チバユウスケが口にした〈いろいろ〉
近年のチバユウスケについて、ずっと聞いてみたいと思っている〈謎〉が一つある。それは、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、ROSSO、The Birthdayと、彼の作る曲がどんどん希望を描く方向にシフトしてきていることだ。パンクロックとは〈ノーフューチャー〉が基本の音楽である。ノーフューチャーとは、先のことを考えず、瞬間瞬間に完全燃焼していく姿勢を象徴する言葉だ。だが、近年のチバの作る歌は、ノーフューチャーとは違った地平にあった。例えば、2018年にシングルとしてリリースされた“青空”。この曲の中には〈悲しみはもう 捨てていいよ〉は〈お前の未来は きっと青空だって 言ってやるよ〉などのフレーズがある。これは未来への希望を提示する歌とも解釈できるだろう。
以前、この謎について、「希望や愛を描いた歌が増えていると感じますが、この変化はどこから来ているのでしょうか?」とチバに質問したことがある。その時に返ってきた答えは、たったの6文字だった。
「いろいろだよ」
「いろいろって?」
「いろいろは、いろいろだよ」
その〈いろいろ〉の中身とは、戦火、災害、個人的な人生経験などが該当するだろうか。いつか機会があったら、その〈いろいろ〉の中身をもう少し掘り下げて聞いてみたいと考えていた。
謎は謎のまま、残しておいた方がいいこともある。2005年に「WITH THEE MICHELLE GUN ELEPHANT」というドキュメント本を出したことがある。「R&R NEWSMAKER」という雑誌で行った、デビューから解散前までのインタビューやライブ取材をまとめた本だ。しかし、この本ではバンド解散の理由については、ほぼふれていない。それには理由がある。チバが「この4人でやれることはやりきった」と語っていたことがすべてだと思ったからだ。バンドは生き物にも似ていて、それぞれに寿命がある。もちろん延命装置を付けるようにすれば、その命を延ばすことはできるだろう。だが、彼らは自然のままに、流れ星のように、輝きながら燃え尽きていくように、終わっていった。まだまだやれるのではないか。惜しむ気持ちは、すぐには消えなかった。だが、メンバーのほうが100万倍以上、そうした思いを抱きながら、決断をしたはずだ。
その後の彼らの活動を見ると、解散が必然だったことも納得できた。「この4人でやれることはやりきった」というチバの言葉に付け加えるべきことはない。もちろんスタッフなど周囲の人間の証言をまとめていけば、バンドが終焉を迎える葛藤や苦悩をドラマティックに浮き彫りにすることもできたかもしれない。だが、流れ星のようにきらめき、暗闇の中に消えていったというストーリーのほうが、当時の自分にはしっくりきたのだ。
この本での大きな後悔は、表紙を真っ黒にしたこと。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの音楽作品の多くは、さまざまなアーティストのデザインを引用している。『WITH THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』のデザインは、ビートルズの2ndアルバム『With The Beatles』(1963年)のジャケットを意識したものだった。当時、チバに「遺影っぽくない?」と言われたことがある。そのことを思い出すと、アベフトシのことも含めて、やりきれない気分になってしまう。ビートルズならば、イラストにはなるが『Revolver』(1966年)あたりにしておけば良かったかもしれない。『WITH THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』の後書きで、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのことを、自分にとっての学校と書いたことがある。チバはその音楽学校の教師の1人。無愛想な教師だが、実は心優しい人物という〈教師あるある〉みたいなタイプだ。
体の中で鳴り響くチバユウスケの音楽
チバの歌声を最後に聴いたのは、2022年12月8日の中野サンプラザでのThe Birthdayのライブだ。“トランペット”で始まり、“COME TOGETHER”“BECAUSE”“声”“スカイブルー”など、愛にあふれる曲が目立っていた。「高円寺は隣の駅だ!」というMCに続いて、個人的に大好きな曲“あの娘のスーツケース”が演奏されたのがうれしかった。“DIABLO ~HASHIKA~”など、バンドの新境地と言いたくなる曲もたくさん演奏された。本編最後の“ブラックバードカタルシス”では、バンドの奏でる音色の美しさとせつなさに胸が震えた。〈燃え尽きたかい〉〈燃やし尽くしたよ〉というチバの歌声にしびれた。このバンドは一体どこまでいくのか。そう感じたことを覚えている。しかし、The Birthdayは解散することなく、永遠の存在となってしまった。
チバの音楽とライブにふれ、取材を行い、たくさんの無形のものをもらった。感謝の言葉は尽きない。チバが残した音楽は、自分の糧や指針となり、いつまでも体の中で鳴り響いている。頭の中にある蛇口がいかれてしまっているから、外で聴くのはまだ危険だ。あのディストーションがかかったような独特の声を聴きたくなった時、とびっきりの愛の歌が聴きたくなった時には、暗がりの部屋の中で、大きなヘッドフォンを装着して、窓の外で輝く星を見つけながら、大音量でガンガン聴こう。そしてティーンエイジャーの女子の気分で、キャーキャー(心の中で思う存分)叫んで、踊りまくろう。「気持ち悪い」と言われたって、全然平気だ。