〈ポスト・ダブステップ〉の中心的存在として知られる、ドミニク・メイカーとカイ・カンポスによるロンドンの2人組、マウント・キンビーが3作目となるニュー・アルバム『Love What Survives』をリリースした。盟友のジェイムズ・ブレイクも参加した今作では、荒々しさと疾走感を備えたポスト・パンク的なサウンドへと変貌。Pitchforkで〈Best New Music〉を獲得するなど高い評価を集めている。さらに、10月6日(金)に大阪・心斎橋Fanj Twice、10月9日(月)に東京・渋谷WWW Xで行われる来日ツアーには、ポスト・ダブステップからの影響を血肉化したダークなサウンドで注目されるyahyelも登場。昨今、国内においてもD.A.N.や雨のパレード、向井太一らを筆頭に2010年代ならではのビートとテクスチャー感覚を駆使しながら〈エレクトロニクスと生音の融合〉を追求する新鋭の活躍が目立つなか、その国内外におけるトップランナーと言うべき2組をカップリングした今回のツアーは、後世に語り継がれる〈事件〉になるかもしれない。今回は、マウント・キンビーの歩みを辿りつつ、新作における変化の謎に迫った。 *Mikiki編集部

MOUNT KIMBIE Love What Survives Warp/BEAT(2017)

 

ポップ・シーンのサウンドを変えた〈ポスト・ダブステップ〉のアンビエンス

ジェイムズ・ブレイクが時代のアイコンとして、世界中にフォロワーを生み出したのに対し、マウント・キンビーは一言で表すなら〈特異点〉のような存在だ。この両者が最初のEPをリリースしたのは2009年のこと。短くない月日の経過を思えば、ポスト・ダブステップの歩みを見直すべきタイミングかもしれない。

2000年代後半、UKに住んでいた若者たちは、それぞれがダブステップにインスパイアされながら、ジャンルレスな折衷を試みることで、新しい可能性を創出した。2007年のブリアル“Archangel”を皮切りに、アントールド“Discipline”(2008年)、ジョーカー“Digidesign”、ジョイ・オービソン“Hyph Mngo”(共に2009年)、ジェイムズ・ブレイク“CMYK”、スクリーム“How Real”(共に2010年)といった当時のアンセムを聴き返せば、驚異的な進化スピードを再認識できるだろう。ダブステップ的な重低音とビートを援用しているものが大半だが、シンセ・ポップ~サイケと転身を重ねたダークスターのように、ベース・ミュージックの文法から遊離していく動きもあった。

ブリアルの2007年作『Untrue』収録曲“Archangel”
ダークスターの2010年作『North』収録曲“Aidy's Girl Is A Computer
 

その後、2011年にジェイムズ・ブレイクのデビュー作『James Blake』が世界的にヒットし、ポスト・ダブステップがジャンル名として普及すると、制作ノウハウが世界中に拡散すると共に、同年に発表されたSBTRKTのデビュー作『SBTRKT』でのソウルフルな展開を挿んで、アーバンな歌モノ化が加速していく。yahyelも参照元に挙げるXXYYXXやチェット・フェイカー(現在はニック・マーフィー名義)のように、スモーキーでチルな音像と、音の余白を活かしたプロダクション、真夜中の美を思わせるアーバンな意匠が市民権を得て、FKAツイッグスの2014年作『LP1』が各所で絶賛された頃には、ポスト・ダブステップとインディーR&Bの境界線はかぎりなく曖昧になった。

そして今日、ポスト・ダブステップは〈ダブステップ以降の拡張〉という本来の意味よりも、特定のニュアンスやフィーリングを指す言葉として用いられることが多くなり、同ジャンルが有したビートの間合いや、無機質で冷ややかなアンビエンスは多くのポップ・ミュージックで基調となっている。タイムリーな話題として、UKの栄えある音楽賞〈マーキュリー・プライズ〉を受賞し、名実共に2017年の顔となったサンファが、『SBTRKT』でのフィーチャリングを期に注目されるようになり、上記の『LP1』に貢献していたことも付け加えておこう。

XXYYXX の2012年作『XXYYXX』収録曲“About You”
FKAツイッグスの2014年作『LP1』収録曲“Two Weeks”
 

こうやって辿ると、クラブ・シーンで産声を上げたポスト・ダブステップが、あやふやすぎるジャンルの定義はそのままに、非ダンス・ミュージック的な方向にシフトチェンジしていったことがわかる。転換を遂げる過程において、最大の功労者はジェイムズ・ブレイクで満場一致だとして、彼も含めたキーパーソンに決定的なヒントを与えたのが、本稿の主役であるマウント・キンビーだった。

