家主の最新作であるEP『NORM』が通常盤CDと初回限定盤CD+ライブBlu-ray Discの2形態でリリースされている。本作を受けて、Mikikiは編集者/ライターの荒野政寿による田中ヤコブ(ボーカル/ギター)へのインタビューを実施した。田中のニューソロアルバム『にほひがそこに』の話題や音楽談義も交えつつ、彼の音楽観や歌詞世界の深層に迫るインタビューをお届けしよう。


 

自分を大きくも小さくも見せない、普通のことをただ普通にやる

――よく聞かれることだと思いますが、家主用の曲とソロ用の曲はどうやって分けているのでしょう?

「明確にあるのは、ピアノや多重コーラスが多く入る曲はソロにいきがちということです。バンドでやる曲は、バンド単位でできるもの、ライブで再現性があるものを選んでいます。もともと無意識で作っていたんですけど、最近は多少意識的になってきました」

――家主のレコーディングは、オーバーダブやポストプロダクションはしない方ですか?

「そこは今日の話に関わってくるんですけど、1st、2ndアルバム(『生活の礎』『DOOM』)までは色々と制約や経験不足もあり、ポストプロダクションをやることを前提に録音していました。でも、3rd(『石のような自由』)と今回出したEPで〈ポストプロダクションをやめよう〉という作り方になっていったんです」

家主 『NORM』 NEWFOLK(2025)

――何かきっかけがあったんですか?

「2ndアルバム『DOOM』のポストプロダクションが思ったよりハマらなかったんです。たとえば、〈ドラムやギターの音をもっと激しくしたい、汚したい〉となった時、ポストプロダクションでやるとわざとらしさが出るというか、しょぼさを感じてしまって。

3rdを録る時にそれをやめて、アンプやドラムなど生楽器や機材を選ぶところから始めたんです。そのやり方を一個進めた形で定着させたい、という気持ちで今回のEPを作りました」

――家主のライブは見るたびにスケールアップしていると感じます。

「個人的にはライブをやりはじめた頃とあまり変わらないのですが、レコーディングに合わせて機材がアップデートされ、やりたい音が明確になってきていると感じます」

――僕の好みでは、録音作品とライブのギャップがない方が気持ちいいんですね。なので、今回のEPはライブのグルーヴや勢いが出ていてよかったです。

「ありがとうございます。〈バンドでの再現性〉と言いましたが、やっぱりレコーディング物(ぶつ)としてちゃんと残したいという気持ちがあって。

自分は正直、ライブ盤があまり好きじゃないんですよ。リスナーとしてスタジオ盤が好きなので、スタジオ盤にどれだけこだわれるかが大事だという気持ちがあるんです。なので、むしろ〈ライブがしょぼくなっていないか〉という懸念はあります」

――そこは世代差がありますね。僕は70年代の終わりから80年代の頭にかけてロックを聴いた世代なので、神聖なライブ盤を聴く興奮度が高かった時代に育ったんです。なので、若い人と話すと〈生で見た方がいい〉〈スタジオでやることとライブが差別化されている方がいい〉という考え方があるなと感じます。

「もちろん、好きなライブ盤もあります。ジョニー・ウィンターとかベック・ボガート&アピスとか」

――激しい演奏のやつですね。

「はい。ライブ盤はむしろ、むちゃくちゃになっているものが好きですね。あと自分自身、ライブでの再現性を求めることをやめたというか、考え方が変わってきました。ライブはライブだし、同じギターソロなんて一回も弾いたことないし、そういうのはもういいかなと。なので、ライブへ来てくださる人に音源と同じものを求められても困っちゃうんです。消去法的に〈できないことをやらない〉ということなんですが。

EPのタイトルを〈NORM=普通〉としたのも、自分を大きくも小さくも見せないというか、〈普通のことをただ普通にやる〉という意味なんですね。レコーディングについても〈あとで直そう〉じゃなくて、〈ちゃんと準備して、普通に録ろう〉というテーマでした」

 

幼少期から感じていた世間とのずれ

――では、家主のライブ盤(『INTO THE DOOM』)についてはいかがですか?

家主 『INTO THE DOOM』 NEWFOLK(2025)

「正直、恥ずかしくてあまり聴いてなくて。自分がしゃべったり歌ったりしている姿を見たくないんですよね。コロナ禍だった頃にやったライブなので、歓声が少なくて拍手の音くらいしか入っていないので、過大評価されない材料にはなっていると思います」

――どういうことですか(笑)?

