©Simon Fowler

1本の木から生まれた〈双子のギター〉による、新たな息吹を感じさせる“ゴルトベルク変奏曲”

 ありとあらゆる楽器で演奏されているバッハの“ゴルトベルク変奏曲”。2台のギター版による演奏といっても、今や珍しいとはいえないかもしれない。

 ギター奏者がこうした曲を弾く場合、楽器の性質に寄り添った演奏になりがちだ。たとえば、ギターならではの指遣いによる独特な旋律の歌わせ方。もちろん、それはギター版でしか聴けない魅力でもある。

THIBAUT GARCIA, ANTOINE MORINIÈRE 『バッハ:2台ギターによるゴルトベルク変奏曲』 ワーナー(2025)

 しかし、このティボー・ガルシアとアントワーヌ・モリニエールによる演奏は、そんな〈ギターらしさ〉をことさら強調しない。とはいっても、リュート・ストップを使ったチェンバロで弾いたような音楽に落ち着いているわけでもない。ギターならではの柔らかで敏感な響きを存分に生かしつつ、さらに自由闊達に旋律を歌わせたバッハなのだ。

 アンサンブルもすばらしい。これほどの高い技術をもつギタリストならば、お互いに個性を発揮し、丁々発止の演奏でも十分に面白いバッハを奏でることができる。しかし、彼らには、そういった掛け合いよりも、バッハの対位的な表現を綿密に描こうという意図がうかがえる。

 カノンやフーガでは、一つの楽器で弾いたように、しかし音色を微細に変化させることで、立体感のあるサウンドを作り出す。バランスよく溶け合った和音を響かせ、あるいは第14変奏のように速いパッセージでも旋律が一つ続きになるように、2人のギタリストのアンサンブルはじつに精密だ。

 アリアや第13変奏での、滑らかなフレージング、第25変奏後半で弱音を効かせて炎がゆらぐような表現。また、拍子が違う2つの声部がねっとり絡み合う第26変奏や、第29変奏での奔流となって進む一体感もじつにいい。

 このアルバム制作にあたって、彼らは一本の木から作られた〈双子〉のギターを使用した。また、フランスの修道院で修道士の生活も体験をしたという。それらが演奏に直接的な効果をもたらしたのかはわからない。ただ、そのようなことを行うことで彼らが突き詰めようとした音楽の方向性は、その演奏からはっきりと伝わってきたのだった。