松原みきをもっと深く知るための、いくつものドア

 今日的な〈シティ・ポップ〉の象徴として、いまやシンボリックな地位を確立している松原みきの“真夜中のドア~stay with me”。同曲が海外での評価を経て、どのようにリヴァイヴァルしたかを改めて詳述する必要はないと思うが、そもそもこの名曲が多様な経路を通じて海外で聴かれているという状況が日本でも知られはじめたのがもう5年ほど前のことで、2019年に入る頃にはすでに国内外で多くのカヴァー動画が生まれていたように記憶している(そのなかにはデビュー前の藤井風もいた)。そのような下地があって海外で〈日本のシティ・ポップにおけるマスターピース〉としての現象が広がっていくなか、2020年にはインドネシアのRainychによるカヴァーが話題となり、同年12月にはSpotifyのバイラルチャートにおいて18日連続で世界1位を記録。そうした熱気が逆輸入的に日本へ伝わる格好となり、オリジナルのリリースから実に40年以上の時を経て、“真夜中のドア~stay with me”は〈シティ・ポップ〉を代表する一曲として認知を新たにすることとなったのだ。

 とはいえ、同曲や松原みきの存在が海外で知られるようになる前段階として、いわゆるニューミュージックの名曲としての根強い人気があり、和モノの定番としてのフロア支持があり、00年代のAORリヴァイヴァルやインコグニートのリミックスなどにも絡んだ折々の評価があった。もちろん世代や嗜好による認識の差はあったとして、彼女の楽曲は多様な角度から長く愛されてきていたのだ。今回はポニーキャニオン時代のアルバム全10タイトルがUHQCD仕様でリイシューされるということで、彼女の作品全体がより広く、より深く知られていくのはむしろここからということになるのだろう。

 そもそも大阪で生まれた松原みきは、母親がジャズ・シンガーだったこともあって幼い頃からピアノを習い、ジャズに親しんで育ったというバックグラウンドの持ち主。中高生の時からバンドで鍵盤を演奏し、高校3年生で歌手を志して単身上京、米軍キャンプなど各所で腕試しをするなか、六本木のジャズ・スポットで飛び入り演奏した際に著名なジャズ・ピアニストの世良譲に絶賛されたという逸話はよく知られている。

 そうしたきっかけからキャニオン(現ポニーキャニオン)とレコード契約を手にした彼女は、1979年11月5日にシングル“真夜中のドア~stay with me”でSEE・SAWレーベルからデビュー。これは当時オリコン28位まで上昇し、最終的には30万枚のセールスを記録したという。翌月には早くもセカンド・シングル“愛はエネルギー”を発表し、年を跨いだ80年1月にはファースト・アルバム『POCKET PARK』を完成。先行シングルを手掛けた林哲司や美乃家セントラル・ステイション(大橋純子のバックバンド)の佐藤健、元シング・アウトの惣領泰則、さらにPARACHUTEの面々(松原正樹、林立夫、今剛、斎藤ノブ)や後藤次利ら気鋭のアレンジャー/演奏家が集った洋楽志向の強いサウンドは、大人っぽく落ち着いた歌唱と融合して独特の魅力を放つこととなった。以降の詳細は次頁のディスクガイドをご覧いただくとして、作品ごとに敏腕ミュージシャンたちと渡り合い、試行錯誤を重ねながらも彼女は名曲/名唱によってディスコグラフィーを厚くしていく。

 キャニオンに85年まで在籍した彼女は、ビクターに移籍して結果的に最後のアルバムとなる『WiNK』(88年)を発表。90年代に入ってからは主に作曲家として活動していたが、闘病生活を経て2004年10月7日に44歳の若さで逝去している。それでも彼女の作品が途絶えることなく愛されてきたのは先述した通りだ。

 だからこそ、リスナーの熱視線が一曲集中し過ぎる状況はいささかもったいなく思えるわけで、今回のリイシューをきっかけにして、決して一面的には語れない彼女の魅力を改めてそれぞれの聴き手が発見してほしい。新しいドアを一枚一枚叩いていけば、そこにはまた違う魅力を放つ松原みきがいるはずだ。

松原みき作品を支えた面々の関連盤を一部紹介。
左から、林哲司の音源集『ディスコティーク:ルーツ・オブ・林哲司』(ビクター)、大橋純子&美乃家セントラル・ステイションの78年作『沙浪夢 SHALOM』(ユニバーサル)、大村雅朗による86年のサントラ『YOU GOTTA CHANCE』(ワーナー)、森園勝敏の85年作『4:17 p.m.』(ビクター)、稲垣次郎とソウル・メディアの80年作『Memory Lane』(コロムビア)

