(左から)藤井武、平野暁臣

2018年10月にスタートし、〈日本ジャズの新たなプラットフォーム〉を標榜しながら独自の美学を貫いてきたDays of Delight(以下、DoD)。大ベテランから新進気鋭の演奏家まで多岐にわたるラインナップによる優れた作品を届けてきたレーベルが、設立から7周年を迎える。2025年10月23日(木)にリリースされるコンピレーション『Spirit of “Days of Delight” vol.5』で通算59作に至り、その歴史は早くも厚みをもってきた。

今回はそんなDoDの7周年を記念して、DoDの平野暁臣と、1970年創立の伝説的レーベルThree Blind Mice(以下、TBM)の藤井武の対談を特別にお届けしよう。時代も世代も異なるなかで深い友情を育んできた両者、オーナープロデューサーとして芯の部分で共鳴し合う二人。彼らの2時間以上に及んだ対話をぜひ堪能してほしい。

VARIOUS ARTISTS 『Spirit of “Days of Delight” vol.5』 Days of Delight(2025)

 

時代を超えて出会った〈同じ考え〉の二人

――お二人はどのようにして出会ったのでしょうか?

平野暁臣「ある日突然、藤井さんから〈スリー・ブラインド・マイスの藤井です〉と事務所に電話が掛かってきたんです。頭が真っ白になりました。なにしろ藤井さんはぼくにとって半世紀前から憧れていた〈天井人〉ですからね。もはや〈神話の登場人物〉に近い存在なんです(笑)。だから〈すげー、『藤井武』がしゃべってる!〉って」

藤井武「(笑)」

平野「〈一度あなたとお話したい〉と言っていただいて、何度かお会いするうちに親しくお付き合いさせていただくようになりました」

藤井「ウェブマガジンのARBANで平野さんのインタビュー記事を読んだんです。〈えっ、今どきこの時代にこんな人がいるの!? 考えていることがぼくと同じじゃないか〉と嬉しくなっちゃってね(笑)。ぜひ直接会って話してみたかったし、ぼくで役に立つことがあれば応援したいと思ったんです」

平野「TBMの理念やその奥にある藤井さんの思想についてお聞きしているうちにわかったのは、ぼくの思い描いていたイメージがズレていなかったということ。レーベルを始めるときに目標にしたTBMのメカニズムや藤井さんの人物像がイメージどおりだったことを知って、とても嬉しかったし、自信になりました」

――2022年にTBMの秘蔵音源だった日野元彦さんと鈴木勲さんのライブ録音が、Days of Delightから『Flying Clouds』『Blue Road』としてリリースされました。あれは、お二人の友情から実現したプロジェクトなのでしょうか?

平野「藤井さんと雑談しているうちに〈そういえば、こういうのがあるんだ〉と見せていただいたのが、お蔵入り音源のリストだったんです。いろんな理由で埋もれてしまった音源なのですが、いうまでもなくお宝ばかり。かたやトコさん(日野元彦)の名盤『流氷』(1976年)の頃のライブ音源だし、かたやオマさん(鈴木勲)の……」

藤井「『オランウータン』(1975年)の頃のライブ録音ね」

平野「TBMの音源だから、演奏が素晴らしいのは疑いないけれど、2インチのアナログテープ、それも半世紀の間眠っていたものなので、聴くことさえままならない。そこで〈窯焼き〉と言われる熱処理をして、デジタル化して……という工程を経て、やっとラフミックスを聴いたところ、やっぱりすごい演奏なんですよ。〈これは絶対に残さなきゃダメだ〉との思いから、〈ぜひリリースさせてください〉とお願いしました」

 

〈ナチュラルだけど強い〉TBM独自の音の作り方

平野「さらに、どうせやるなら〈本物〉 じゃないとダメだ、TBMの質感に仕上げなきゃいけない、と考えて、TBMの音作りの番人というべき神成(芳彦)さんにわざわざお越しいただいて、藤井さんと三人でトラックダウンを行ったんです。神成さんと藤井さんのやりとりを間近に見せてもらって、とても勉強になりました」

藤井「たいしたことはやってないよ(笑)」

平野「お互いを知り尽くしているから、細かい指示や確認をするわけではないけど、どちらかが気になったことを口にした途端に、微妙なニュアンスを含めて言いたいことがぜんぶわかっちゃうんですよ。もちろん、ぼくは置いてけぼりです(笑)。月並みな表現だけど、プロデューサーとエンジニアが、アイデアをフェアにぶつけ合いながら、阿吽の呼吸でまとめていくんです」