Red Bull Music Academyの制作によるポスト・ダブステップのシーンにフォーカスしたドキュメンタリー。マウント・キンビーのほかにマシーンドラムやボンダックスらも登場

 

ベース・ミュージックを通過したフォークロア

マウント・キンビーは2009年に、『Maybes』と『Sketch On Glass』という2枚のEPを、ホットフラッシュというダブステップのレーベルから発表している。エレクトロニカを思わす繊細なタッチと、閉塞感のなかに咲くドリーミーな音響、ダブステップに由来する緩やかなグルーヴ――このアンビエント的で瑞々しいサウンド・デザインは、重厚なベースラインが飽和状態にあった当時、突然変異のように受け止められ、シーンの景色を塗り替えていった。

彼らの台頭は、ポスト・ダブステップに叙情性とメロウネス、しなやかな歌心をもたらしていく。それはベース・ミュージックを通過した世代によるフォークロアのようでもあり、90~2000年代のR&Bを早回ししたヴォイス・サンプルや、IDM譲りのトラックメイク、ダンスフロアよりもベッドルームが似合う親密な音像は、初期のマウント・キンビーにライヴ・サポートとして参加したあと、2010年のEP“CMYK”での躍進を経て、シンガー・ソングライター化を進めたジェイムズ・ブレイクの成長過程ともリンクしていた。

そういった初期の作風は、2010年のファースト『Crooks & Lovers』で実を結ぶ。同時期のチルウェイヴやLAビート・シーンとも共振するような“Carbonated”は、現在でもライヴの定番曲。テック・ハウスとダブステップが星屑のように屈折する“Mayor”は、シーンの爆発的な勢いが乗り移った名曲だ。また、美しいギター・ループが奏でられる“Adriatic”は、2016年にチャンス・ザ・ラッパー『Coloring Book』収録曲の“Juke Jam”でサンプリングされ、改めて脚光を浴びた。

 

密室的なテクスチャーと不穏かつラフなバンド・サウンドを導入

このあと、初期のポスト・ダブステップ勢が手詰まりになっていくなかで、マウント・キンビーは、ワープに移籍して発表した2013年のセカンド『Cold Spring Fault Less Youth』でバンド・サウンドを導入。当初からギターを用いて、インディー・ロック的なアプローチも披露していたとはいえ、最初はさすがに驚かされたが、彼らの本性がこちら側にあったことは、新作が届いた今ならはっきりと理解できる。

実際に、その成果は絶大だった。マウント・キンビーは同作を引っ提げて、2013年に東京・恵比寿LIQUIDROOMで初来日を飾ったあと(大阪でも公演)、翌年には〈TAICOCLUB〉に出演。初来日では2人でステージに立っていたが、翌年にはサポート・ドラマーが加入したこともあり、他のバンドかと見違えるくらいパフォーマンス能力が向上していた。じっくりと音を重ねながら、ハウシーな高揚へと聴き手を誘うライヴ・アンセム“Made To Stray”を物にしたのも大きかったと思う。

『Cold Spring Fault Less Youth』収録曲“Made To Stray”のライヴ映像
 

さらに、『Cold Spring Fault Less Youth』ではそういったライヴ感の向上よりも、超が付くほど密室的なテクスチャーのほうが際立っているのも興味深い。曲調も抽象的で、不穏さ漂うアンサンブルが、完成形を持たないラフスケッチのように奏でられている。この時期に筆者がインタヴューしたとき、カイ・カンポスが自身のサウンドについて、〈矛盾とか、言葉では表現出来ない感情とか、いろんなものが混ざっている〉と表現していたのも印象的だった。

 

ロンドンの荒廃した空気感と西海岸の朗らかな狂気をマッシュアップ

4年ぶりとなった新作『Love What Survives』は、彼らにとってキャリア最大のポップ・レコードとなった。キング・クルールが参加した“Blue Train Lines”はジョイ・ディヴィジョン、“You Look Certain (I'm Not So Sure)”はステレオラブを思わせる曲調で、両組が共にノイ!の影響下にあったことも思い出させるように、モータリックなビートが刻まれている。こういったニューウェイヴ的なアプローチは本作のトピックで、“Audition”や“SP12 Beat”“Delta”といったダンサブルな音響ポップにも反映されている。

