エマーソン・バー&グリルでのライヴ・パフォーマンスに凝縮されたビリー・ホリデイ伝記映画の決定版

 ジャズ・シンガーのカリスマ・アイコンである、ビリー・ホリデイ。1972年のダイアナ・ロス主演の「ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実」、2019年のジャーナリスト、リンダ・リプナック・キュールが1960年台から10年にかけて記録した関係者のインタビューをもとに構成し、現存するビリー・ホリデイの映像を最新技術でカラー化したドキュメンタリー「BILLIE ビリー」、2021年にはビリー・ホリデイが人種差別を告発する曲“奇妙な果実”を歌い続けたことで、FBIに追われていたというエピソードに焦点を当てたフィクション映画「ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ」が公開されて話題となった。その数々のビリー・ホリデイ伝記映画の決定版とも言える作品が、本作「ビリー・ホリデイ物語 Lady Day at Emerson’s Bar & Grill」である。この映画のオリジナルは、1986年にアトランタで初演されオフ・ブロードウェイに進出したミュージカルである。2014年にブロードウェイのスター女優オードラ・マクドナルドの主演で再演され、トニー賞の演劇主演女優賞と演劇音響デザイン賞に輝いた舞台を、2016年にTV映画撮影用に、有観客でニューオリンズのカフェ・ブラジルで上演し収録したのが、この映画である。

 本作が、ビリー・ホリデイを主人公とした今までの作品と一線を画しているのは、ビリー・ホリデイの死の4ヶ月前の、フィラデルフィアのジャズ・クラブ、エマーソン・バー&グリルでの90分のライヴ・パフォーマンスに、全てを凝縮していることだ。マル・ウォルドロン(ピアノ)をモデルにしていると思われるピアノ・トリオをバックに、キャストはミュージシャンの4人と声だけで参加するクラブのオーナーのみだ。史実のビリー・ホリデイは、大舞台よりもインティメイトなジャズ・クラブでの演奏を好んだという。演劇ならではの臨場感と、見事なカメラワーク、そしてオードラ・マクドナルドの圧倒的なヴォーカルが、リアリティを醸し出している。セット・リストには“What A Little Moonlight Can Do”、“God Bless The Child”、“Don’t Explain”など、ホリディの愛奏曲が16曲並んだ。彼女が尊敬していたブルースの女王ベッシー・スミスの“Baby Doll”、そしてホリディの代表曲で、しかし劇中ではなかなか歌いたがらない“奇妙な果実”で、映画はカタルシスへと達した。晩年、ドラッグ禍とともに、アルコール中毒にも冒されていたホリディを忠実になぞり、ステージでも酒に溺れ泥酔しながら歌い、曲間でさまざまなストーリーを語る。史実でも、このギグの直前に亡くなった長年の音楽的パートナー、レスター・ヤング(テナー・サックス)を偲ぶシーンは感極まり、白人アーティストであったアーティ・ショウ・ビッグ・バンドに初のアフリカ系シンガーとして起用され、南部を巡った時に受けたレストランでの差別を語るシーン、ドラッグ中毒との苦しい格闘、1945年の母の死から受けたショックと幼少期のエピソード、栄光と挫折、夫たちとの愛と裏切りが、聴衆に語りかけられ、モザイクのように散りばめられていく。収録されたニューオリンズのカフェ・ブラジルは、実際に数十人のキャパシティの小規模なヴェニューであり、劇中の聴衆はエキストラではなく、実際の観客である。最晩年のビリー・ホリデイは、コンディションがかなり酷かったと伝えられるが、オードラ・マクドナルドの堂々たるヴォーカルと、イマジネーションをかき立てる演技で、細部に宿ったリアリティは、ビリー・ホリデイという不世出のシンガーの生涯を見事に描き、そのカリスマ性を再確認させてくれた。

 


楽曲一覧
■アイ・ワンダー・ウェア・アワ・ラブ・ハズ・ゴーン
 バディ・ジョンソン作詞・作曲
■ウェン・ア・ウーマン・ラブス・ア・マン(女が男を愛する時)
 バーニー・ハニゲン、ゴードン・ジェンキンズ作曲、ジョニー・マーサー作詞
■ワット・ア・リトル・ムーンライト・キャン・ドゥ(月光のいたずら)
 ハリー・ウッズ作詞・作曲
■クレイジー・ヒー・コールス・ミー(クレイジー・ヒー・コールズ・ミー)
 カール・シグマン作曲、ボブ・ラッセル作詞
■ピッグ・フット(アンド・ア・ボトル・オブ・ビアー)
 ウェスリー・ウィルソン作詞・作曲
■ベイビー・ドール
 ベッシー・スミス、ハロルド・ウェブマン作詞・作曲
■ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド
 アーサー・ハーツォグ・Jr、ビリー・ホリデイ作詞・作曲
■フーリン・マイセルフ
 ジャック・ローレンス、ペーテル・ティントゥリン作詞・作曲
■サムバディズ・オン・マイ・マインド
 アーサー・ハーツォグ・Jr、ビリー・ホリデイ作詞・作曲
■イージー・リヴィン
 ラルフ・レインジャー、レオ・ロビン作詞・作曲
■ストレンジ・フルート(奇妙な果実)
 アベル・ミーロポール作詞・作曲
■テイント・ノーバディズ・ビジネス・イフ・アイ・ドゥー
 ポーター・グレンジャー、エヴェレット・ロビンス作詞・作曲
■ドント・エクスプレイン
 アーサー・ハーツォグ・Jr、ビリー・ホリデイ作詞・作曲
■ワット・ア・リトル・ムーンライト・キャン・ドゥ(リプライズ)(月光のいたずら)
 ハリー・ウッズ作詞・作曲
■ディープ・ソング
 ジョージ・コーリー、 ダグラス・クロス作詞・作曲

 


MOVIE INFORMATION
松竹ブロードウェイシネマ
「ビリー・ホリデイ物語 Lady Day at Emerson’s Bar & Grill」

監督・演出:ロニー・プライス
脚本:ラニー・ロバートソン
出演:オードラ・マクドナルド(ビリー・ホリデイ役) 他
配給:松竹
©BroadwayHD/松竹
(2016年 アメリカ 90分)
日本語字幕スーパー版
2023年3月10日(金)より全国順次限定公開!
https://broadwaycinema.jp/