KIRINJIのニューアルバム『Steppin’ Out』が本日9月6日にリリースされた。前作『crepuscular』から1年9か月ぶり、2023年4月に新レーベル〈syncokin〉を設立してから初のアルバムである本作。以前よりもポジティブな思いが読み取れる堀込高樹の歌詞世界は、いま何を見つめ、どこに向かっているのか? 小説家・奥野紗世子が綴った。 *Mikiki編集部
対話とやさしさ、確信と希望
友人との話題はもっぱら2023年以降に流行ってほしいもののことです。
ここ数年は、周りを見渡して気がつくことを大切にしたり、取りこぼさないこと、認識すること自体が重要だったと思っていたんですけど、もうそれすら狭量に感じられます。それくらい利己的な勝敗ばかりが重視されて、殺伐としています。
もっと寄り添うことが必要なんじゃないのか。もっと一歩踏み込まないとダメなのではないか。だから、これからは〈対話〉の時代なんじゃないかと思います。
漠然とそんな風に生きていたんですが、『Steppin’ Out』を聴いて堀込高樹もまったくわたしと同じことを考えていると確信しました。
これから流行るのは、やさしさ。ひいては〈対話〉です。
それが特に顕著なのは、先行配信された“ほのめかし feat. SE SO NEON”と“説得”です。
何度も繰り返す〈仄めかしたら 察してほしいね〉というワードに込められている期待と、だけど〈仄めかしたら 察してあげられるよ〉〈気づかないなら 気づかないままでいいさ〉と締められるのは、対話が一方的になることも許すようなやさしさがあります。
対話って、なにかといえば、人を孤立させないこととか、わかり合おうという精神じゃないかと。それは諦念ではなく、あくまでお互いが欲したときにだけ対話が成立すればいい、それこそがあるべきタイミングだという意味かもしれません。そして〈既読スルーしないで〉の一言が効いている。
そして4曲目の“説得”では、〈説き伏せてみてほしい/面倒くさがってても/君を信じているよ/およそいつも正しいから〉、〈時期尚早/日が良くないとか/理由にならぬ理由で断るから〉〈持ち上げたりくすぐったりして/丸い背中 押してほしい〉と、頑固だけどチャーミングな憎めない感じの人がそれを自覚しつつも〈君〉に説得してほしいという、やさしさの施しを求めています。
信頼感の上では必ず対話は成り立つし、自分も諦めない。そしてそれを他人にも求めているのでしょう。それが〈論破は論外〉というフレーズに込められていると思いました。
どちらの曲にも、わかり合おうにもわかり合えない人間同士のもどかしさを感じます。だけどわかり合えることを諦めることはしません。その確信は希望と言えます。