藤井「〈クルマの両輪〉みたいなものだからね」

平野「当然ながら、ミュージシャンの出音がそのまま音源になるわけじゃありません。お二人を見ていて、音源をリスナーに届ける状態に仕上げる責任はプロデューサーとエンジニアにあるのだ、という〈当たり前〉を再認識させられました。TBM作品は、ミュージシャン、プロデューサー、エンジニアの三者が対等・フェアな関係のなかで共作したものなんですよね」

藤井「目指しているのは、まさにそういうことです。TBMの音は〈ナチュラルだけど強い〉でしょう?」

平野「ほんとにそうですね。〈熱量〉と〈解像度〉が高い水準でバランスしている。高純度なのに生々しいというか、高密度なのにみずみずしいというか……。当時の規範だったルディ・ヴァン・ゲルダーの音とも違うし、その対極にあるECMの音とも違います」

藤井「ルディはソロのオーダーに応じて楽器の音量を細かく調整するんだけど、ぼくはそうしなかった。基本ポリシーはシンプルで、その場で聞こえている音をそのまま記録すること。プレイヤーをブースに入れることさえしていませんからね。ボーカル&オーケストラのときだって、カラオケなしで〈せーの!〉で録ってます。それが出来なきゃ一流の歌手とは認めません」

平野「おお、カッコいい!」

藤井「平野さんだって、岡本太郎のアトリエで録るときはそうでしょう?」

平野「はい。パンチイン(音源の部分修正)もオーバーダブ(多重録音)も一切ナシの〈一発録り〉で、事実上の〈ライブレコーディング〉です。特別な空間だから、現場の空気をありのままにキャプチャーしたくて……」

 

世界のあらゆる音楽のなかで最先端を行っているのは現代日本のジャズ

――藤井さんは、Days of Delightの近作をどういうふうに聴いていらっしゃるのでしょうか?

藤井「これを一部差し上げましょう。この1年ほどの間にぼくが聴いたジャズ作品のトップ5、その次に一昨年からそれ以前のおおよそ7年間で面白かった作品を発売順でリストアップしています。

まずね、世界中のあらゆるジャンルの音楽のなかで最先端を行っているのは現代日本のジャズだと、ぼくは考えているんです。そのなかでも、ビートとインプロを中心に構成されているステージ。これがもっとも面白い。藤井郷子の『ドリーム・ア・ドリーム』も〈ここは譜面どおりに演奏しているな〉と思うところはあるんだけど、どこまでが譜面で、どこからがインタープレイで、どこまでがインプロなのかわからない部分がスリリングで、ついつい聴き惚れちゃうんですね」

――なるほど。

藤井「平野さんのDoDも、今年で設立7周年だそうですね。半世紀前とは違い、今や世界の現代ジャズを牽引するレーベルのひとつですよ」

平野「光栄です。ありがとうございます!」

コンピレーションアルバム『Spirit of “Days of Delight” vol.5』トレーラー動画

藤井「1977年、TBMがちょうど7周年のときは一世一代の奮発をして、ぼくがバンマスで八人編成のTee & Companyというグループを作って全国ツアーと3枚のLPをリリースしました。それも決めるところは決めてあるけど、自由に絡んでいい、という演奏の仕方でした。そういう方向性は、昔から全然変わっていない。

それと、先日見つけたのが森剣治の1974年のライブ盤。これはアルトサックスのソロで一発勝負、17分弱吹き切っちゃった完全にフリーの作品です。ぼくはそういうのばっかり好きなんだけど、タワーレコードさんみたいに大きな商売をしているお店にはあんまり好まれないかもしれません(笑)。インプロでどこまで行けるかの一発勝負みたいな作品は、はっきり言って商売には向いていない。

でもね、最近アメリカのジャズの有名どころの新譜を何枚か聴いたけど、最後まで聴くに耐えないんですよ。いずれも売れ線のミュージシャンの作品でしたが、〈本当にやりたいジャズはこれなの?〉と疑問に思っちゃう。その点、DoDの新作が完成するたびに聴かせていただくと、ぼくが〈こういうことをやってほしい〉と思っていることをやってくださっている」

平野「嬉しいです! 励みになります!」

――藤井さんのご意見について平野さんはどう思われますか?