「めちゃくちゃ歓声が入っていたら、〈この人たちはすごく人気なんだ〉って演出されちゃうじゃないですか。演奏が終わって〈パチパチパチ〉ぐらいの方が自分たちらしいというか、適正な評価だと感じるんですね」

――それは美学としか言いようがないですね。ヤコブさんのルーツはこれまでのインタビューでも語られていて、必然的に音楽的な語彙が豊かになってしまう環境にいたんだなと思います。その中で親のレコード棚はどの程度影響がありましたか?

「9割……いや、7、8割ぐらいですかね」

――デカいですね。

「そうですね。親父がビートルズオタクで、オリジナルパワーポップみたいな音楽を生まれた頃からずっと聴かされていたので。バッド・フィンガーとかジェフ・リンのアイドル・レース、ELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)とか。日本だと大滝詠一、ムーンライダーズ、カーネーション、KAN、スピッツ……」

――カーネーションを聴いたのはお父さんの影響なんですね。

「そうです。幼稚園で友達に〈カーネーションって聴いてる?〉と聞いても、誰も聴いてなくて」

――それはそうですね(笑)。

「その頃から世間とのずれを感じていました。中学ぐらいで同級生と音楽の話をするのはやめましたね」

――お父さんはセミプロで音楽をやっていたんですか? それともプロとして活動したものの、一瞬で辞めちゃったのでしょうか?

「詳しくは知らないのですが、恐らく一瞬で辞めた感じです。妙にレベルの高い親父バンドがいる界隈、みたいな感じでした。(エリック・)クラプトンくらい上手いおっさんが親父の周りに普通にいて、〈なんでこの人はスタジオミュージシャンじゃないんだろう?〉みたいな人が全然いましたね。

高校に入った頃からさらに音楽の話題を共有できなくなって、そこからプログレとかメタルとかに向かった感じです」

 

打ち込みを好きになりたいのに、心はボンゾのドラムを求めてしまう

――ちなみに、初めてオリジナル曲を書いたのはいつ頃ですか?

「高校2、3年だと思います。人間椅子と四人囃子とブラック・サバスを足して、みたいなインストを作っていました」

――それはどういう録音環境で録っていたのでしょう?

「ZOOMの小型MTRですね。お年玉かなんかで買ったものです。他にもお金を貯めて、ビッグマフとLine 6のディレイと……」

――いきなりオリジナルの曲作りに向かったんですか?

「いえ、中学でギターを弾きはじめて、ディープ・パープルとかレッド・ツェッペリンとかクイーンとかコテコテのやつをコピーしていました。自分で歌うことは考えていなくて、ギタリストになりたかったんです」

――テクニカルなギタリストになりたかったんですよね。

「そうです。本当はスラッシュメタルをやりたかったので」

――そこは聞きたかったんですよね。70sのパワーポップが好きでありながら、メタルに関してはスラッシュという。

「人間椅子を好きになって、そこからメタリカや筋肉少女帯もすごく好きになりました。ダイムバッグ・ダレルがやっていたダメージプランとかザック・ワイルドとか、ブルースを感じる泥臭いものが好きだったんだと思います。

イングヴェイ(・マルムスティーン)とかはあまり好みじゃなくて、ポール・ギルバートとかもコピーしたことはありましたが、自分の限界を感じちゃって。速すぎるというか、ちょっと〈スピード違反〉な感じで(笑)、まさについていけなかったんですね。今でも全然聴きますけど」

――(笑)。あれはほぼアスリートの世界ですからね。

「そういうオリンピック的な音楽も吸収はしたんですけど、それと並列ではっぴいえんどとかも聴いていたので、大学に入ってから〈こういう音楽を聴いている人はこういうタイプが多いんだ……〉というような、各音楽の立ち位置を自分の生活の中でジャンル分けしていく作業がのちに行われました。その中で自分はどういうものを作りたいのかという」

――なるほど(笑)。一つのジャンルを突き詰めるのではなく、自分に紐づいて入ってきたものと一個ずつ向き合っていった感じですね。

「そうですね。自分は国で音楽を聴くことがまずなくて。〈それ、イギリスのバンド? アメリカのバンド?〉と聞かれることがありますが、〈イギリスでもアメリカでもどっちでもよくね?〉って思っちゃうんです。仮にAC/DCがオーストラリアのバンドでなくても、かっこよければどうでもいいというか」

――それよりもサウンドの共通性ってことですよね。

「そうです。アナログで録っている感じとか、録音当時の機材の共通性で聴いているかもしれません。

当時から好き嫌いがすごくあったので、2000年以降は打ち込みに対しての忌避感があって、ヒップホップとかに素直にいけなかったんですね。聴いている人ともあまり水が合わなかったですし。好きになりたい気持ちはあるのに、心はボンゾのドラムを求めてしまうというか(笑)。生きづらいです」

 

自分にあったことや思ったことじゃないと膨らませられない

――曲を作る時、ほとんどの人が曲先だと思いますが、ヤコブさんもそうですか? あるいは一緒に出てくる?

