©Madeline McManus

ポップ音楽史における異端者にして唯一無二の芸術家が、傑作『MERCY』から1年で早くもアルバムを完成――現在を生きる表現者が時代を見据えた音の幻影とは?

 1942年、ウェールズで生まれたジョン・ケイルのポップ・ミュージック史における功績が輝かしいものであるのは、論を俟たないだろう。アメリカの音楽院でアカデミックな教育を受けた後、ルー・リードと出逢って結成したヴェルヴェット・アンダーグラウンドのメンバーとして、現在に至るまでのアート・ロックという枠組みを定義したこと。ストゥージズ『The Stooges』(69年)やパティ・スミス『Horses』(75年)といった、偉大なロック・クラシックをプロデュースしたこと。ケイルが残してきた素晴らしい仕事を挙げていけばキリがない。

 ケイルはソロ作品でも才気を発揮している。テリー・ライリーとのコラボ作『Church Of Anthrax』(71年)、チェンバー・ポップの金字塔『Paris 1919』(73年)など、作品ごとに自身のアイデンティティを更新する貪欲さと創造力はケイルの大きな魅力だ。その魅力は衰えることなく、昨年はローレル・へイローやファット・ホワイト・ファミリーが助力した『MERCY』をリリースし、自身が積み上げてきた経験と新たな感性を接続した懐の深い音楽でリスナーを喜ばせた。

JOHN CALE 『POPtical Illusion』 Domino/BEAT(2024)

 その『MERCY』から約1年、ケイルがニュー・アルバム『POPtical Illusion』をリリースした。『MERCY』制作時に書かれた曲から厳選したもので構成されたという本作は、前作と地続きのところが見受けられる。なかでも、〈図書館を焼き払う右翼たち〉と歌う“Company Commander”は、世界的な極右の台頭や気候変動などの時事問題にインスピレーションを受けた前作の視点が強い曲と評せる。過去にもケイルは、ブライアン・イーノがプロデュースした『Words For The Dying』(89年)でフォークランド紛争に対する反応を示すなど、政治/社会問題への関心を隠してこなかった。さまざまな問題が噴出する近年の世界情勢を見て、本作でも憤りを抑えることができなかったということかもしれない。

 多くのゲストで彩られた前作から打って変わり、本作ではケイルがほぼ独力で歌と演奏を担当している。その影響か、〈互いに落ち度があった友情〉について歌われる“I'm Angry”の歌詞は、疎遠な時期もあったが最後まで友人だった故ルー・リードを連想させる。こうしたパーソナルな側面も、本作を滋味溢れる作品にしている。

 時事問題への言及やみずからの人生を振り返るような言葉が多い曲群は、郷愁と今という新鮮さの共立が印象的だ。ケイル流トラップと言える“Edge Of Reason”や、硬質なインダストリアル・ビートとノイジーなドローン・サウンドが耳に残る“Shark-Shark”を聴くと、過去に安住せず現在を生きる表現者としてのジョン・ケイルが目の前に迫ってくる。

 一方で、先述の“I'm Angry”の歌詞を含めた言葉の面に注目すると、私たちに向けられた遺言的教訓に聞こえてしまう瞬間もある。だが、今年3月で82歳になったケイルの歌声とサウンドは、とても力強い。生気で満ちみちており、新たなサウンドを取り込むことに躊躇しない。自分をリメイク/リモデルしながら、いまだ見ぬ未知の地平を求め、音楽を作り続けている。

いまでこそ、いくつものジャンルや手法を跨いだサウンドは当たり前になった。しかしケイルは、そうした折衷性を60年代からずっと鳴らしてきた。この偉大さが十二分に伝わってくる『POPtical Illusion』は、前衛と親しみやすさの垣根を取り払ったうえで、大切なことを教えてくれる。ポップ・ミュージックこそ、もっとも自由かつ風通しの良い実験場であると。

左から、ジョン・ケイルの2023年作『MERCY』(Double Six/Domino)、ケイルが参加したセヴン・デイヴィスJrの2024年作『Stranger Than Fiction』(Secret Angels)、ケリー・リー・オーウェンスの2020年作『Inner Song』(Smalltown Supersound)

先頃ドミノからリイシューされたニコの作品。
左から、68年作『The Marble Index』(Elektra/Domino)、70年作『Desertshore』(Reprise/Domino)。いずれもジョン・ケイルがプロデュースに参加