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音楽や生き方で愛を届けることに挑戦した

――翌年には早くもセカンドアルバム『imagine』がリリースされます。引き続きハードな日々の中での制作だったのでしょうか。

「最初の3枚は本当にそういう感じだったと思います。何かの合間に作っている感じでした」

MINMI 『imagine [Deluxe Edition]』 ビクター(2024)

――今振り返ると無理してたなと思いますか?

「無理していたし、今だったらやりこなす方法とか、それをやりこなすための相談相手もたくさんいるんですけど、当時は自分のブレーンを整えられていない状態から始まってしまったから、頼る相手もいなかったし、すごく少ないやり方の中で制作していたっていうのがあって。だから常にいっぱいいっぱいでしたね。

スタッフからすると私がプロデューサーだから、ちょっと先生みたいな感じになるわけじゃないですか。何もわからない地方から来た子なのに。だから本当にアンバランスな状態だったんです。私も未熟だったから〈もっとこうだよ〉って誰かに教えてもらいたいぐらいなんだけど、みんなからすると〈先生どうしたらいいですか〉〈先生何日までに出してください〉みたいな感じで。精神的にも技術的にも全然そんな位置には辿り着けていないのに。だから当時は無茶苦茶苦しんでいました。

でも、デビューしてコンスタントにリリースできるっていうのは、ある意味歌手になりたいって夢を持っていた自分からしたら、その夢が叶っているということだからすごくありがたい状況だったんです。けど、そんなありがたい状況でありながらも与えられたチャンスを楽々乗りこなせてないっていうんですかね......そういう状況だったので、本当にもがきながら作っている感じでした」

――当時のその状況は歌詞にも影響しているのでしょうか。

「そうですね。“T.T.T.”は〈いつか見とけよ〉みたいな、歯を食いしばってる歌詞になっていたり、“imagine”ではもうできないって心は音をあげているけど、でもここで立ち止まったらダメだ、みたいな内容の曲になっていたり。自分を鼓舞してる世界観の曲がすごく多くなっていますね」

――一方で“アイの実”のような愛に溢れた曲もありますね。

「デビュー曲の印象が強かったので、“The Perfect Vision”みたいな曲を書いてほしいって周りの方に言われていたんですよ。強い女性像みたいなものを求められている当時の自分の立場も理解していたんですが、やっぱり葛藤もあって。何をしに東京に出てきたんだろう、日本中に私の曲を聴いてもらったけど、それだけが目的だったの?みたいな状態になっていたんですね。

そんな中、9.11があったり中東の戦争があったりして、自分が成功したいっていうことを夢見てがむしゃらに音楽を作っていた時とは気持ちも変わってきた。音楽を通してもっと平和に繋がることとか、愛を伝えることをやってみたいって思たんです。求められているものとは違うかもしれないし、それがたとえカッコ悪くても、私は音楽とか生き方で愛を届けることに挑戦したいと思って“アイの実”を作りました。正直、めっちゃ勇気がいりましたね」

――それはやっぱり、求められているイメージと違う曲を出すから勇気がいったということですか?

「そうですね。レコード会社のみんなが“The Perfect Vision”みたいな曲を待っている雰囲気の中で、〈こんな曲できましたけど、すみません〉って、恐る恐るみたいな感じでした」

――レコード会社の方も最終的には納得してくれた感じだったんですか?

「もちろん私の味方になってくれる人もいたけど、でもやっぱりヒットを出したいっていう気持ちもあるわけじゃないですか。もちろんそれは私にもあるし。だから全員が一丸となってこの曲でチャレンジしようって感じじゃなくて〈MINMIはデビュー曲の路線で行ったほうがいいと思うんだ〉〈“アイの実”みたいな曲は違うと思うんだ〉っていう人もやっぱりいたんです。だからその時はこれが正しい道だっていう確信は自分でもなかなか持てなくて。これで正しいとは思えてないけど、嘘をつかずにやっていきたい、みたいな感じでしたね」

――けど結果的にシングルにもなって、今では代表曲の一つでもあります。この曲を作ったという選択は間違っていなかったと。

「そうですね。この曲を受け入れてくださったファンのみなさんのおかげだと本当に思います」

――“四季ノ歌”と“Who’s Theme”でのNujabesさんとのコラボレイトもこの時期のトピックですね。

「Nujabesさんが“T.T.T.”をタクシーでたまたま聴いて、この人誰?って思ったらしく、それでオファーをくださったんです。“四季ノ歌”は『サムライチャンプルー』っていうアニメのエンディングテーマになるってことで、台本を見せてもらってから楽曲制作に取り掛かりました。

最初いくつかトラックを聴かせてもらったんですが、私がめちゃくちゃ気に入ったトラックっていうのがNujabesさんがすでにリリースされていた曲で、だからこれは使えないって言われたんですね。でも私はやるならこの曲しかないと思って、何時間も彼と討論して説得したんです。

あと、アニメの中で女の子がお父さんにもう一度会いたくて、お父さんの姿を探し続けるっていうストーリーがあるんですけど、私がちょうど父親を亡くしたということもあって、すごい自分と重なる部分があったんですね。だからアニメのストーリーと自分の経験と音楽を一つのものにして表現しようっていう強い思いがありました」

――曲調も今までにないようなものですし、MINMIさん的にも彼とのコラボレイトはすごく刺激になったんじゃないですか。

「もちろんそうですし、『サムライチャンプルー』が昔の日本を舞台にしていて、かつ〈ヒップホップカルチャー × 侍〉っていうすごい面白いトピックのアニメだったから、万葉の言葉で歌詞を書こうと思って、図書館で調べたりしましたね。世界の人達にも面白がってほしいなと思ってそういった要素を取り入れたりして、今までとは違う角度で作ってみました」

――お話を聞くと『imagine』は本当に色んな思いが詰まった作品になってますね。

「実はこの時期って、音楽家としてはスランプだったんですよ。表現者として表現したいものがないっていう状態を絵に描いたような、それが『imagine』っていうアルバムだったなって今となっては思います。これをやっていいのかっていう正解が見えてない状態だったし、クリエイターとしても自信がない。そんな状態だったけど、それでも何かを創造するんだっていうスランプを表現しているアルバムですね。それも含めて自分的にはなんか面白いアーティストだなと思ってるんですけど(笑)」

――スランプを表現したアルバムを聴くのは辛くはないのですか?

「デビューする前から人生を通して経験していることを表現していくっていう、表現者としての軸みたいなものはあったんです。本来アーティストにとってスランプって致命的じゃないですか。書けないし、止まっちゃうし。けどそこも表現するっていうのは、表現者としてめちゃくちゃ面白いと思うんですよね。

その時はもちろん辛かったけど、それを表現したものとして作って良かったと思うし、聴いていただいて共感してくださっている方がいらっしゃるのはアーティスト冥利に尽きるから、作って良かったなって思います。愛おしいと思える作品の一つです」