「一緒に出てくるかもしれません。まず、曲の根幹になる言葉のフレーズが音感として出てくるというか。その音感にハマるいい単語が一個あれば、〈これをテーマにAからBを作っていこうか〉みたいな。弾き語りで歌っている時にとっかかりが出てくる感じです」

――亡くなった遠藤賢司さんがよく「言音一致」と言っていたんですね。要するに、言葉と音が乖離しない純粋な音楽を求めていると。そういう詞と曲が密接になっているニュアンスをヤコブさんが作る曲から感じていました。

「それは意識します。詞と曲がちぐはぐな曲を何十曲も作ってきて、それを自覚したというか。〈言葉が入ってこない曲だ〉と、自分の曲に対してもそう思うので、そういう曲を世に出していないだけですね。選別がかなり入るのですが、最近はそもそもそういう曲を作らないです」

――昔は邦楽嫌いな洋楽好きが多くて、「邦楽の曲がいいのはわかるけど、詞がダサい」と言われることがよくありました。家主はそれをクリアできている印象で、それはなんでだろう?という興味があるんです。

「自分は、自分自身にあったことや自分自身が思ったことじゃないと言葉を膨らませられないんです。まるで『ファイナルファンタジー』みたいな物語性がある曲や、気を衒ったようなアーティスティックな表現はこっ恥ずかしくてできないというか。それよりも〈自分はこれを見てこう思った〉という即物的、体験的な歌詞しか書けないんです。そういう意味ではリアルっちゃリアルかな、とは思います。

自分が邦楽の曲を聴いて歌詞が変だなと思うのは、〈この人、言いたいことが何もなさそうだな〉と感じる時です。無理やり恋愛ソングにしていたり、適当に取ってきた英単語とかから膨らませていたり、曲がよくても中身が伴っていない歌詞だと最近は冷めちゃうんですね。なので、自分で作った曲も客観的にそう思えば捨てる、書き直すという作業を毎回しています」

 

田中ヤコブの作曲法、その根底にあるもの

――家主が注目されて、ソングライティングのクオリティが高いことにみんな気づいてきたと思います。Kaedeさん(Negicco)に“サイクルズ”という曲を書いていましたが、作曲家としてやっていきたいという気持ちはありますか?

「そういう話は全然ウェルカムなんですけど、いまのところKaedeさんからしかないですね(笑)。あと、CMソング(ビジュアルアーツ専門学校)をやったことはあります」

――“サイクルズ”を聴いて、ヤコブさんの書いたメロディを女性が歌うよさがすごくあると思ったんですよね。

「作曲家という肩書を欲しいとは特に思わないんですけど、新しいソロ作(『にほひがそこに』)で久々にそういう試みをちょうどやっています。以前出したシングルでも、自分の歌声が合わなすぎて他の人に歌ってもらったことがありました。なので、そんな感じでソロ作で実現できている部分もあります」

――なるほど。僕が強く記憶に残っているのは、仕事で京都に泊まっていた時、深夜にローソンへ焼きそばを買いに行ったら、「次は田中ヤコブで、“BIKE”です」というアナウンスとともに店内で“BIKE”が流れたんですよ。それを聴いて、涙が出るほどよくて、すごくびっくりしたんです。〈売れちゃう!〉〈山田耕作くらい才能がある〉と思いました。洋楽のヘビーリスナーでありながら、ああいった和的なメロディもご自身の引き出しの中にあるのでしょうか?