平野「同感です。なので、最近作っているものはインプロビゼーションの作品が多いんです。何が立ち現れるかわからない瞬間に立ち会って、生まれ出ずるものを耳にするスリルと歓び。二度と再現できない〈状況〉を記録し送り出すことが、作り手としてエキサイティングだし、楽しいんですよね。

それに、何といってもミュージシャン自身が面白がってくれるから、自ずと創造的な作品になる。〈こんなことをやらせてくれるところは他にありません〉と言ってくれます。ぼくとプレイヤーが手を取り合って感動するわけです」

藤井「うん(笑)。ただし、二人以上のインタープレイ中心のインプロ作品は面白いんですが、ソロインプロは練習の延長になる危険があるので気をつけたいですね」

平野「はい、肝に銘じます」

 

ビジネス最優先のメジャーと異なるマイナーレーベルの志

平野「いずれにせよ、インプロ中心の作品はセールス面では厳しいです。でも、だからこそぼくたちマイナーレーベルの仕事なのだ、と考えています。メジャーレーベルは売れるものしかやらないし、やれませんからね。〈売れるかどうか〉を最上位に置いて意思決定するメジャーと、オーナープロデューサー個人の欲望やビジョンを羅針盤に進むマイナーレーベルの違いは、端的に言えばそこだけです。それこそがマイナーレーベルの駆動原理であり矜持なのだとぼくは思います。藤井さんがTBMをはじめようと思ったきっかけも、この〈マイナーレーベル問題〉だったんですよね?」

藤井「そう。高3のときに、ふと〈なぜ日本のジャズにはオレが聴きたいものがないんだろう?〉と思ったんですよ。実際、聴くべきものはアメリカにしかなかった。調べてみると、自分が聴いているものの多くは〈マイナーレーベル〉というものから出ていて、そこではオーナープロデューサーが思うままに運営している。もしマイナーレーベルがなかったら、ジャズの名演はほとんど残っていないのだと」

平野「たしかにそうですね」

藤井「チャーリー・パーカーでさえ、メジャーから出たのはマイナーで評価が定まったあとだからね。マイナーレーベルは、オーナープロデューサーの選球眼と音楽観を世に問うとともに、すぐれた才能を発掘し世の中に送り出す装置みたいなもの。さっき君が言ったとおり、メジャーとは志が違う」

平野「〈エンジェル投資家〉みたいなもの?」

藤井「そうそう(笑)。高3でそれに気づいたときに、もし30歳になっても日本に志のあるマイナーレーベルが出来ていなかったら、そのときはオレがやろう。失敗してもいいから必ず挑戦する。そう決心したんです」

平野「で、結局29歳でTBMを立ち上げることになったわけですね。メジャーとは異なる理念と原理を持つ日本ジャズのためのレーベルを起動させた」

藤井「そうです。例えば、日野(皓正)くんの『ハイノロジー』(1969年)みたいな売れる作品は、大手はすぐやるのよ。でも日野くんがドイツへ遠征する前のリサイタルを録ろうとしても、引き受けてくれる大手はいない。フリーはダメ、商売にならないってね。それでぼくのところに相談に来て、〈思い切った演奏ができる自信があるならやろう〉と言ったんです」

平野「あの『ライヴ!』(1973年)は間違いなく名盤です。あんな作品、今となっては二度と作れないかもしれない。藤井さんが残してくれていなかったら、あの名演は存在さえ知られぬまま闇に消えていました。もしTBMがなかったら、あの時代の日本ジャズの水準があれほどの高みにあったことを証明する手立てがない」

 

ジャズは録音以外で後世に伝えられない芸術

藤井「いずれにしても、ぼくはいつも〈ジャズの3つの要素を忘れなけりゃ良いジャズを逃すことはない〉と言っているんです。1つはライブを聴くこと。2つ目はインプロ。インプロビゼーションと対峙して真剣に聴くこと。最後は〈シャリコマ〉、すなわちコマーシャリズムは排除すべきということ。70年代のフュージョンから始まって今に至るグローバル化したジャズは、ことごとくシャリコマですよ」

