現在公開中の映画「四月になれば彼女は」の主題歌として書き下ろされた藤井 風の新曲“満ちてゆく”。先日放送された〈tiny desk concerts JAPAN〉でも披露された同楽曲は、聴いた者を優しく包み込むバラードとして多くのリスナーを魅了している。
藤井 風は“満ちてゆく”にどんな想いを込めたのか。ライターの蜂須賀ちなみに探ってもらった。 *Mikiki編集部
藤井 風は〈与える人〉
藤井 風の新曲の素晴らしさに興奮させられるのはもう何度目か分からないが、今回の新曲も素晴らしい。3月15日に配信リリースされた、映画「四月になれば彼女は」の主題歌“満ちてゆく”。本人コメントによると、映画がラブストーリーのため、当初は人生で初めてラブソングを書こうと意気込んでいたが、実際出来上がったのはこれまで表現してきたものの延長線上にある曲だったとのこと。そして映画の公式サイトで公開されている「四月になれば彼女は」の原作者・川村元気との対談記事を読むと、「藤井 風が人の生死を歌えば、それは恋愛の歌になるかもしれない」(川村)と想定した上でのオファーだったことが分かる。
藤井 風の楽曲には死生観が垣間見えるものも少なくないが、どの曲も後ろ向きなメッセージを有してはいない。例えば、“帰ろう”という楽曲が〈あぁ今日からどう生きてこう〉と締めくくられているように、〈人は生まれた瞬間、死に向かっていく〉という前提を、〈ならば、どのように生きようか〉と思考の種にしていくのが基本的な姿勢だ。同じように、藤井 風ならば、〈人と人は出会った瞬間、別れに向かっていく〉という前提に対し、〈ならば、どのように愛そうか〉という解を示してくれるのではないかと――諸行無常の虚しき循環の先にある生の悦びを音楽として届けてくれるはずだと、川村元気をはじめとした映画制作陣は期待したのではないだろうか。
“満ちてゆく”はその通りの曲になった。歌詞で言及したいポイントは様々あるが、計4回、サビの最後で歌われる〈手を放す、軽くなる、満ちてゆく〉というフレーズは特に凄まじい。欲や執着に囚われながら生きていると、どこまでも求めてしまうから際限がない、だから永遠に満たされないし、不満や恨みが生まれることもある。だからこそ荷物を減らし、本当に大切にしたいものに心を掛けることで、満ちてゆく。
近いことを別の言い方で表現した〈愛される為に/愛すのは悲劇〉というフレーズも印象的だ。とはいえ、人は我が身の可愛さに私利私欲に走ってしまいがち。それなのに、なぜ藤井 風はいつも達観的な視点を持った〈与える人〉でいられるのか。過去作をヒントに推測してみると、〈そもそも一人ひとりがこの世界のギフトであり、生を受けた時点で与えられている〉〈ゆえに、生まれたら与えるのみ〉〈「与えられたら与える」というサイクルが自然なのだ〉という考えからなのか。それとも、梵我一如の思想の元、そもそも〈与える〉という感覚があまりないのか……。
いずれにせよ、自然の理に抗わず、まさに風のように存在しているのが藤井 風であり、“満ちてゆく”という楽曲もまた、〈自然〉であり、安易な筋書きを辿っていないからこその複雑性、奥深さを有しているように思う。
“満ちてゆく”で大いなる愛を歌う
コード進行は捻りが効いていて、J-POPのスタンダードとは一線を画しているが、ボーカルのメロディや歌詞はこの上なくシンプルだ。1番終わりの間奏にかかる〈満ちてゆく〉のロングトーンやラスサビのフェイクは、楽譜に書き起こすと複雑になりそうだが、歌の調子はいたって自然で、風の流れを描写しただけといった感じ。
1番で歌ったメロディを、アドリブ的にアレンジしている2番のボーカルに関しても同様だ。また、2番以降は打ち込み中心のR&Bテイストで、従来の邦画主題歌で見られた、ストリングス等の生楽器による盛り上げ演出がない。クライマックスでクレッシェンドしてくるのは高音楽器ではなく、低音楽器や打楽器であるのも印象的だ。
そして楽曲の最終盤では、コーラスが重なり、ゴスペル的な祝福感が生まれ、賛美歌としてのニュアンスが明確に強調される。楽曲リリースと同日に公開されたMVのコメント欄では、様々な人が、この曲が自分の心にどう響いたかを自身の経験を交えながら綴っていて、音楽を通じて自分の人生を見つめ直す場が生まれていた。〈手を放す、軽くなる、満ちてゆく〉。心に余裕を持つのが難しいこの時代に、利己に染まらず、大いなる愛を歌う藤井 風の音楽に多くの人が救われているのだろう。
RELEASE INFORMATION
リリース日:2024年3月15日(金)
TRACKLIST
1. 満ちてゆく
LIVE INFORMATION
Fujii Kaze and the piano U.S. Tour
2024年5月30日(木)ロサンゼルス・United Theater on Broadway
2024年6月2日(日)ニューヨーク・Apollo Theater
日産スタジアムライブ(タイトル未定)
2024年8月24日(土)、25日(日)神奈川・日産スタジアム
※詳細は2024年5月10日(金)18:00発表