「えーと、合唱曲が好きなんです。卒業式や合唱コンクールで歌うような曲のコードワークを、小学生の頃から〈すごく美しいな〉と思って聴いていた節があって。自分で曲を作る時は、突飛でオルタナティブなコード進行やメロディより、子ども時代の自分にもわかるようなものにはしたいと思っています。そういうものが根底にあるかもしれませんね。

それと、大滝詠一さんやサザンオールスターズのような〈ジャパニーズアメリカンポップス〉もすごく好きでした。あとは、やりたくてもできなくて消去法でそうしているところもあります。例を挙げると、すごく大好きな北園みなみさんやLamp、KIRINJIの曲のような複雑なコードワークのポップスは、自分には絶対できないなと。そういう高度なポップスが好きで、寄せようと頑張ったことも学生時代にはあったのですが、自分がやるにはどうしてもパワーコードしかしっくりこなくて。根はウィーザーチルドレンなので。

それだったら、AメロやBメロのブロック単位でできることを手を変え品を変えやってみようかなと。一つのブロックの中のメロディは普通なんですが、それを組み替えるというか。料理で言えば、難しい音楽をやっている人はスパイスとかを複雑に色々入れると思うんですけど、自分の場合は細々したものを全部抜いて、カレーやカツ丼、ラーメンといった普通のものだけで構成されている感じです。だからわかりやすく聞こえるんじゃないかなと思います。理想はNRBQのようなものですね」

――作曲家によっては、〈A、B、C、D、E〉と構成要素が多すぎる曲を書く人もいますよね。逆に、たとえば奥田民生さんの曲は〈AとBとCくらいで完結〉、なんだったら〈Aだけで終わる〉という曲もある。でもヤコブさんは、どんなに盛っても構成上は〈カレーに目玉焼きを乗せる〉ぐらいのレベルで留めているように感じて。〈その上にエビフライもコロッケも全部いっちゃおう〉ということはしない印象があります。

「そういうトッピング的な要素は、作曲自体やコードワークよりもギターなどのウワモノのアレンジ面でやっていますね。3分の曲だったらその中にどれだけイカしたギターを入れられるかとか、どれだけいいコーラスを入れられるかとか。そういうところで欲が満たされてるかもしれません」

 

音楽は迎えに来てくれるものだと思っている

――それと家主とヤコブさんのアルバムやEPは、〈なぜ入っているのかわからない謎の捨て曲〉ってないですよね。そういう主義なのでしょうか?

「自分がリスナーなので、いい捨て曲と悪い捨て曲の差って聴いているとわかっちゃうじゃないですか。それこそユニコーンには、いい捨て曲(?)というか、遊び曲が多いですよね。エピソードや文脈を知らない状態で聴いた時に理解できない曲は、ハイコンテクストだと思うんです。

音楽って迎えに来てくれるものだと思っているので、リスナーが何も知らないで聴いても、その曲が聴く人を迎えに行ける要素がないものは、自分の作品に入れたくない気持ちがあります。とはいえ、迎えに来てくれる捨て曲もあるので、まあ自分には遊びというか、センスがないのかなと」

――ヤコブさんは過去のインタビューでリスナーに対して「せめてエミット・ローズやアイドル・レースを好きであってほしい」といったことをおっしゃっていましたが、そういった考えは変わってきましたか?

「本質的に、ポップネスに対して感度のいいリスナーの人口はすごく減っていると思うんです。文化が多様化して、以前よりも音楽の重要性はすごく低くなっていると思うし、他の分野に流れていっているように感じます。そのどれもが、もっとわかりやすくて、チャラくてかっこいい、みたいなものが求められているような気がします。

ただ、自分のように音楽に〈音楽〉を求めて聴いている人は少なくとも一定数はいるはずなので、そこだけに刺さってくれればいいとは思うんですね。そういう人に刺されば、仮にエミット・ローズを知らなかったとしても、聴いたら好きになるんじゃないかと思います」

――そうですね。チャンスがあれば。

「そういう良心のある入り口になれたら嬉しいなという気持ちは、おこがましくもある気がします」

――客観的に見て、家主は〈必ずいい曲を書く〉〈駄作がない〉というイメージが出来上がっていると思うんです。〈よくて当然〉という状況に対してプレッシャーを感じることはありますか?

「いえ、それはないですね。自分が聴いて〈いい〉と思わない曲は出さないので。それさえクリアしていれば、いま言った一定数の人たちにはわかる曲だと思うんです。

ただ、ここまででだいぶ曲を書いてきたので、身の周りで起こる現象で曲はできなくなっている気はします。たとえば、“BIKE”という曲はもう書いちゃったので、バイクに乗っていてもバイクの曲は書けない。どう視点を切り替えて曲を作っていくかが問題ですね。

最近は詞先になってきていて、言葉があれば曲を書けるんですけど、言葉がないところから作っちゃうと、しょうもない曲ができちゃう。ちゃんとした言葉があってから曲を作るべきなのかな、という気持ちに変わってきました」

 

〈アート〉や〈淡いもの〉への複雑な思い

――ヤコブさんは多作ですが、イップスというか、まったく何も浮かばない時期はありますか?