前作でも顕著だったテクスチャーへの執念が、ここでは上述したポスト・パンク的なバンドにも通じるプリミティヴな演奏と結びつき、本人たちいわく〈パンキッシュかつジャンキー〉に炸裂。そのなかでも白眉は、ミカチューことミカ・レヴィが参加した“Marilyn”だ。カリンバを思わすピアノがリードする躁的なミニマリズムとオブスキュアな浮遊感が、心の晴れ切らないサッドなトロピカリアを演出しており、ミカ・レヴィの捨て鉢な歌唱ともマッチしている。

こういった風通しの良い変化は、片割れのドミニク・メイカーがLAに移住したことも関係しているそうだ。ちなみに、そのドミニクはジェイムズ・ブレイクと一緒にジェイZの曲をプロデュースし(『4:44』収録の“MaNyfaCedGod”)、ジェイムズ・ブレイクは2016年の『The Colour In Anything』を、リック・ルービンが所有するLAマリブのスタジオで録音。さらにミカ・レヴィも「ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命」などハリウッドの映画音楽で大成しているわけで、アルバムに出入りした面々がUK⇔LA間で培った交流や経験は、『Love What Survives』に思いのほか影響を与えているのかもしれない。

それこそ、『Love What Survives』におけるヴィンテージ・シンセのファニーで茫洋とした響きは、マイルド・ハイ・クラブのようなLA発の新しいサイケデリアとも共鳴していると思う。このように、ロンドンの荒廃した空気感と西海岸の朗らかな狂気をマッシュアップさせた、ポップでストレンジな新境地を開拓する一方で、7年ぶりの邂逅となったジェイムズ・ブレイク参加の2曲――“We Go Home Together”“How We Got By”では、彼が得意とする厳かなゴスペル調を主役に立てている。その変わらぬ友情と祈りめいた響きがアルバムのアクセントとなっているが、パイプオルガンの音色のせいか、成長した3人が奏でる青春期のレクイエムみたいに聴こえなくもない。

 

後年のシーンにとっての指標ともなりうるyahyelとの競演

マウント・キンビーはサウンド面だけでなく、ライヴ表現においてもポスト・ダブステップの可能性を推し進めてきた。ジェイムズ・ブレイクがPA卓も駆使したローエンドで衝撃を与えたように、彼らは独自のテクスチャーを生演奏で再現するために試行錯誤を重ねた結果、現在では女性メンバーを加えた4人編成に変貌している。

お世辞にも演奏が上手いわけではない。しかし、多数の機材やみずからのヴォーカルを駆使し、生楽器とプログラミングを並走させながら、アナログ的でノスタルジックな質感や、複数のシンセを重ねた豊かなハーモニーを生み出す手腕は、ニューウェイヴ的な閃きに満ちている。もしくは、テクスチャーへの執拗な拘りという点で、(出自や音楽的背景はまるで異なるが)例えばムーンチャイルド辺りと比較するべきかもしれない。さらに、ライヴではダンス・ミュージック的なドライヴ感も補強される。最近の動画をチェックする限り、新たな高みに登り詰めたのは間違いなさそうだ。

4人編成での最新スタジオライヴ映像
 

そんな彼らとyahyelの邂逅は、国内外の最新モードを確かめる機会ともなりそうだ。yahyelが今年発表した“Iron”と“Rude”の2曲では、ベース・ミュージックの攻撃的なグルーヴと、ホーリーでメロディアスな歌心が共存し、一皮剥けた姿がアピールされていた。何より今回は、ポスト・ダブステップの方向性を決定付けた〈特異点〉と、その進化に導かれた次世代のスター候補という、非常に筋の通った共演である。後年のシーンにとっての指標ともなりうるだろう。

 

Live Information
〈MOUNT KIMBIE - JAPAN TOUR 2017〉
GUEST: yahyel
10月6日(金) 大阪・心斎橋Fanj Twice
10月9日(月・祝)東京・渋谷WWW X
開場 18:00/開演 19:00
前売:¥6,000(税込・1ドリンク別途)※未就学児童入場不可
INFO:BEATINK 03 5768 1277 [www.beatink.com]
[チケット発売中]
東京公演:e+ [http://eplus.jp/mk-y/]、チケットぴあ (P:336-579)、LAWSON(L:71349)、BEATINK [shop.beatink.com]、Clubberia
大阪公演:e+ [http://eplus.jp/mk-y/]、チケットぴあ(P:337-044)、ローソン(L:54458)、BEATINK[shop.beatink.com]

〈朝霧JAM〉
2017年10月7日(土) ~ 10月8日(日)
富士山麓 朝霧アリーナ・ふもとっぱら
http://asagirijam.jp/