平野「ライブもインプロも、瞬間に消えてしまうものだからこそ、かけがえのないものなのだと」

藤井「そう。他の芸術は、例えばジャズ以外の音楽だったら譜面に残すことができるし、絵画であれば原画が残る。小説や詩、俳句だって、捨てない限りオリジナルが残ります。だけど、困ったことにジャズはそれができない。仮に15分を超えるものすごいアドリブをすべて採譜してそのまま演奏したところで、誰もそれをジャズとは認めない。ジャズというのは、そういうものなんですよ。録音以外の方法で後世に伝えることができない。レコードとして残さなければ、地球の反対側にいるジャズファンに聴いてもらうことはできません。だからTBMを始めたんです。

例えばさっき言った16分を超える森剣治のソロだって、もう51年経っています。51年前にあんなすごいことをやっていた人間がいるということは、レコードに残さない限り後の世に伝えられませんからね」

平野「よくわかります」

 

〈大人のジャズ〉は多くのファンに届き、子供たちも育てる

藤井「ここで、ちょっと気分転換にレコードを聴きましょうか」

平野「アレ?  TBMはほとんど知っているはずだけど、これは見たことないなあ。なんですか?」

藤井「今お話しした森剣治のソロです(森剣治&市川秀男トリオ『ソロ&トリオ』、1974年)」

平野「初めて見ました。レコード屋でも見たことないです」

藤井「復刻もCD化もされてなかったからね」

平野「めちゃくちゃ良いですね」

藤井「このときに録音しておいたから、51年後の今、〈こういうことをやっていた奴がいたんだ〉とわかる。残しておかなきゃ、その場で空に消えていっちゃうわけだから。盤として残しておくことの意味だよね」

平野「それにしてもすごいなコレ。A面全部がアルト1本のインプロです。売るのはしんどかったでしょう?」

藤井「でも、こういうものこそ残さないとね。まあもっとも、この手のとんがった作品ばかり作っていたら、商売は3年と続かないだろうということくらいはわかっていました(笑)。だから、アルバムを10枚作るうちの7枚は〈大人のジャズ〉をやって、3枚は一歩でも半歩でも先のジャズを探求しているミュージシャンを起用しよう、と決めたんです」

平野「〈大人のジャズ〉というのは、多くのジャズファンに受け入れられる〈楽しいジャズ〉みたいなことですよね?」

藤井「そう。TBMでいえば、代表的なのは山本剛やボーカルものです。スウィングする楽しい時間を提供してくれるからじっくり聴いても価値があるし、酒のつまみに流しても邪魔にならない。

そんな7枚がそれなりに売れてくれれば、経営上助かるだけでなく、それを聴いていたお父さん・お母さんの息子や娘が自然とジャズを耳にするようになる。結果、小さい頃からジャズを聴いて育った子たちが、どんどんジャズの世界に来てくれる」

平野「ああ、なるほど。たしかにそうですね。でも、ぼくにはまだ難しい。TBMの作品は繰り返し再版され、大ベストセラーを生み、何世代にもわたって聴き継がれています。それがブランドの価値と意義を証明している。

藤井さんの言う〈大人のジャズ〉は、乱暴に言い換えれば〈売れるジャズ〉ですよね。それを原資に実験や冒険を前に進める。じつに戦略的・実効的な運営思想です。でも、ぼくはまだ、そこまで俯瞰的に見ることができなくて、全部を同じテーブルの上で見ている。大ヒット作を生み出した経験もないし、そんな力もありません」

藤井「いやいや、そんなことはないよ。例えば(平倉)初音ちゃんの『Moon and Venus』は〈大人のジャズ〉です。タイトル曲も良いけど、“Days of Delight”って最後の曲なんか、長年ジャズを聴いてきた人ならニヤッとする瞬間がたくさんあって楽しいし、特に最後のテーマの前の短いカデンツァではおいしいことだけをやっていて、〈ああ、わかってるな、この子は〉って嬉しくなる」

 

〈結果的に〉ヒットしたTBMの名盤の数々

平野「TBMで一番売れたのは、山本剛『ミスティ』(1974年)と鈴木勲『ブローアップ』(1973年)だと聞いていますが、最初から売れると思っていました?」

藤井「いや、同じ山本剛の『ミッドナイト・シュガー』(1974年)が売れたので、〈そんなに評判が良いなら〉と続けて作ったのが『ミスティ』です。今度はオリジナルのブルースを10何分も延々とやるんじゃなくて、みんなが知っているスタンダードを細かく刻んで入れよう。その方が一般には聴きやすいし、ラジオでオンエアもされやすいだろう、みたいなことを考えて、6~7分以内の曲で作ってみたってだけで」