「いまがそうですね」

――えっ、いまですか(笑)?

「曲はライフワーク的にずっと作っているんですけど、最近生活の変化があったりして、思うように作れないなと。作れなさすぎる状況が続けば、うずうずして作りたくなってくるだろうから、〈いまはそうじゃないんだ〉ぐらいの感じで捉えています。義務でもないですし、飽きたらやめると思うので大したことではないです。今年出すソロアルバムの作業が落ち着いたので、〈次に何を作ろう?〉とコンセプトを探している感じです」

――新しいソロアルバムはどんな作品になっているんですか?

田中ヤコブ 『にほひがそこに』 NEWFOLK(2025)

「家主っちゅうものが確立されてきた中で、自分はメロディやわかりやすい歌詞といった物質的な面というか、意味性を大事にしてきたと思います。最近、そのことに対して疑問を感じはじめているんです。ただ、意味から逃げて〈アート〉になってしまうことへの嫌悪感というか、恥ずかしさもあって。自分自身、アート的なものがわからない人間なので。ちゃんと味があるもの――カレーやラーメンみたいな芸術が好きなんですね。雰囲気があれば評価されちゃう傾向がある中、正直、そういう〈淡いもの〉へのシンパシーも少なからずあります。なので、自分で〈淡いもの〉を作ったらどうなるんだろう?みたいな作品ですね。

コンセプトとして見つけたのは〈におい〉です。街を歩いていて、〈幼稚園の時に嗅いだにおいがする〉とか、子どもの頃に嗅いだことがあるにおいに出会って記憶がフラッシュバックすることってありますよね。これはプルースト効果というものだそうですが。実体があるかどうかはわからない、目に見えないけど確実にあったと言えるものを纏っている――そういうテーマです。なので、家主の作品とは音像とかがだいぶ変わっていると思います」

 

音楽理論はいらない

――なるほど。話は変わりますが、学生の頃は文系・理系のどちらでしたか?

「ゴリゴリの文系です。理系がダメすぎて、もう割り算の時点でできなかったですね」

――そうなんですね。僕がバンドをやっていた頃にぶつかった壁は、〈数学〉だったんです。音楽は文系のセンスでやれると思ったのに、実際に曲を作ったりアレンジしたりする時、〈これ、めちゃくちゃ数学じゃん。こんなはずじゃなかったのに……〉と思ったんですよ。ヤコブさんは、音楽の数学的な面はクリアできましたか?

「自分は文系の努力をして理系を克服したかもしれません。弾きまくって聴きまくって、欲しい知識や表現のために必要なものは練習と音感で身につけました。

音楽理論についてあとから説明されると、大体は感覚的に体得しているものだったりします。共通言語として知っておいた方がいいとは思うのですが、基本的には自分一人で作っているので特に必要ありません。理論云々と言う人もいますが、そういう類の人が自分よりいい作品を作っていたことも自分より上手かったこともないので、まだ〈理論はいらない〉って気持ちですね」

――格闘家とかの修行に近いですね(笑)。

「実際、高校3年間は修行のような期間でした。家庭環境的に音楽に没頭せざるをえない状況があったりして、その頃に弾きまくっていたので、耳コピはめちゃくちゃ早いです。音源を聴けば、どのポジションで弾いているかとかは大体わかります」

――そういう意味では非常にストイックなミュージシャンですよ。

「どうなんでしょう……。ストイックだけどオリンピックにはいけなかった、って感じですかね。老害です」

――ヤコブさんは、単なる音楽オタクだと誤解されている面があると思うんです。それはちょっと違っていて、ストイックに一つのことに固執して何べんでも繰り返すことを苦と思わないタイプの音楽家なんですね。

「そういうタイプではあるかもしれません。ギターソロを何十回も弾いたりしますし」

 

名のあるミュージシャンほど音楽好きでピュア

――スピッツやカーネーションといったベテランバンドと交流する機会が増えたと思いますが、その中で学んだことや気づいたことはありましたか?

