首を絞め、檻にもなりうる言葉
もちろん前述した通り、K-POP的なガールクラッシュと比較した際、この現象を、女性の自己表現が結局〈カワイイ〉に回収されるという日本社会の保守化と見ることもできる。そういった緊張関係を含んだまま、カワイイという美学が社会的意味を持ち直しているのが、FRUITS ZIPPER以降のアイドル文化の大きな特徴なのだ。たとえば、CUTIE STREETの“かわいいだけじゃだめですか?”には、まさしくそういったカワイイの両面が観察される。〈今をときめけ!/長所を磨け磨け磨け!〉〈可愛さで世界征服!〉といった歌詞からはカワイイの自由な肯定が感じられる一方で、〈すっぴんは見せられなーい〉〈顔が可愛いのも才能〉といった箇所からはカワイイの檻によって制約される様子が見られる。そもそもこの曲自体が、かわいくあろうとすることが評価され消費されるという構造を引き受けつつも、そこで立ち止まらずに、自分なりのかわいさを編み直そうとしている。
現在KAWAII LAB.系の表現は、そういった両義性を持ちつつ、2020年代のアイドルシーンを牽引する存在としてカワイイをめぐる文化的闘いのただなかにいる。記号としてのカワイイを再演しながらも、それを自らのスタンスで表現し直し楽しむという、軽やかでしなやかな戦略。力強さと清楚さの間で揺れながら、自分だけのキュートネスを追求する姿勢は、いまの時代だからこそ可能なアイドル像のひとつの形と言えるだろう。KAWAII LAB.総合プロデューサーの木村ミサも、インタビューで「木村さんが考える〈かわいい〉とは?」と訊かれ、次のようなアンビバレントな想いを語っていた。
「総じて考えたとき、自分にとっては肯定してくれる、寄り添って背中を押してくれる言葉だと思っています。ただ、使い方を間違ってしまうと、添えられていた手が首を絞める言葉にもなってしまう。そういう一面があることも理解しています」(「Quick Japan」vol. 176 p. 50)
背中を押す手が、いつしか首を絞める手になるかもしれない――そのことを知りながらも、なお自らの意思で〈カワイイ〉を選び取ること。それが2020年代のアイドルたちの、ひとつの勇気であり、決断なのだ。