高校3年間、ジャズ喫茶〈Taro〉に通った。午後の授業を抜けて、窓の無い雑居ビルに向かう。店内の灯りは薄く、輸入盤のインクの匂いが漂う場所だった。カウンターに陣取って闇の中で漆黒のコーヒーを啜った。フュージョンを流すとき「ジャズは死んだ」と店主がぼやく70年代後半だった。本書によると今時は「誰もジャズなんか聴かない」と呟くらしい。地方ではジャズ喫茶は本とLPがぎっしりつまった知的な空間だった。音楽を聴いてウダウダする場所、あらぬ姿を撮られてしまったペーパームーンの店主のようにカウンターで酔い潰れる場所だった。本書が写すように、こんなに美しい場所だなんて思ったことのない、しかし素敵な思い出の場所だった。