「音楽をガチでやっている人は、それこそオタクっぽくて話しやすいと思いました。(草野)マサムネさんと話した時も、すぐチープ・トリックの話になりましたし(笑)。自分は音楽が好きなゆえに孤立してきましたが、みんなそんな感じというか。

偉ぶっている人はあまりいなくて、音楽を本当に好きな人同士だからわかる会話があると思いました。同世代のクリエイター崩れみたいな人は自分と目線が違うなと感じることが多いですし、むしろ名のあるミュージシャンの方が話しやすく感じました」

――有名な方ほどピュアだったりしますよね。

「音楽に関してものすごくピュアですね。ちょうど先日、元the pillowsの山中さわおさんとご飯に行ったんですけど、ものすごくピュアでした」

――ところで、カーネーションの直枝政広さんが、「ヘビーリスナーであるがゆえに色々なものを聴きすぎて訳がわからなくなって、音楽を聴くのをやめた時期がある」と言っていました。インプットをしすぎて混乱することはありますか?

「うーん、そういうことはあまりないですね。インプットしすぎると、逆にアニソンのようなすごく俗っぽいものを聴きたくなる時はあります。打ち込みは嫌いだと言いつつ、Perfumeやハロプロ、電波ソングのような音をむしゃくしゃした時に聴きたくなることはとてもありますね」

――ポップなものに対する嫌悪感はないんですよね。

「ないですね。また親父の話になりますが、親父はマニアックなものを聴きつつ、あやや(松浦亜弥)が好きで〈曲がすごい〉と言ったりしていたので」

――オープンマインドですね。お父さんに取材してみたいです(笑)。

「ダメ出しをしてくるのは親父なんです。〈この曲の2番のAメロは半分でよかったんじゃないか〉とか言ってくるんですよ。ちっちゃい頃から親父と一緒に音楽を聴いていると、〈俺だったらこうしていた〉とよく言っていて、そういうのがこびりついています」

 

切実でしかない歌詞

――ヤコブさんの歌詞について思うのは、初期はひねった表現が多かったのですが、たとえば“部会”や“不安でよかった”など近作は聴いていて救われるんですね。〈それを言ってくれるんだ〉という共感できる言葉を聴けるので、安っぽい言い方ですが、ヤコブさんの歌詞には博愛の精神や優しさ、意地悪さの一切ない温かみが丸裸の状態で出ているように感じて、心を打たれます。

「歌詞に関しては、先ほども言ったように、基本的に自分の体験や自分が思ったことが多いんです。たとえば“部会”は、具体的な話をすると、あるイベントにDJとして呼ばれて行ったんですけど、自分とは違う属性の人たちの巣窟のようで、〈よそ者が来た〉みたいな扱いを受けたように感じたんですね。受付で名前を言っても〈DJ? はあ……〉みたいな反応で、30分ぐらい誰にも話しかけられず、USBを持ってぼーっとしていた時間があって、主催者ともほぼ顔を合わせず。その時に、〈これは絶対に曲にしよう〉と思って書いたものです」

――ははは(笑)。

「あれは悲しい経験でしたね。苦い思い出です。ノームコアで身を固めた、いかにも〈アートを解する〉というようなすました顔をした連中が、〈この田舎者が〉みたいな蔑んだ目で見てきて……。実際はそうじゃないと思うんですけど、もうそういうマインドになっちゃって(笑)。その時に、〈こいつらがいてもいなくても俺は自立しているぞ〉という曲を作ろうと思ったんです」

――切実ですね。

「切実でしかないと思います。ほぼすべての曲でこういう体験をしていて、なおかつ作曲はライフワークなので、愚痴の吐き出し口や捌け口という側面もあるかもしれません」

――なので、一曲一曲の純度が高くて、手癖で書いていない感じを受けるんですね。

「そうですね。〈仕事でやれ〉って言われちゃうと、また違うなと思います。もちろん楽曲提供の仕事にチャレンジしたい気持ちはあるんですけど、それは別の好奇心ですね」

 

歯痒くも愛おしいパワーポップという音楽

――〈いま日本のパワーポップでいちばんいいバンドは家主だ〉と言う人がいて、僕は必ずしもそれだけのバンドじゃないと思っているので違和感があるのですが、ご自身のルーツにパワーポップがゴリッとあるのは間違いないですよね?

「そうですね。ビッグ・ディールというレーベルが出していたシリーズ(『Yellow Pills』)や、(ライノがリリースしていた)『Poptopia!』というパワーポップコンピで育ったので。

日本では時期的にも〈オアシス、オアシス〉と言われていますが、それこそオアシスより全然好きなパワーポップバンドはいて、でもアルバム2、3枚で消えちゃっているんですよね。そういう日の目を見ないバンドを山ほど知っているので、パワーポップのことを考えるといつも切なくなっちゃうんです。日の目を見ないことで完成されるジャンルというか」

――〈ポップ〉なので、本当はそうじゃないはずのジャンルなんですけどね(笑)。

「そうですね。もっと市民権を得ていいはずですし。言うたらMr.ChildrenやBUMP OF CHICKENだってパワーポップに括られてもいいと思うんですけど、そうではない状況が歯痒くも愛おしい、みたいな気持ちがパワーポップにはすごくあります」

――ヤコブさんの好みでは、パワーポップといえばどういうバンドが挙がりますか?

