往時の〈ポスト・ダブステップの雄〉はいまなお野心的に進化している――4人体制に発展したマウント・キンビーがより折衷的な新作で見せる新たな表情とは?
ドミニク・メーカーとカイ・カンポスによって結成されたマウント・キンビーは、2000年代後半ごろに勃興したポスト・ダブステップの象徴的ユニットだった。ダブステップ特有の重厚なベースを鳴らしつつ、アンビエントやIDMなど多くの要素も取り込み、みずからの音楽性を拡張していった。
このように作品を制作してきた2人にとって、ポスト・ダブステップから距離を置くという選択は半ば必然だったのかもしれない。イギリスのエレクトロニック・ミュージック史に根ざしたプロダクションを維持しながらも、作品を重ねるごとにポップ・ミュージックと形容する他ない多面的なサウンドが際立つようになった。ゆえに彼らはクラブ・カルチャーに留まらない影響力を持つに至り、ソロでも興味深い仕事を残すまでの存在になれた。現在LA在住のドミニクは、ジェイムズ・ブレイクやトラヴィス・スコットとの仕事で名声を高め、前者と共作した“Loading”はグラミー賞にノミネートされた。ロンドン在住のカイも、2022年にファブリックで行ったハードウェアが軸のライヴ・ショウを成功させるなど、ソロ活動が盛んだ。デビューしてから現在に至るまで、2人は刺激に満ちた拡張的冒険を続けている。
その冒険はニュー・アルバム『The Sunset Violent』でも楽しめる。本作はドミニクとカイに加え、これまでも何度かコラボレートしてきたアンドレア・バレンシー=ベアーンとマーク・ペルを正式メンバーに迎えて作られた。
4ピース・バンドという体制になったことでもたらされた変化は実に多い。なかでも目を引くのは、近年の作品において印象的だったポスト・パンクやロックの色が濃くなり、メロディアスな側面がより強くなったことだ。丹念に音を重ねる熟練のプロダクション・スキルは複雑だが、曲の構成は従来と比べてシンプルになっている点も見逃せない。ヴォーカルが前面に出た秀逸なポップソング集と評せる内容だ。
本作を聴いてまず脳裏に浮かぶのは、2人がインタヴューでたびたび影響下にあると公言している70年代後半から80年代のポスト・パンク/ニューウェイヴだろう。たとえば“A Figure In The Surf”のキックとエコーは、ジョイ・ディヴィジョンの“Isolation”や“She’s Lost Control”を想起させる。もっと言えば、本作はそのジョイ・ディヴィジョン作品でプロデュースを務めたマーティン・ハネットが現代に蘇り、2人と共作したアルバムと感じられるものだ。
しかし、本作は過去の焼き直しで終わってはいない。マークによる生ドラムとドラムマシーンのリンドラムを重ねるミックスなど、ところどころで現在のテクノロジーと感性があるからこそ表現できたアレンジや音が顔を覗かせる。そのおかげで郷愁的な雰囲気を楽しみながら、良くも悪くも多大に手を加えたプロダクションが可能になった現在の音楽に対する批評性を見いだせる同時代性も備えた作品に仕上がっている。
奇しくも『The Sunset Violent』は、ロンドンのヴェニュー〈ジョージ・タヴァーン〉や〈ウィンドミル〉周辺で盛り上がりを見せるロック・シーンと共鳴する音が目立つ。このシーンには、不完全であることを良しとし、ポスト・プロダクションで変えすぎずに生々しい音楽を鳴らすバンドが多い。そのような特徴が本作にもある。イーサリアル・ウェイヴに通じる幽玄なサウンドスケープの中でアンニュイなラウド・ギターが響きわたる“Yukka Tree”などは、わかりやすい代表例だ。
もしかすると本作は、この先イギリスのロック・シーンが歩む未来を映し出した予言的作品なのではないか。そんな雑感を抱きながら、筆者は本作のレトロ・フューチャーな質感を愛でている。
マウント・キンビーの作品を一部紹介。
左から、2010年作『Crooks & Lovers』(Hotflush)、2013年作『Cold Spring Fault Less Youth』、2017年作『Love What Survives』(共にWarp)、2018年のミックスCD『DJ-Kicks』(!K7)、両名のソロ作をセットにした2022年作『MK 3.5: City Planning|Die Cuts』(Warp)
左から、ドミニクが参加したジェイムズ・ブレイクの2023年作『Playing Robots Into Heaven』(Polydor)、トラヴィス・スコットの2023年作『Utopia』(Cactus Jack/Epic)、マウント・キンビーが参加したスロウタイの2021年作『Tyron』(Interscope)