左から、松原みきの88年作『WINK』(ビクター/TOWER TO THE PEOPLE)、松原みきのベスト盤『プラチナムベスト 松原みき』(ポニーキャニオン)

“真夜中のドア~stay with me”のカヴァーを収めた作品を一部紹介。
左から、21の91年作『GREETING』(ビクター)、GTSの97年作『Love Unlimited』(avex trax)、唐沢美帆のベスト盤『TRACKS』(ポニーキャニオン)、Erika.の2013年作『unJour』(SHINING WILL)、中森明菜の2015年作『歌姫4 -My Eggs Benedict-』、稲垣潤一の2015年作『男と女5 -TWO HEARTS TWO VOICES-』(共にユニバーサル)、今井優子の2016年作『SWEETEST VOICE Yuko Imai Best Album』(ベルウッド)、田中裕梨の2016年作『City Lights』(SMR)、中島愛の2019年作『ラブリー・タイム・トラベル』(flying DOG)、Ms.OOJAの2020年作『流しのOOJA ~VINTAGE SONG COVERS~』(ユニバーサル)、DEENの2021年作『POP IN CITY ~for covers only~』(エピック)、Rainychらのカヴァーを収めたコンピ『CITY POP Voyage - STANDARD BEST』(ソニー)、Tokimeki Recordsの2021年のシングル『真夜中のドア/Stay With Me/I’m in Love』(Kissing Fish)、島谷ひとみの2021年作『LoveSong ~My song for you~』(AI.R LAND)、小片リサの2021年作『bon voyage!~ risa covers ~』(zetima)、UNCHAINの2022年作『Timeless Communications』(CROWN STONES)、辰巳ゆうとの2022年作『辰巳ゆうとセカンド ~雪月花~』(ビクター)、さかいゆう& origami PRODUCTIONSの2022年作『CITY POP LOVERS』(ユニバーサル)、青田典子の2023年作『Noriko’s selection-Innocent love-』(SALTMODERATE)、なかの綾とブレーメンの2023年作『にまいめ』(BLOOMMUSIC)、デラックス×デラックスの2023年作『千紫万紅』(Village Again)、Grey October Soundの2023年作『ローファイ・シティ・ポップ』(Pヴァイン)

 

このたび高音質UHQCDにてリイシューとなった、松原みきを知るための10枚のドア

松原みき 『POCKET PARK』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

説明不要な“真夜中のドア~stay with me”で幕を開ける初作。セカンド・シングル“愛はエネルギー”、味わい深いミッド“そうして私が”も三浦徳子×林哲司コンビの曲だが、他にも主役の落ち着いた歌声がよく似合う大人びた佇まいの曲で固められている。勢いのあるアイズレー調のファンク“Cryin’”など佐藤健(美乃家セントラル・ステイション)による3曲やSHOGUN演奏による芳野藤丸の“His Woman”も光る。なお、2003年のプロモ盤が初出となるレア音源“真夜中のドア~stay with me”のD.O.I.によるクラブ・ミックスもボートラ収録。

 

松原みき 『WHO ARE YOU?』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

杉真理ならではのオールドタイミーなポップ・チューン“あいつのブラウンシューズ”と“気まぐれうさぎ-Run Rabbit Run-”を冒頭に並べた構成からもわかるように、より快活な側面を前に出して等身大の明るさも提示した2作目。鈴木茂と松任谷正隆のアレンジ手腕が楽曲のカラフルさを束ね、松本隆×亀井登志夫によるアーバンな“Rainy Day Woman”も隣り合う。松原自身の詞曲による“Marshia”が採用されたほか、弾き語りの小品“Who are you?”では編曲も担当。翌年シングル化された三浦徳子×林哲司による人気曲“Jazzy Night”も最高だ。

 

松原みき 『-CUPID-』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

三浦徳子がすべての作詞、大村雅朗がすべての編曲を手掛けた3作目。そうした布陣から初期の松田聖子を連想することも容易ながら、LAのジャズ・ファンク・バンドであるドクター・ストラットをバックに起用して“10カラット・ラブ”“青いボールペン”など骨太なグルーヴを紡ぐA面はとにかく強力。日本の名手たちが演奏したB面も資生堂のCMソングとしてシングル・ヒットした“ニートな午後3時”(小田裕一郎が作曲)や佐野元春のメロディアスな“スーヴェニール”などがキャッチー。サウンドの心地良さと艶やかな歌謡性のバランスも見事な傑作だ。

 