「やっぱり金字塔はジェリーフィッシュですね。あとジェリーフィッシュのメンバーがやっていたザ・グレイズがめちゃくちゃ好きで、大学受験の勉強をしている時はあのバンドばっかり聴いていました。こびりついちゃっていて、ザ・グレイズを聴くと〈武家諸法度〉とか日本史の単語が出てきます」

――“Very Best Years”を聴くと受験生時代が思い浮かぶんですね(笑)。

「そうなんです。冬の朝って感じですね。いま時期はだいぶ音楽を聴ける季節になってきましたが、冬はパワーポップの季節だと思います」

――ちなみに、動きのあるギターはどこから来ているんですか? “不安でよかった”のトリルがいっぱい入っている感じとか。

「トリルはリック・ニールセンですね。あと、AC/DCとかヴァン・ヘイレンとかでしょうか」

――やっぱり、ハードロックからの影響がデカいんですね。

「デカいですね。色々コピーしてきたので。使える言語はいっぱい持っているので、テクニック的にハードロックの発想がある感じです」

 

〈iPodに入れるかどうか〉という美学

――多層的な聴き方が当然になった世代ならではですね。ただ、いまサブスクでこれほど色々な音楽を聴けるのに、逆にマニアックなリスナーはCDの時代より減っている気がします。

「選び方がわからなくなってるのかな、とは思います。たとえば、レンタルCD屋さんに行って借りるCDを選ぶとしても、自分の意思によってでしか手に取らないじゃないですか。そこに生まれる一貫性、関連性が確実にあったと思うんですけど、サブスクだと〈棚〉がないので、自分で手に取る行為がしづらくなってるのかなと。だから、逆にコアな方にはいきづらいというか。

あと、スマホの中で全部完結する全能感も関係していると思います。〈聴こうと思えば聴ける〉という感覚が、〈もう聴いちゃった〉という過去形に変化してしまっている気がしますね。自分も気になったアルバムをダウンロードしても、それだけで聴かずに終わっちゃったりするので。

自分はiPodを使っていたので、CDをインポートしたりする行為にもすごく意味はあったんだなと思います。サブスクが出てくる前に基礎を固められたのがよかったというか。現行の音楽も、〈昔だったらiPodに入れるかどうか〉という自分の中の美学で選ぶ基準があります」

――ちなみに、最近マイブーム的に聴いているものはありますか?

「(スマホを見て)あ~……酷いものばっかり聴いていますね(笑)。その中で言うと、この人なのですが(スマホを見せる)」

――あ~。ジェフ・リンがプロデュースしたジュリアナ・レイ。

「めちゃくちゃいいですよね。これをずっと聴いていました」

――後期ELOに通じますね。

「そうですね。あと、セロファンがめちゃくちゃよかったです(『WANDERING MAN』のジャケットを見せる)。去年サブスク解禁されて、最近聴いたんですけど」

――セロファン、ずっと好きだったんですよ。スピッツと同じ竹内修さんというプロデューサーの方が当時ポリドールで担当されていて、「サブスク解禁してください」とお伝えしていました。

「それと、XTCのメンバーがやっているティン・スピリッツ。近年だと、あれに一番ハマりました。

あと、8トラックスって知っていますか? Myspaceが全盛だった10数年前に見つけたバンドなんですけど、すごくよくて。セロファンに近い質感で、まさに8トラックのカセットMTRで録っているバンドだったんですが、すごく好きで、当時ダウンロードした曲を聴いていました」

――それは知りませんでした。ラジオの選曲企画とかも読ませていただいたのですが、ハニーバスの曲があるかと思えば、キング・クリムゾンの“Model Man”を選んでいたり、他人とは思えないような内容だったんですね(笑)。“Model Man”は、クリムゾンが好きな人は選ばない曲じゃないですか。でも、僕はエイドリアン・ブリューのポップな曲が好きで。

「そうなんですよね。エイドリアン・ブリューだけでなく、イエスも80年代はパワーポップ寄りな曲をやっていて、技術のある人がポップスをやっている感じはフェチというか、たまらなく好きです」

