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2010年代の試行錯誤の先で2020年代の決定版を作りたい

――今作は、今の日本の音楽シーンのどこを狙っていくかといった話はメンバー間でしていたんでしょうか。

磯野「特に話してないと思いますね。自分は、シティポップだろうが何だろうが、シーンに組み込まれるのは嫌じゃない人なんですけど」

智之「自分の中では、そのあたりは愛憎に近いかな。表裏一体というか。シティポップとして括られるのは嬉しい。一つ認めてもらった気がするし。でも、そこを狙ってるわけじゃないという気持ちも確かにある」

磯野「日本でいかにブラックミュージックをやるかについては、2015年くらいを起点に新たな流れがたくさん生まれたじゃないですか。それこそceroの『Obscure Ride』は決定打だったと思います。僕の中では、Ovallの『DON’T CARE WHO KNOWS THAT』(2010年)もそういう作品だった。

でも、僕たちがやっているような音楽は意外に存在しないんじゃないか、という想いもある。Ovallは日本語で歌っているわけではないし」

智之「ceroも、歌いあげる感じの歌唱ではない。SIRUPとかTENDREとかソロユニットでやってる人たちや、ダンサブルな音楽をやってる人たちはいっぱいいると思うんですけど」

藤井健司「最近はKroiみたいなバンドも出てきたけどね」

智之「Kroiは演奏がマッチョでバチバチしててミクスチャー感が強いから、そういうのとも僕たちはまた違うんですよね」

磯野「そう考えると、自分の勉強不足かもしれないけど、僕たちがやっている音楽に似たものというのは意外になくて、まだ可能性があるように思うんです。R&Bをやっていてバンドアンサンブルを大事にしつつ、ボーカルが歌いあげる系の歌唱スタイルで、となると。そういう形での決定版を作りたい」

 

生き残ったぜ俺ら!

――2010年代半ばを起点にした国内のR&B/ヒップホップ/ジャズの解釈って、その間にシティポップのブームというのを挟みつつも、2020年代の現在に至るまでどんどん多様化してきたように思います。

磯野「そこは解釈が難しくて、自分は、バンドサウンドっていうところでいうと割と決着がついちゃったかなって気もするんです。ソロアーティストだとまた違うと思うんですけど。コロナ禍もあってバンドという形態が淘汰されたこともあって、当時盛り上がっていたブラックミュージック系バンドの熱は落ち着いてしまった。

でも、直近だとまた変わってきてる気もしますよね。長谷川白紙さんが〈バンドヤバいっすね〉ってインタビューで言ってたりするじゃないですか。ソロでトラックメイクをやっていた人がバンドにあれだけ惹かれてるっていうのは、また変わってきてるということなのかも」

智之「実際、今またバンドが増えてきてる感じはするよね」

磯野「生き残ったぜ俺ら!というか、まだやってるぜ、というところを見せたい(笑)。だからこそ、今作の〈New Oriented〉には旗を立てるという意味合いもある」

――だいぶ淘汰はされたけど、10年前のあの時代の主要な人たちがここに来てまた一歩前進した作品を出すというのはとても意義深いと思います。それこそ昨年はyahyelが『Loves & Cults』でシーンに戻って来たり。

磯野「yahyelはちょうど僕らと同じ時期に出てきて、でも自分たちとは違うジェイムス・ブレイク系のトラックメイク〜アンビエントの流れを汲むバンドでカッコよかったですよね。

けど、やっぱりあの頃のそういった色んなバンドが生み出した流れが、その後ソロアーティスト的なものに集約されていった気はします」