自分たちは何者なのか、何者かになれるのか――ライヴの日々を通じて深めた自信が音楽的な枠を描き直す創意工夫と融合した『COSPLAY』でソーリーが纏うものとは?
「私たちはただ過去に由来する物たちを、それしかないから身につけているだけ。私たちはみんな、存在しない何かのコスプレをしているだけ」――資料によると、『COSPLAY』というニュー・アルバムのタイトルは、和製英語がそのまま広まった〈コスプレ〉から付けられたものだ。アーシャ・ローレンツ(ヴォーカル/ギター)とルイス・オブライエン(ヴォーカル/ギター)の幼馴染コンビによってロンドンで結成されたソーリーは、2020年の初作『925』で高い評価を獲得し、キャンベル・バウム(ベース)、リンカーン・バレット(ドラムス)、マルコ・ピニ(キーボード)と共にバンド感を増した2作目『Anywhere But Here』(2022年)以降は、フォンテインズD.C.のサポートなども含めてライヴやツアーに活動してきた。そんな忙しい舞台裏で、このたび届いた新作の準備は早い段階から始まっていたという。
「前作を書き終えた時点でもうアイデアはあって、常に新しい曲を書きながら古いアイデアを書き直したりもしたからけっこうな曲数があった。そこからアルバムの定義を試みて、自分たちが強いと思う曲を早い段階でダン・キャリーとレコーディングしたんだけど、まだアイデアが固まってなかったりしたから、その録音を持ち帰って、さらにいろんな場所でレコーディングしながら1年半くらいかけて改良していったんだ。それを寄せ集めて、またダンとスタジオに入って仕上げた。そこでヴォーカルも全部やり直したから、ある意味それでまとまったんじゃないかな」(アーシャ)。
「『925』は主にデモを元にして作って、もちろんバンドも参加したけど、どちらかと言うと閉鎖的な作り方だった。一方、2作目はバンドとしてもっとライヴ・アルバム的だったんだ。それで今回はその両方の手法を取り入れて、バンドと演奏しながら曲を仕上げつつ前作よりもプロダクションに力を入れて、それを中心に据えた。というわけで、過去2作の制作方法を合体させたんだ」(ルイス)。
誰もが誰にでもなれる〈コスプレ〉の感覚は、古今東西の音楽やポップ・カルチャーを貪欲に吸収し、その引用やインスピレーション、無意識の影響を積み重ねて生まれた現代の表現そのものに当てはまる言葉なのかもしれない。それを認識したうえでソーリーが自由に構築した楽曲には、例えば三島由紀夫の影響から書かれた“In The Dark”やティモシー・シャラメ由来でボブ・ディランに反応した“Candle”など多彩な要素が溶け込んでいる。
「昔はもっとポップ・カルチャーが大きな存在だったと思う。みんながTVを観ていて、同じ映画を観たり同じ音楽を聴いたり、共有された体験がもっとあったよね。でもかなり前からそれが分散していて、何か別の物になっている。だからいまはそれを自分なりに見て再解釈しようとしているということ。そこにまだ何かは残っているけれど、かつての意味はもう薄れてしまって、むしろ自分が描いている絵の一部として存在しているような、そういう感覚。いまはあらゆるものがコピーだから、それを覆い隠すんじゃなくて、むしろコピーであることを露わにしつつ新たな文脈に置き直そうとしている、みたいな」(アーシャ)。
また、“Echoes”の冒頭ではルイスがかつてSoundCloudにアップした初期曲のヴォーカルをサンプリングしていたり、アーシャが昔SoundCloudで公開していたデモから“JIVE”が生まれたり、自分たちの過去もインスピレーションの源になっているのがおもしろい。
「長いこと音楽を作ってきたから昔の素材やアイデアがたくさんある。当時はまだ形にならなかったけれど、後から意味が生まれるかもしれないと予感がすることがあって。今回は、そういうメロディーや歌詞が、自分のなかで他の曲やテーマと自然に結びつく瞬間があって、それが実際にいまの文脈で活かせたのは良かったなと思う」(アーシャ)。
「そう、永遠に日の目を見ないままになってしまう曲がたくさんあるなかで、一瞬でも光を当てることができたら嬉しいからね。もともと今回のアルバムは自分たちでプロデュースして、自分たちのプロダクションを中心にやりたいと考えていたんだ。それで自分たちでできるところまでやりきった後でダンのところに持っていった。彼が関わる前の段階では曲同士を繋ぐ鎖のようなものがまだ足りなかったけど、彼といくつかのパートやヴォーカルを録り直して曲全体がうまくひとつにまとまった。彼の手を借りることで各曲の中で自分たちにとって重要な部分もより輝いたんだ」(ルイス)。
アーシャとルイスのプロダクション・スキルの向上もあり、結果的にダン・キャリーは全11曲のうち8曲のプロデュースを担当。ミックスをヒップホップ畑の大御所ニールH・ポーグとマルタ・サローニが分け合っているのも特徴だ。
「今回の曲はそれぞれ違うから、いろんな人にミックスをお願いして、全体をうまく繋げられないかと思ったんだ。特にニールはアルバムのなかでもスケールの大きいポップ寄りの曲を手掛けてもらったんだけど、それによってミックス前のそれぞれの曲が持つ世界観から少しだけ外に出たというか、アルバム全体がよりひとつにまとまったと思う」(ルイス)。
そうした尽力もあって、緻密に織り重ねられた野心的なアイデアと大胆な美しさに溢れた断片の連なりで上々の作品に仕上がった『COSPLAY』。少なくともその魅力を作り上げたのが、ソーリーという気鋭のバンドの姿を見事に纏った彼らの力であることは言うまでもない。
ソーリーのアルバム。
左から、2020年作『925』、2022年作『Anywhere But Here』(共にDomino)