――先日、エイドリアン・ブリューがビートで来日した時、“Model Man”を歌ったんですよ。

「いいですね。自分も、なれるならエイドリアン・ブリューになりたいです。大好きで、すごくコピーしましたもん」

――ありがとうございます。最後は趣味の話に走りましたが、いいお話が聞けました。

 


RELEASE INFORMATION

家主 『NORM』 NEWFOLK(2025)

■初回限定盤
リリース日:2025年9月24日(水)
品番:NFBD-021
価格:4,000円(税込)

■通常盤
リリース日:2025年9月24日(水)
品番:NFD-021
価格:1,800円(税込)

Download & Streaming:https://orcd.co/norm

TRACKLIST
1. 不安でよかった
2. FEARS FOR FEARS
3. Don’t Trust Under 30
4. 雨の降る町
5. YOU (NO FADE ver.)

CD BONUS TRACK
6. 不安でよかった -instrumental-
7. FEARS FOR FEARS -instrumental-
8. Don’t Trust Under 30 -instrumental-
9. 雨の降る町 -instrumental-
10. YOU (NO FADE ver.) -instrumental-

初回盤付属 Blu-ray Disc
〈YANUSHI LIVE TOUR 2024 at CLUB CITTA’〉
1. 陽気者(Live)
2. 茗荷谷(Live)
3. 家主のテーマ(Live)
4. カメラ(Live)
5. SHOZEN(Live)
6. きかいにおまかせ(Live)
7. 歩き方から(Live)
8. free as a stone(Live)
9. Dreamy(Live)
10. 生活の礎(Live)
11. お湯の中にナイフ(Live)
12. それだけ (Live)
13. マイグラント(Live)
14. p.u.n.k.(Live)
15. NFP(Live)
16. オープンカー(Live)
17. 今日はひとりでいようね(Live)

 

家主 『INTO THE DOOM』 NEWFOLK(2025)

リリース日:2025年9月24日(水)
品番:NFD-022
価格:2,200円(税込)

Download & Streaming:https://orcd.co/intothedoom_live

TRACKLIST
1. Cheater(Live)
2. 茗荷谷(Live)
3. たんぽぽ(Live)
4. 家主のテーマ(Live)
5. 生活の礎(Live)
6. 夏の道路端(Live)
7. 路地(Live)
8. それだけ(Live)
9. マイグラント(Live)
10. カッタリー(Live)
11. 夜(Live)
12. 陽気者(Live)
13. カメラ(Live)
14. -MC-
15. NFP(Live)
16. p.u.n.k(Live)
17. お湯の中にナイフ(Live)
18. にちおわ(Live)
19. オープンカー(Live)
20. DOOM(Live)
21. ひとりとひとり(Live)
22. 近づく(Live)

 

田中ヤコブ 『にほひがそこに』 NEWFOLK(2025)

リリース日:2025年11月19日(水)
品番:NFD-024
価格:2,750円(税込)

Download & Streaming:https://linkco.re/FbmP9SCm

TRACKLIST
1. いつかのにほひ
2. 禁煙なんて
3. 僕が歩く道
4. ウマとシマウマ
5. 壊れた時間
6. 傷は痛みだけで、出来てるんじゃない
7. imautu
8. パジェロミニに乗って 
9. いつか終わる恋のために
10. Something in The Air 

 


PROFILE: 家主
ソロアーティストとしても活動する田中ヤコブ(ボーカル/ギター)を筆頭に3人のソングライター/ボーカルが紡ぎ出す只事でないグッドメロディと心の襞を震わせる切実な歌声、硬軟織り交ぜた豊かなアレンジとエナジー溢れる熱い演奏に彩られた楽曲がaiko、岸田繁(くるり)、草野マサムネ(スピッツ)、後藤正文(ASIAN KANG-FUGENERATION)など数多くのアーティストや音楽ファンから称賛を集める4人組ロックバンド。

PROFILE: 田中ヤコブ
4人組ロックバンド家主のボーカル/ギターを担当。そしてギター、ベース、ドラムをはじめ多くの楽器を自ら演奏、さらに録音やミックス、映像制作に至るまで自身で手がけるシンガーソングライター/宅録音楽家。学生時代より楽曲制作を始め、主にSoundCloudやYouTubeで作品をコンスタントに発表、以来、マイペースな音楽活動を続けている。幼少期より培われたロック/ポピュラー音楽への深い愛情と造詣、ギターキッズとして一心不乱に腕を磨きつづけた孤高の演奏スキル、そして天性のメロディセンスと卓越したソングライティングが世代を問わず多くの称賛を集めている。