
知世ちゃんはベテランだけどフレッシュっていう絶妙なバランス(高野)
――高野さんから見て、原田さんのシンガーとしての魅力はどんなところでしょうか。
高野「スーパーナチュラルなんだけれど、経験の積み重ねから生まれる深みがあって、ベテランだけどフレッシュっていう絶妙なバランスが魅力じゃないですか」
――本当にそうですね。ナチュラルに歌う、というのは、意識するほど作為的になってしまって難しいようにも思います。原田さんは歌う時に意識していることは何かありますか?
原田「喋るように歌うことでしょうか。すごく難しいですけどね。私は自分が好きなアーティストが歌っている映像を見て研究するのが好きなのですが、みなさん喋るように滑らかに歌われているんですよ。私は何かを歌おうとした途端に、喉がちょっと違う形になっている気がして。喋る時の声帯を使って歌えたら良いな、と思って、いま発声の感覚をつかもうとしているところなんです」
――ゴローさんが好きなジョアン・ジルベルトをはじめ、ボサノバのシンガーは喋るように歌う人が多い気がします。
高野「僕もいまそう思った。ゴローさんとずっと一緒にやってきたから、そういう歌唱法に向かっているところもあるのかもしれないね」
原田「そうですね。そのうえで、ちゃんと押せるところは押すというか。しっかりと根っこを張った歌い方をしたいと最近は思っています」
高野「それは高度だね」
原田「喋っているように歌っているけど心は叫んでいる、みたいな。私が素敵だなと思う歌手の方はそれができているんですよね。どうやったら、自分もそんな風にやれるのか、ゴローさんに相談したりもしているんです。それができたら、今よりももっと良い歌になれる気がして」
高野「力まずに強さを出す、というのは、実は僕も今取り組んでいることなんだよね。若い時は結構力んでたし、その勢いで押し切れちゃう強さがあったけど、今それをやるとなんかね」
原田「そうじゃないって思うんですよね。そういえば、35周年記念のコンサートでギターを弾きながら“くちなしの丘”を歌いました。ギターを弾くのにいっぱいいっぱいになったんですけど、ギターに集中しながら歌うと不思議なことにリラックスして歌えたんですよ。力まずに歌うには、なにか他のことを考えながら歌うといいのかもって思いました」
高野「それはあるかもしれないね。僕はいつもギターを弾きながら歌っているから、レコーディングで歌だけを録る時は変にいろいろ考えてしまう。だから、ギターを持っていない時の歌い方。呼吸の仕方や力の入れ方を開拓しようと思ってるんだよね」

素直にYMOの影響を出してもいい時期にきてるんじゃないかと思って(高野)
――そんな高野さんの新作『Modern Vintage Future』を聴いて、原田さんはどんな感想を持たれました?
原田「すごく素敵でした。高野さんのいろんなルーツが入っている気がして、pupaを思わせる曲に心躍ったりもしました」
――新作はエレクトロニックなサウンドを大胆に取り入れているのが特徴ですが、なぜそうしようと思われたのでしょうか。
高野「コロナ禍の最初の頃、ライブがなくなってしまったので、これまでやりたかったことを試してみようと思って宅録で打ち込みのサウンドを作り始めたんです。コロナ禍以前は活動の中心がライブだったので、ライブで再現できないサウンドの冒険はあまりしなかったんです。そうしているうちに作曲法が変わってきて、出来上がった曲を並べてみると、これが今の自分のモードなんだなっていうのが見えてきたんです」
――高野さんは〈HAAS〉名義でアンビエントなインスト作品も出されていましたね。
高野「ポップス以外の表現をやろうと思って、25年くらい前から始めたんです。今回のアルバムは、HAASでやってきたことが高野寛としてやってきたことと融合している感じですね。
あと、幸宏さんや教授(坂本龍一)が闘病生活に入られて、改めてYMOのことを考えるようになったことも影響しています。幸宏さんのデビュー50周年記念イベントをやった時に、幸宏さんの曲を全部聴き直したりもしたし」
――高野さんは新作のリリースに合わせて、YMOの3人をはじめ様々なミュージシャンとの交流を振り返ったエッセイ、「続く、イエローマジック」も出版されました。
高野「それを書いて、自分は幸宏さんに出会わなかったら全く違った人生を送っていたな、と改めて思ったんです。自分は間違いなくYMOチルドレンなんですけど、親離れしようと思ってアコギ一本でツアーをやってみたり、歌とギターにフォーカスして活動した時期が長かったんです。でも、反抗期を過ぎて素直にYMOの影響を出してもいい時期にきてるんじゃないかと思って」
――それは自分のスタイルができていないと難しいことかもしれませんね。
高野「そうですね。中途半端にやるとものまねになってしまって恥ずかしい。自分のオリジナリティって何だろう?って探し続けて、1周も2周も回った今だからこそ、影響を素直に出しても自分にしかできない表現になったと思います」