平野「ということは、『ミスティ』にしても他のタイトルにしても、売れたのは〈結果的に〉ということですか?」

藤井「そうですよ。『ミスティ』を出した年に一回は追加プレスしているから5,000枚ぐらいは出荷していると思うけど、それ以上じゃありません。翌年に録音賞をとったりして(1974年度スイングジャーナル ジャズ・ディスク大賞の優秀録音賞を受賞)、追加プレス、また追加プレスと重ねて、30数年かかって15万枚の大台を超えたんです。いまはもう20万枚を超えてると思うけどね。年に数千枚ずつコンスタントに積み上げた結果です」

平野「そうか。多くのジャズファンに聴いてもらえるように、とは考えたけど、どうすれば売れるかわかっていたわけではないと。つまりは〈自分が良いと思う作品を出すだけ〉という基本部分は同じなんですね」

藤井「もちろん。『ブローアップ』だってそうですよ。賞を取るまでは(1973年度スイングジャーナル ジャズ・ディスク大賞 日本ジャズ賞を受賞)、他の新譜と同じぐらいしか出荷されなかった。でも賞を取って、牧(芳雄)先生の評がものすごくインパクトがあったから、みんな〈聴いてみたい〉と思って売れたんですよね」

平野「でも、やっぱりすごいなあ。今のアメリカの新譜のように、売れる要素を組み合わせるマーケティング製法とは違って、自分が好きなものを作っていたら売れちゃったってことですからね」

藤井「レコード業界の現状を見れば、ユニバーサル、ソニー、ワーナーの三大メーカー以外は生き残るのは難しいし、配信やサブスクで安価に音楽を楽しむ層に向いている音楽じゃないことは確かです。

まあでも、難しく考えることはないよ。考えてもしょうがないしね。シンプルな話で、平野さんの心に響いて、〈コレをやりたい! やるべきだ!〉と思ったものだけをやっていればいいんですよ」

平野「ぼくだって〈売れなくていい〉と考えているわけではないんです。そもそも多くの人に聴いてもらいたくて作品を作っているわけですからね。とはいえ〈売れるから作ろう〉〈売れるものを作ろう〉という考えはありません。ぼくが聴きたいもの、良いと思うもの、プレイヤーがやりたいこと、それを拠り所に作品を作っているだけで……」

藤井「それでいいんですよ。だってそれ以外にやりようがないでしょ? 〈こうしたら売れるかも〉なんて考えるのは、その時点で〈シャリコマ〉なんだから。それをやったら、どんどんジャズから離れていくわけだからね」

 

プレイヤーを選ぶ基準は生演奏を聴いて〈ジャズセンサー〉が振れるかどうか

――お二人がオーナープロデューサーとして作品を制作することを決めるに至る過程は、どのようなものなんですか?

平野「ぼくがプレイヤーを選ぶ基準はいたってシンプルで、ライブで生演奏を聴いて体内の〈ジャズセンサー〉が振れるかどうか。一目惚れしたプレイヤーにはその場でレコーディングをオファーする。それだけです。なにしろDoDには企画会議も稟議書もありませんから(笑)」

藤井「まったく同じですよ。〈誰をやるか〉〈どんな内容にするか〉については100%ぼくが一人で決めていました。制作に関することはワンマンじゃないとダメなんだ」

平野「あの時代にデビューして最前線に出ていったプレイヤーって、ほとんどTBMが発掘して世の中に送り出していますよね。名声も実績も持たないミュージシャンを使って、あれほどたくさんの名盤を生み出した。単純にすごいことだし、とても真似できません」

藤井「例えば最初、売れない時代に2年間で8枚作ったんだけど、そのうちの4枚に峰厚介くんが参加しています。それはもちろん、ぼくが彼に惚れ込んでいたから。そういうことはしていましたね」

 

レーベルのブランドイメージは〈匂い〉のようなもの

――まだ実績がない若いプレイヤーを世に送り出すことも、マイナーレーベルの使命なのではないかと思うのですが。

藤井「そのとおりです。だから、DoDには〈日本のジャズのプラットフォーム〉ではなく、〈世界のジャズのプラットフォーム〉を目指してほしいと思っているんです」

平野「ありがとうございます。もちろん、すぐれた若いミュージシャンを世の中に送り出す発射台でありたいと考えています。そして、そのためにはレーベルへの信頼が不可欠です。たとえプレイヤー本人を知らなくとも、〈このレーベルから出ているなら間違いないだろう。騙されたと思って買ってみよう〉という状況を作れたら、可能性が大きく広がるからです。

