音楽家としての新学期にあたり、改めて表明するポップ・ミュージックの在り方。古いもののなかにこそ見い出すことのできる、本質的な新しさ――彼は〈喪失〉をノスタルジーにしない

新学期が始まる感じ

 捻くれているけどロマンティック。孤高にして寂しがり屋。そんな屈折した歌心を荒々しくもポップなギター・サウンドに乗せ、インディー・シーンで注目を集めてきた澤部渡のソロ・ユニット=スカートが新作『20/20』でメジャー・デビュー。〈まさか!〉〈ついに!〉などなど、いろんな声が聞こえてきそうな新たな旅立ちについて、今の率直な気持ちを当人はこう語る。

スカート 20/20 ポニーキャニオン(2017)

 「正直、戸惑いました(笑)。すごく嬉しいけど、〈大丈夫なのか!?〉って。新しいアルバムを作りはじめた頃に声をかけていただいて、もしかしたら〈もっとポップな曲を書いて〉とか、いろいろ言われるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんですけど、自由にやらせてもらえて助かりました」。

 思えば前作『CALL』の取材の際に、「ひと区切りついた気がする」と感想をもらしていた澤部。まさに絶好のタイミングでのメジャー・デビューだ。

 「本当、そうなんですよ。新学期が始まるって感じですね。『CALL』はこれまででいちばん時間も手間もかけた作品で、すべてやり切ったような気がしたんです。だから、アルバムが完成した後、何もできない時期があったんですよね。そんななかで“静かな夜がいい”(2016年11月のシングルの表題曲)っていう曲が出来た。これまでは好き勝手に曲を作ってきたんですけど、この曲は〈コードを極端に少なくして作ってみよう〉って、ほとんど初めて自分に縛りを与えて作った曲で。それがとても上手くいって、そのやり方でアルバムの曲を作っていくうちに、また縛りなしでも書けるようになったんです」。

 『20/20』にはその“静かな夜がいい”も収録されていて、『CALL』以降のスカートが詰め込まれているが、まず本作で印象的なのが臨場感溢れるバンド・サウンドだ。その中心メンバーは前作に続いて、佐久間裕太(ドラムス)、清水瑶志郎(ベース)、佐藤優介(キーボード)、シマダボーイ(パーカッション)。さらにトリプルファイヤーの鳥居真道やKIRINJIの弓木英梨乃らがゲストで参加している。

 「今回のバンド・サウンドに関しては、ドラムにこだわりました。ドラムが気持ち良いレコードは大好きなので、ドラムの響きとか空気感を大切にしたんです。あと、ギターも見直しました。これまでの作品は、自分が持っているギター一本でアルバム一枚を録っていたんですけど、今回はほかにもギターを3~4本用意してもらって、曲によって使い分けたんです」。

 例えば、“手の鳴る方へ急げ”。ダイナミックなドラミングや突き刺さるようなギターなど、タイトなバンド・アンサンブルが炸裂するこの曲は、「サイケデリック・ロックとソフト・ロックを足してみたい」というアイデアから生まれたもの。ハードなサウンドに、凝ったコード進行が隠されているあたりがスカートらしい。また、映画「PARKS パークス」のサントラに提供した曲で、映画では澤部がキャストとして出演して歌った“離れて暮らす二人のために”のバンド・ヴァージョンも収められている。

 「この曲をバンドでやる場合、ギターと歌でささやかに始まって、どんなふうに音が重なっていくのか?っていうところに気を使いましたね。バンドがいきなり入る感じとか、キーボードが少しフレーズを弾いてサビに入るとか。映画でいうと、カットを割らずにワンカットでシーンを見せるような気持ちでアレンジしました」。

 また、バンド・サウンドを中心としたなかでアクセントになっているのが、澤部がひとりで多重録音した“わたしのまち”だ。主人公の日常生活を綴った歌詞や内省的な雰囲気は、スカートにしては珍しい。

 「これまでスカートにはシンプルな曲がなかったから、一回作ってみようと思ったんです。まず、詞を先に書いて曲を付けたんですけど、これまで、こういう私小説風の歌詞は書いてこなかったので、歌う時は少し照れましたね(笑)。でも、最終的にはアルバムに上手くはまったと思います」。

 

〈喪失〉をノスタルジーにしない

 個性的な歌詞もスカートの魅力のひとつだが、本作の曲を書くにあたって澤部の心のなかにあったのは、〈喪失をどう歌うか〉ということだった。アルバムを作る前は「もう喪失は歌わないようにしよう」と決意していたそうだが、「結局、出来上がった曲は喪失だらけ(笑)」。でも、そうなったのには理由がある。今のポップスが果たす役割を考えた時、澤部が辿り着いたひとつの答えが〈喪失〉だったのだ。

 「スカートの音楽って〈シティー・ポップ〉って言われることがあるんです。僕は全然違うと思ってるんですけど、じゃあ、〈シティー・ポップ〉って何だろうって、根本から考えてみることにしたんですよ。最初のうちは、都市への憧れを歌うのがシティー・ポップじゃないかと思ったんですけど、それって70~80年代までのことじゃないかって。ただ、郊外からの眼差しは必要だと思って“わたしのまち”を書いたんですけど、そのうえで、〈今、シティー・ポップが歌うべきものって何だろう?〉と考えた結果、〈喪失〉に行き着いたんです。都市は新しいものが生まれるだけじゃなくて、どんどん何かが失われていく。例えば“さよなら! さよなら!”は、僕が働いていた本屋が潰れたっていう話を聞いてショックを受けて書いた曲なんです。そうした喪失をノスタルジーにしないことが、シティー・ポップの役割なんだと思ったんですね」。

 新しいものより、失われていくものに目を向ける眼差しは、かつて古い佇まいを残している渋谷の裏通りに目を向けたはっぴいえんどに通じるところがある。喪失を通じ、瑞々しい眼差しで〈今〉を見つめることができるのが、ポップスの魅力だ。本作では新しいスカートの傍らに古いスカートが仲良く並んでいるのも興味深い。“魔女”は彼が19歳の時に書いた曲を改めてレコーディングしたもの。本作に収録した理由を、澤部はこんなふうに説明してくれた。

 「新しい始まりを告げる作品に古いものを忍ばせるというのは、自分の音楽に対する向き合い方を表明することになるんじゃないかとも思ったんです。というのも、〈古いもののなかに新しいものがあるんじゃないか〉って、ずっと考えていて。表面的に新しいものって、全然新しくないんじゃないかと思うんですよ。『CALL』でひとつの季節に区切りがついて、新しいことを始める時に、自分の足下をもう一回見てみようと思ったんです。そこで見つけたのが“魔女”で。ずっと録りたいと思っていた曲なんですけど、それがメジャー・デビュー・アルバムに入ったのは象徴的な気がしますね」。

 久しぶりに“魔女”を歌った感想を訊くと、「意外と古くはなってないけど、もう昔の曲なんだなって。ついこの間までは今の自分と地続きだったけど、今はもう書けない曲だなって実感しました」と語った澤部。10代の自分との惜別、それもまた、ある種の喪失と言えるのかもしれない。懐かしくて新しいスカートの歌。それはまぎれもなく、今を生きる者たちに捧げる極上のポップ・ミュージックなのだ。

 

『20/20』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

 

スカートの近作。