松原みき 『Myself』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

前作で手の合ったドクター・ストラット(同じキャニオン系のAGHARTAからアルバム『Soul Surgery』を出していた)が演奏に加えてアレンジも丸ごと担当した4作目。松原正樹のメロディック・フュージョンをカヴァーした“バレリーナ”(竜真知子が新たに作詞)や、芳野藤丸によるAOR作法の渋いミッド“カランドリエ”、スキャットも快調なスウィング・チューン“See-Saw Love”、さらに松原みき本人も狂騒的な“ハレーション”など3曲をみずから作曲。引き締まった演奏のダンサブルな統一感もあって結果的に間口の広いポップな感触に仕上がっている。

 

松原みき 『彩』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

ウェットな歌謡性に寄せた先行シングル“予言”でのパンタ×濱田金吾、さらに来生えつこ×来生たかお姉弟のような初顔合わせも含めて国内の才能とガッチリ組んだ、タイトル通り彩り豊かな5作目。後藤次利がアレンジの核を担うなか、ポップな“サラダ★SALAD”など3曲を書き下ろした松原も、小気味良いドラム・ブレイクの導入部から洒落た“10cmヒール”など2曲ではみずからアレンジも手掛けている。緻密なジャズ・ロックの“Sugar Me”やニューウェイヴ・ファンク風味の人気曲“Bay City Romance”を作編曲した佐藤準の仕事ぶりも聴き逃せない。

 

松原みき 『REVUE』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

初のセルフ・プロデュースに挑んだ意欲的な6作目。初顔合わせの鷺巣詩郎が先行シングル“Sweet サレンダー”や“ムーンナイトレビュー”(作曲はスタレビの根本要)でポップに弾ける音作りを持ち込む一方、レイディオ風の柔和な“雨のちハレルヤ”やシャカタクっぽい意匠が粋な“シャンデリア・ミラージュ”(作曲は伊藤銀次)、名曲“スターダスト レイン”など林哲司のアレンジ作法も安定感抜群だ。松原自身の作編曲によるジャジーな2曲や田中昌之(クリスタルキング)とのアダルト・コンテンポラリー的なデュエットもあって盛りだくさんな充実作。

 

松原みき 『Cool Cut』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

四人囃子~PRISMの森園勝敏がプロデュースを担い、ジャケが示唆するようにニューウェイヴ時代の美意識を纏ったコンセプチュアルな7作目。コピーライターの梅本洋一が全作詞を担当しているのも80年代っぽい。松浦義和(PRISMのサポート~ラ・ムー)による爽快なパワー・ポップ“真夏のゲーム”をはじめ、オリエンタルなエレポップ“チャイナタウンの殺人鬼”、キザなミディアム“マンハッタンのかけら”、トロピカルな“Caribbean Night”など主役の新たな表情が楽しめる。昨今のシンセ・ポップ・リヴァイヴァル経由で再評価されてもいい一枚。

 

松原みき 『LADY BOUNCE』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

カシオペアの向谷実に全編のサウンド・プロデュースを委ねたキャニオンでの最終作。AOR調の洒脱な“12月のパリ”やグルーヴィーなアップ“サングラスはもういらない”では向谷が前年に手掛けた亜蘭知子『More Relax』に通じるブラコン志向も軸になる一方、先行シングル“恋するセゾン ~色恋来い~”などではヨーロピアンな情緒がポップに前面に出され、高音を強調したシアトリカルな唱法や半数以上を作詞した有川正沙子(寺尾聰『Reflections』他)による世界観も相まって不思議な後味を残していく。野呂一生(カシオペア)や和泉常寛も作曲に参加。

 

松原みき 『BLUE EYES』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

ルーツにあたるスタンダードを中心に取り上げた唯一のジャズ・カヴァー・アルバム。プロデュースはレア・グルーヴ文脈での再評価も進む和ジャズの巨匠・稲垣次郎(彼の手掛けた宮永尚美の同年作『MOMENT』には松原も作曲で参加)で、アレンジは前田憲男が担当。洒脱な演奏に乗ったコール・ポーター“Love for sale”での幕開けから主役のいつもとは違うニュアンスに富んだ唱法が存分に楽しめる。キャロル・キング“You’ve got a friend”も挿みつつ、エレガントなディスコに展開する“When you wish upon a star”での終幕も麗しい。

 

松原みき 『Paradise Beach』 SEE-SAW/ポニーキャニオン(2023)

時系列的には『彩』と『REVUE』の間に登場した初のベスト・アルバム。表題曲となった先行シングル“Paradise Beach”は松本隆×細野晴臣の書き下ろした日立マクセルビデオカセットのCMタイアップ曲で、それまでの彼女にはないシンセとドラムマシーンを用いたテクノ・ポップの意匠がいかにも83年らしい。それ以外の楽曲は過去5枚のアルバムから満遍なくチョイスされ、デビューからの濃密な3年間を振り返った構成。“あいつのブラウンシューズ”(80年)がよりポップなシングル・ヴァージョンで収録されているのもポイントだろう。