ブライアン・イーノ、90年代の傑作2枚が再発
90年代に発表されたブライアン・イーノの重要なコラボ・アルバム2作品が、各々2曲のボーナス・トラック付きで再発された。1枚はジョン・ケイルとの『Wrong Way Up』(90年)、もう1枚はジャー・ウォブルとの『Spinner』(95年)。
BRIAN ENO,JOHN CALE 『Wrong Way Up [Expanded Edition]』 All Saints/BEAT(2020)
『Wrong Way Up』が出た時のことは今も鮮明に憶えている。なにしろイーノがバリバリに歌いまくった作品だったから。ロキシー・ミュージック脱退後のソロ・キャリア初期の4作品――『Here Come The Warm Jets』(73)~『Before And After Science』(77)では歌っていたイーノだが、その後アンビエント導師となり、歌声を聴かせることはなかった。つまり13年ぶりのヴォーカル作品だったわけで、しかもコラボ相手がジョン・ケイルとなれば期待値も最大限まで上がろうというもの。イーノとケイルのつきあいは、74年のケイルのソロ作『Fear』に始まり、翌75年の『Slow Dazzle』と『Helen Of Troy』にも参加していたが、その後はほとんど途絶えたままだった。しかし89年には、ケイルのアルバム『Words For The Dying』をイーノがプロデュースし、自身で始めた〈Opal〉レーベルからリリース。そんな流れの中で作ったのが、この『Wrong Way Up』だった。
前説が長くて申し訳ない。とにかく私が一番驚いたのは、イーノの歌声の快活さだった。ここでのイーノのヴォーカルはウェールズの炭鉱夫の血を引くケイル以上にヴァイタルだ。2人が4曲ずつリード・ヴォーカルをとり、残り2曲がデュエットという全10曲はすべてイーノのスタジオで一緒に作られたもので、若干のゲスト陣はいるものの大半の演奏も2人で精力的にこなしている。弾むようなビートの曲が多いのも作品全体に勢いとパワーを与えている。当時イーノには娘が生まれたばかりで精神的に非常に高揚していたことがこうした力強さ、快活さの背景にはあったようだが、それ以前に、80年代のU2やアーロン・ネヴィル他のプロデュース・ワークを通して歌うという行為、あるいは人の声そのものに改めて惹かれるようになっていたことが影響したのだと思う。静謐なアンビエントのイメージが強いため、イーノはコンピュータや新しいデジタル技術の人と思われがちだが、実は一貫してエラーや人間的曖昧さに魅せられてきた人である。すべての活動はそれを探求するためだったと言っていいかもしれない。そんな彼が大きな声で歌ったこのアルバムは、実は最も彼らしい作品であるようにも思える。イーノという人間の全体像を考える上でも、これは非常に重要な作品だろう。
BRIAN ENO,JAH WOBBLE 『Spinner [Expanded Edition]』 All Saints/BEAT(2020)
もう1枚の『Spinner』は、元々は故デレク・ジャーマンの回顧的編集映画「Glitterbug」のためにイーノが作ったサントラ音源を元に、ジャー・ウォブルが手を加えた作品だ。共演ではなく、イーノはあくまでも素材提供者という立場で、ウォブルの加工には一切口出ししなかったという。それまでコラボ経験はなかったウォブルになぜ任せたのかは謎だが、おそらく、PIL時代のダブ音響から当時やっていたインヴェイターズ・オブ・ザ・ハートでのマルチ・カルチュラルな音作りまで、ずっと気になる存在だったのだろう。当時のウォブルはエストニアやラトヴィアなどバルト諸国の教会音楽、あるはアルヴォ・ペルトやジョン・タヴナーといった神秘主義的な音楽に深く傾倒していたそうで、ここでの音作りもそういったホーリー・ミニマリズム色が濃厚だ。インヴェイダーズ~の当時のギタリストであるジャスティン・アダムズ、イラン系の作編曲家スーザン・デイヒム、カンのドラマーだったヤキ・リーベツァイト他がゲスト参加した効果もあってか、随所にエスニックな香りも漂わせたペイガニックな音響作品である。
なお今回のボーナス音源は、前者が当時シングル盤として出た“Spinning Away”のB面2曲“Grandfather's House”“Palanquin”、後者が「Glitterbug」のサントラ用にイーノが作っていた“Stravinsky”とジャー・ウォブルの未発表音源“Lockdown”。日本盤ブックレットに掲載された当時のイーノの和訳インタビューも面白い。
INFORMATION
BRIAN ENO CAMPAIGN
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