ただし、そうなるためにはカタログの〈厚み〉が必要になる。5枚や10枚出したところでそうはなりませんからね。早く100タイトルまでいかないと。ただし、1枚でもひどい作品が混ざったらそこで終わりだから、拙速はまずいけれど」

藤井「ブランディングだね」

平野「TBMにはそれがある。独特のテイストを持つジャケットとネズミのロゴを見たら、ジャズファンは安心するし期待します。ぼくから見ると、あの強烈な信頼感とロイヤリティは絶望的なほど遠い道のりです」

藤井「そんなことはないよ(笑)」

平野「なにしろ金では買えないものですからね。そこが藤井さんとTBMのいちばんすごいところだと思います。到底追いつけません」

藤井「いや、平野さんにはもう追い越されてると思うよ(笑)。だって、ビート感とインプロ中心の世界最先端のジャズを録っているんだから」

平野「とんでもないです(笑)。でもそう言っていただけて、すごく嬉しいです。TBMのように世代を超えて聴き継がれるレーベルになれるといいんですが……」

藤井「TBMは、2005年10月にソニーミュージックに版権を譲渡して、ソニーやディスクユニオンからもリリースされていましたが、2024年からソニー・ミュージックレーベルズからTBM〈プレミアム復刻コレクション〉として、限定アナログ盤とSACDハイブリッド盤がリリースされはじめ、タワーさんや各通販でも好評を頂いています」

――レーベルのアイデンティティやブランドというものは、どういう部分で作られていくものなのでしょうか?

平野「ブランドイメージって抽象的かつ総体的な〈匂い〉みたいなものですよね。日本のジャズレーベルにおいて最初にそれを確立したのは間違いなく藤井さんでしょう。TBMは、演奏内容だけでなく、録音の品質やジャケットデザインを含めて、トータルにクオリティコントロールを行った最初のレーベルです。〈演奏水準〉〈音の質感〉〈アートワーク〉が一体になってレーベルの理念と思想を体現しようとした。先行する米ブルーノートが発明したこの〈三位一体システム〉を、藤井さんは日本的なやり方できっちり受け継いだ。それこそが数十年にわたってTBMが日本ジャズの頂点に君臨している所以だと思います。ぼくはこの気概を受け継ぎたいし、そんなことを考えているジャズレーベルはDoDだけだという自負もあります」

藤井「いやあ、どうもありがとう。そう言ってもらえて、2014年に破産するまで歯を食いしばってやった甲斐があったな(笑)」

 

本当のジャズファンを増やすこと、すぐれた演奏を音盤に刻むこと

――最後に、マイナーレーベルの使命についてお伺いさせてください。

藤井「本当のジャズファンを増やすこと。それに尽きると思います。例えば、MINTON HOUSEという横浜の古いジャズ喫茶があるのですが、そこで4月に〈three blind mice Fan Club〉というイベントをやったんです。ミントンの創業50周年も記念したイベントで、ミントンが持っているTBM作品のなかから先ほどの森剣治のソロなどを聴かせました。終わってから30代半ばぐらいの女性が、〈森さんのソロがいちばん痺れました〉とおっしゃったんですね。ぼく、びっくりしちゃって。こうやって本物を聴いた人が本当のジャズファンになっていくんだな、と思いました。

だから、〈こうした方が売れそうだな〉と考えて作品を作っていたんじゃダメなんですよ。本物をドカンとぶつけたら、何人かは必ず食いついてくる。それで痺れたら、本物のジャズファンになってくれる。本当のジャズファンが増える以外にCDやLPの売上が上がることはないんですから」

