に、懐かしさがじんわりと湧いてきて、それ以上にこの再会にみずみずしさが寄り添っていることに驚き、そして嬉しくなってくる。

BURT BACHARACH,DANIEL TASHIAN 『BLUE UMBRELLA』 ソニー(2020)

 これが、バート・バカラック&ダニエル・タシアン名義で発売された『ブルー・アンブレラ』だ。言うまでもなく、20世紀最高の作曲家とされるバート・バカラックだが、現在92才、それだけでも感動してしまうのに、この見事な仕事っぷりにはただただ頭が下がる。いっぽうのダイニエル・タシアンは、現在46才、幼い頃からバカラック・ナンバーに親しみ、殊に、B.J.トーマスが歌った“雨にぬれても”が大好きだったという。ナッシュヴィルで評判のシンガー・ソングライターで、プロデューサーとしても注目されている。第61回グラミー賞で最優秀アルバムに輝いたケイシー・マスグレイヴスの『ゴールデン・アワー』にも深くかかわった。

 その受賞式に列席するために、2019年2月10日、タシアンはロサンゼルスにいた。そして翌日、バカラックの自宅で二人は初対面を果たす。そのとき、タシアンが歌詞を既に送っていた“ブルー・アンブレラ”に曲をつけたバカラックが、ピアノで聴かせてみせた。同名のアルバム(当初は配信だけの5曲だった)は、そうやって完成への物語を紡ぎ始めるのだ。

 「ぼくの歌詞を、バカラックの音楽で聴けるだけでも信じられないほど嬉しい」というタシアンだが、その歌声も、素朴なのに憂いがあって素晴らしい。ディオンヌ・ワーウィックにジャッキー・デシャノン、カーペンターズにB.J.トーマスと、素晴らしい歌手の数々がバカラック・サウンドを彩ってきたが、間違いなく彼もその一人になりそうだ。

 アカデミックで、洗練されたバカラック・サウンドとその歌声とのバランスも、なんとも心地よい。それどころか、コロナ禍で世界中が混乱し、心の持っていき場所がなく、なんともやりきれない日々だ。その中で、どうしてこんなにも心に安らぎを、潤いをもたらし、救われたような気にさせてくれるのだろう。深夜、眠れなくなって、ベランダでぼんやりと夜空を見上げながら聴くことも少なくない。2020年という年を早く思い出として語れるようになると良いのだけど、その時はこのアルバムのことも忘れないと思う、きっと。