エレクトロニックでエクレクティックなソウル・アルバム――刺激的に開く愛の花弁は、官能的でスピリチュアルなムーヴメントへと繋がっている……

 「ほとんどのレコーディングは2010年ぐらいに終わったんだけど、ちょうどその頃、トラヴィスがベルリンに引っ越したから、2013年まではアレンジやミックスを終わらせることができなかったんだ。彼の引っ越しや、お互いツアーに出ていたこともあって、活動休止みたいな感じだった。でも、彼抜きでアルバムを完成させたくなかったし、ファイルのやり取りもしたくなかったんだ」。

 やっと世に出たニュー・アルバム『Love Apparatus』のマイペースな制作ぶりについて、こう語るのはジェシー・ボイキンス3世。トラヴィスというのはこれまでにも互いの作品に関わり合ってきた盟友マシーンドラムのことで、今作は彼のプロデュースするR&B作品という意味でも注目を集めるはずだ。

JESSE BOYKINS III 『Love Apparatus』 NoMadic/OCTAVE(2014)

 そもそもロマンティック・ムーヴメントなるアーティスト集団を牽引し、ソウルクエリアンズ以降のネオ・ソウルの潮流を美意識の赴くままに追求してきたジェシーは、NYを拠点とする現在29歳。シカゴ生まれのジャマイカ~マイアミ育ち。ヴィジュアル的なイメージから時代を遡ってビラル、アンドレ3000、プリンス……という名前を連想する人がいたら、それはまったく的外れではない。慧眼なCIRCULATIONSが初作『The Beauty Created』(2009年)を紹介していた日本では比較的知られている名前だろうし、その後にメロー・Xと連名で作り上げたスピリチュアルなコンセプト作『Zulu Guru』(2012年)や、mabanua、インターネットらとのコラボもあったが、本国USではここからが本格的に知られていくタイミングなのだろう。そういえば先日はブランドン・ウイリアムズの“Now I Know”にニュースクールの同窓となるロバート・グラスパーと並んで客演していたし、今回はそっち方面からの熱い視線も受け止める絶好の機会に違いない。が、この天才肌の男がそういった好況を睨んでいたわけじゃないのは言うまでもないことだ。

 「何か新しく伝えたいことがなかったり、自分の中での最新の感覚や物の見方を表現することもないのであれば、アルバムを出す意味がないからね。このアルバムでは、ヴォーカル・アレンジメントやソングライティングにおいて、たくさんの革新があったよ。もちろん、トラックにおいてもそうだね。アルバムの多くの曲では、楽器をふんだんに使った。たくさんのベースがあって、ドラムスがある。俺にとってこのアルバムは、エレクトロニックな世界と、俺の出自でもある生演奏の音楽の世界の間のバランスを見つける試みだったんだよ」。

 〈愛の器官〉というタイトルはセクシャルな何かを想像させるものだが、本作のコンセプトや主題についての回答に出てくるのも〈バランス〉だ。

 「このアルバムのテーマは、主に〈人と人との間のバランス〉なんだ。恋人同士のバランス、友情と友人の間のバランスとかね。そういったバランスを維持しながら、それぞれを育もうという試みだったんだけど、この時代においては、とてもハードな作業だったよ。特に、マッチョな側面だけでなく女性らしい側面もある男性としてはね。アルバム・タイトルと曲名は先に思いついていた。いつもそうなんだ。コンセプトのあるプロジェクトを発表するのが好きな人間としては、すべての要素を密着性のあるものにして、何かしらの形でひとつにしていき、ある種の進歩を示しながら、ゆっくりとクライマックスへと進んでいくことがとても大事なんだ。俺はあらゆる時代のさまざまな音楽を聴いてきたけど、名盤と呼ばれるアルバムには、そういったものが備わっているよ」。

 そして、「音楽に関して、俺たち2人はとてもオープン・マインドなんだ。どちらもいろんな音楽のファンだし、好んで聴くものが共通することも多いんだ」というマシーンドラムとの足掛け5年に渡るクリエイティヴなセッションは、連名のコラボ作と言っても差し支えがないほど、エレクトロニックなビートの細やかでドープな意匠が効いた作品に実を結んでいる。それでも歌が革新性の前にかき消されないのは手間と時間をかけたミキシングの成果だろうか。ジュークやジャングルへの傾倒も見せていたマシーンドラムだが、制作時期はこちらが前ということもあって、時にまろやかな側面がジェシーの美意識と巧く折り合いをつけている。

 「すべてを完成させるにあたっては、それぞれが異なる音楽のバックグラウンドを持っているから、全体的なサウンドの調整のところでは互いに歩み寄ったんだ。俺たちはどちらもエゴを殺して、アルバムを仕上げるっていう目的を理解して、そこに集中したんだ」。

 そんなわけで現在のジェシーには、期せずしてさまざまな入口が用意されている。どの穴からでもいいし、好きなポジションでいい。〈愛の器官〉と接続してみてはいかがだろう。

 

▼関連作品
左上から、ジェシー・ボイキンス3世の2009年作『The Beauty Created』(CIRCULATIONS)、ジェシー・ボイキンス&メロー・Xの2012年作『Zulu Guru』、マシーンドラムの2013年作『Vapor City』(共にNinja Tune)、『Love Apparatus』に参加したセオフィラス・ロンドンの2011年作『Timez Are Weird These Days』(Warner Bros.)、ジェシー・ボイキンスが参加したフォーリン・エクスチェンジの2010年作『Authenticity』、ゾー!の2011年作『Sunstorm』(共にForeign Exchange)、mabanuaの2012年作『only the facts』(origami)、インターネットの2013年作『Feel Good』(Odd Future)、クリス・ターナーの2013年作『Lovelife Is A Challenge』(Lovelife/OCTAVE)
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