平野「その女性は、きっと本物のジャズファンになったでしょうね。そうか……。牛歩のようなものかもしれないけど、そうやって王道をまっすぐ進む以外に道はないんですね」

藤井「つまり、〈居間にステレオ〉をもういっぺん提唱するべきなんです。タワーさんの〈NO MUSIC, NO LIFE.〉ですね。家庭で流れていたジャズと出会ってジャズを聴いて育った子は、たぶんジャズ好きになる。クラシックを習わせられていた子が何かのきっかけでジャズを聴いて、〈こんなに自由に弾けるんだ〉と面白がったら、あっという間にジャズファンになるわけでしょ? だから、やっぱり本物のジャズ、スウィングする良いジャズを聴かせてあげるのがいちばんなんですよ。入門用の作品なんてないんだ。そのアーティストの最高傑作が入門編なんです」

平野「〈初心者向けにわかりやすい作品を作りました〉なんて舐めたことをしたら、すぐに見透かされますもんね。ドーンと瞬間的に売れて終わりではない本物のジャズを作ることによって、それを聴いた子どもたちがジャズ文化を継承してくれるようになる。我々マイナーレーベルの仕事は、次の時代を見据えながら細い線を繋いでいくように地道に作ることなんですね」

藤井「そう。中島みゆきじゃないけど、〈糸〉なんですよ(笑)。そういえば、先日映画『国宝』を観ましたが、『曽根崎心中』のお初の演技とか、『鷺娘』の踊りなど歌舞伎の舞台の本物のすごさに感動したファンが増えたと思いますよ」

平野「同じような意味で、ぼくはフィジカルにこだわっています。今どきCDを売ろうなんて馬鹿じゃないかと言われるけれど、ぼくは最後までフィジカルを出し続けたい。

ぼくは、CDやLPは本と同じだと考えているんです。書籍という形になったものは、100年経っても必ず残ります。少なくとも国会図書館に行けば絶対に読める。それと同じで、フィジカルになっていれば、プレイヤーが死んだ後も半永久的に残るんです。でも、配信やサブスクという〈データ〉が100年後にどうなっているかはまったくわからない。

先ほど藤井さんもおっしゃっていたけれど、すぐれた演奏を記録し、物理的なメディアに刻印して次の時代に伝える。それこそがマイナーレーベルの使命だとぼくは考えます。〈もしTBMがなかったら〉を想像してみてください。日本のジャズ史に致命的で回復不能な穴が開いていました」

――連綿と続くジャズの歴史への奉仕や貢献、ということですね。よくわかりました。本日はありがとうございました。

 


RELEASE INFORMATION

VARIOUS ARTISTS 『Spirit of “Days of Delight” vol.5』 Days of Delight(2025)

リリース日:2025年10月23日(木)
品番:DOD-057
価格:2,750円(税込)

TRACKLIST
1. Crouching Start/池本茂貴
  池本茂貴 tb/西口明宏 ts/武本和大 p/中林薫平 b/小田桐和寛 ds

2. Tides of Blue/栗林すみれ+藤本一馬+須川崇志
  栗林すみれ p/藤本一馬 g/須川崇志 b

3. Footprints/山口真文+片倉真由子
  山口真文 ts/片倉真由子 p

4. Taste of Tears/池田篤
  池田篤 as/吉田桂一 p/上村信 b

5. PNJ/武本和大+平倉初音
  武本和大 p/平倉初音 p   

6. Rapport_ part XII/高橋佑成
  高橋佑成 p

7. Fauvisme_ part VIII/鬼怒無月
  鬼怒無月 g

 

LIVE INFORMATION
“Days of Delight All Stars 2025” Special Live at Body & Soul

2025年12月10日(水)& 11日(木)東京・渋谷 Body & Soul
開場/開演:18:30/19:30(予定)

■出演
Days of Delight All Stars 2025
広瀬未来:tp
西口明宏:ts, ss
池本茂貴:tb
荻原亮:g
武本和大:p
井上陽介:b
小田桐和寛:ds

■演奏予定楽曲
・Cool Struttin’(Sonny Clark)
・Goodbye Pork Pie Hat(Charles Mingus)
・Lotus Blossom(Kenny Dorham)
・Pinocchio(Wayne Shorter)
・Cantaloupe Island(Herbie Hancock)
・Sugar(Stanley Turrentine)
・流氷(日野元彦)
...and more!

■会場
東京・渋谷 Body & Soul

住所:渋谷区宇田川町2-1 渋谷ホームズ B-15
TEL:03-6455-0088

※詳しくはBody & Soulの公式サイトで
https://bodyandsoul.co.jp/

 

公式サイト:https://www.dod-jp.com/
YouTube:https://www.youtube.com/@daysofdelight6986/videos