田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴のものを紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。カニエ・ウェストが、ヘッドライナーを務める予定だった〈コーチェラ〉の出演をキャンセルしました。理由はわかっておりませんが、代打としてスウェディッシュ・ハウス・マフィア&ザ・ウィークエンドが出演するようです」

天野龍太郎「カニエは、ちょっと前までInstagramのポストがひどかったですからね。ビリー・アイリッシュに〈トラヴィス・スコットに謝れ〉とわけのわからない難癖をつけたり、元妻キム・カーダシアンの恋人ピート・デイヴィッドソンを下品に攻撃したり、さらに子どもを巡ってキムへの攻撃をしたり。あまりにも荒れすぎていて、そういう投稿には一切いいねしないようにしていました。いちばんひどかったのは、ピートをあからさまに貶めた“Eazy”のミュージックビデオですが……。その結果、Instagramアカウントが24時間凍結されましたし、〈カニエからスマホを取り上げたほうがいい〉という声も多く聞かれました。本当に、しっかりして……」

田中「複雑なパーソナリティーを持った人ですからね……。とはいえ、〈コーチェラ〉に話を戻すと、スウェディッシュ・ハウス・マフィア&ザ・ウィークエンドのパフォーマンスは楽しみですね。ぜひ配信で観たいです。また、ピンク・フロイドが実に28年ぶりの新曲“Hey Hey Rise Up”をリリースした、というロック界を驚かせた大ニュースも届けられました。同曲は、ロシアからの侵攻を受けているウクライナを支援するための反戦歌で、収益はウクライナ人道支援募金に寄付されるとのこと」

天野「ピンク・フロイドは、『The Division Bell』(94年)が最後の作品で、2014年の『The Endless River』は故リチャード・ライトとの93年のセッションを元にしたものだったので、〈28年ぶり〉というわけですね。“Hey Hey Rise Up”ではウクライナのバンド、ブームボックス(Boombox)のアンドリーイ・クリヴニューク(Andriy Khlyvnyuk)の歌がサンプリングされているのですが、演奏やデイヴィッド・ギルモアのギターはまぎれもなくピンク・フロイド。こういうときに世界屈指の影響力を誇るロックバンドが復活するというのは頼もしいですが、そろそろロジャー・ウォーターズとの和解もしてほしいです(笑)。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」

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Maggie Rogers “That’s Where I Am”
Song Of The Week

田中「〈SOTW〉はマギー・ロジャースの“That’s Where I Am”です。マギー・ロジャースは、米メリーランドのイースタン・ショア出身のシンガーソングライターですね。中学生時代から音楽に親しんで作曲を始め、バンジョーなども演奏できるのだとか。高校時代から音楽を学び、2016年にニューヨーク大学で講師をしていたファレル・ウィリアムズに自作曲“Alaska”を紹介して、ファレルがその曲に感動する様子がバズって話題になりました。その後、2017年にEP『Now That The Light Is Fading』をメジャーのキャピトルからリリース。2019年にデビューアルバム『Heard It In A Past Life』をリリースしました」

天野「『Heard It In A Past Life』は話題作でしたよね。グレッグ・カースティンやリッキー・リード、ロスタムなどがプロデューサーとして参加したアルバムですが、中途半端なインディー感を装った中庸なメジャー作という印象で、プロダクションや彼女のシンガーソングライターとしての良さが、僕はあまり理解できませんでした。その後、ネイト・マーセローとリッキー・リードが手がけた自然体なシングル“Love You For A Long TIme”(2019年)で一皮剥けたと感じたんですよね。そのことは、同曲を紹介したときにも言いました

田中「2020年、米大統領選挙に向けてフィービー・ブリジャーズとグー・グー・ドールズ“Iris”をカバーしたときは話題になり、その後デモ集『Notes From The Archive: Recordings 2011–2016』(2020年)の発表もしていますが、あまり目立った活動は見られませんでしたね。2022年に入って、突如〈マギー・ロジャースのシーズン2が始まる前に、シーズン1に追いつくためのミックステープ〉として、テーマ別のミックステープを3作発表。今回の新曲で、完全復活しました」

天野「マギーは、神学校のハーバード・ディヴィニティ・スクールに通っていて、昨年9月に卒業したのだそうです。学業があったから、あまり音楽活動が活発じゃなかったのでしょうね。今回、ついにセカンドアルバム『Surrender』が7月29日(金)にリリースされることが発表されましたが、それ以前からInstagramでティーザー的にポストされていた写真の感じに、ただならぬものを感じていたんです。髪が短くなっていましたし、イメージが変わっていて。その感じは、この“That’s Where I Am”にしっかり表れていると思います。歌声が深みを増していますし、〈起きる理由を見つけた/カップの中のコーヒー/新しい一日を始める〉という冒頭のラインは、マギーの再起を語っているかのよう。複雑な恋愛関係を歌いながら、〈あなたがどこに行こうとも、それが私の居場所〉と歌い上げるところにも、強い信念を感じさせます。マギー本人とキッド・ハープーン(Kid Harpoon)によるプロダクションも、力強いですね。新作がとても楽しみです」

 

Empress Of “Save Me”

天野「LA出身のロレリー・ロドリゲス(Lorely Rodriguez)によるソロプロジェクト、エンプレス・オブは〈PSN〉常連のアーティスト。2020年の傑作『I’m Your Empress Of』以降も、彼女はジム・E・スタックなど多くの音楽家の楽曲に客演していましたが、自身の楽曲としては昨年の“One Breath”以来ではないかと思います。彼女ならではのダンサブルなポップサウンドに、今回は生のストリングスが加わって、力強い楽曲に仕上がっていますね」

田中「パーカッションも随所で効果的に使われていて、とてもドラマティックなアレンジです。作曲とプロデュースには、これまでも彼女と共作しているBJ・バートン(BJ Burton)の名前があります。彼はボン・イヴェールからエミネムまでを手掛ける近年の売れっ子ですね。ロドリゲスはこの曲を〈わたしが書いたもののなかでもっとセクシーな曲のひとつ〉と説明していますが、確かに〈ベイビー、私が必要なら/夜に部屋の奥に連れていって〉というリリックはかなり直接的です……」

 

Pusha T feat. Jay-Z & Pharrell Williams “Neck & Wristño”

田中先日〈PSN〉で紹介した“Diet Coke”に続いて、プッシャ・Tが新曲“Neck & Wrist”をリリースしました。この2曲は、新作『It’s Almost Dry』からのシングルとされています

天野「カニエ・ウェストと88・キーズがプロデュースした“Diet Coke”には痺れましたが、この“Neck & Wrist”もすごい。なんと、プロデューサーはファレル。あやしくうねるシンセサイザー、太いサブベース、ボイスサンプルの多用などが、ドープなムードを生んでいますね。ファレルは、がっつり歌ってもいます。ちなみに、キング・プッシュのラップについては、50セント“Window Shopper”(2005年)のフロウを意識していると言われています。〈首と腕は嘘をつかない〉という曲名は直訳すると意味がわかりませんが、つまり、ラッパーが持つネックレスと腕時計がリッチさを物語っている、ということでしょう。さらに、フィーチャーされているのがジェイ・Zというのもまたすごい。〈『(ノトーリアス・)B.I.G.が生きていたら、ホヴはいまのポジションにいない』なんて言うやつらがいるが/ホヴはいつだってホヴだ〉というラインが、彼の自信とパワーを表しています。プッシュの新作、めちゃくちゃ期待しています」