活況を呈する英ロンドンのロック・シーンから、大きな期待を背負ったバンドが現れた。ブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下、BCNR)である。大所帯で長大な楽曲を演奏するそのパフォーマンスは評判を呼び、元ソニック・ユースのキム・ゴードンやレディオヘッドのエド・オブライエンらレジェンドが注目するなど、一種の現象化しつつある。
そんなBCNRが、待ち望まれていたファースト・アルバム『For the first time』を2021年2月5日にリリースした。これを機に、この記事では〈2021年最大の新人〉を3人の音楽ライターの視点から多角的に捉える。テーマは3つ。まず、バンド・ヒストリー。次に、BCNRの活動の場である南ロンドン・シーン。最後に、さまざまなジャンルの要素が詰め込まれたBCNRの音楽性だ。
UKロックの新たなる希望、なんて書いたらハイプのように感じるだろうか。しかし、BCNRは紛れもなくリアルに、ピュアに音楽を探求しているバンドだ。なにが彼らを〈新たなる希望〉たらしめるのか。その理由は、アルバムを聴き、以下の文章を読んで確かめてほしい。 *Mikiki編集部
BLACK COUNTRY,NEW ROAD 『For the first time』 Ninja Tune/BEAT(2021)
自分たちの音を手に入れたケンブリッジの7人――ブラック・カントリー・ニュー・ロードの軌跡
by 金子厚武
ケンブリッジ出身のメンバーを中心に構成され、現在はロンドンを拠点に活動する男女混成の7人組、ブラック・カントリー・ニュー・ロードの歴史は、2017年に結成された前身バンド、ナーヴァス・コンディションズからスタートしたと言える。 ナーヴァス・コンディションズは2018年に解散してしまったものの、すぐにその中のメンバー6人で再スタートをして、同年にBCNRを結成。ルーク・マーク(ギター)が2019年に加入し、現在のラインナップとなっている。
バンド編成で特徴的なのが、ルイス・エヴァンス(サックス)とジョージア・エラリー(ヴァイオリン)の存在。ともにロンドンのギルドホール音楽演劇学校を出ていて、クラシックとジャズを学んだプレイヤーだ。ジョージアはギルドホールでユダヤの伝統音楽であるクレズマーのグループを組んでいたそうで、ジョン・ゾーンからクロノス・クァルテットまでを結びつけるクレズマーの要素は、バンドの多文化的な音楽性を象徴している。
ソリッドなギターのフレーズと、反復を基調とした展開はスリント~モグワイの系譜を感じさせ、ポスト・ハードコア~ポスト・ロック的な雰囲気もあるが、それもあくまで一要素。アイザック・ウッド(ヴォーカル/ギター)が「BCNRを始めるにあたって、特に話し合いをしたわけじゃない。ただ集まって演奏したくて、やりたい音楽をやっている」と言うように、様々なバックグラウンドの融合が、独自のオリジナリティーを生んでいる。
なお、メンバーはそれぞれが個々でも活動していて、ジョージアはワープから作品をリリースしているジョックストラップのメンバーでもあり、役者として英国アカデミー賞で賞を獲得するなど多才な人物。また、ベースのタイラー・ハイドはアンダーワールドのカール・ハイドの娘であるなど、感度の高いプレイヤーの集合体であることは間違いない。
初めての正式な音源は2019年に発表された“Athen’s, France”で、このシングルはブラック・ミディやフォンテインズD.C.などを手掛けるダン・キャリーがヘヴンリー・レコーディングスと共同運営しているスピーディー・ワンダーグラウンドからのリリース。ブラック・ミディとは共演の機会が多く、ジョックストラップ同様ワープから作品を発表しているスクイッドなども含め、南ロンドンのヴェニュー〈ウィンドミル(The Windmill)〉周辺とは関わりが深い。
さらなる注目を集めるきっかけとなったのが、セカンド・シングルにして9分に及ぶ大曲の“Sunglasses”。ガーディアン、NME、ステレオガムといったメディアから賞賛を受け、昨年サヴェージズのジェニー・ベスによる番組でキム・ゴードンとともに共演したレディオヘッドのエド・オブライエンも「自分たちの音をすでに確立している」と賛辞を寄せるなどして、BCNRの知名度は一気に高まった。
その後、バンドはニンジャ・チューンと契約し、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『m b v』(2013年)などに関わるアンディ・サヴァースをプロデューサーに迎え、ファースト・アルバム『For the first time』を完成させた。彼らは周辺バンドとの関係性もあって、〈ポスト・パンク〉と紹介されることもあるが、本作はそういった括りからは完全に逸脱している。僕の体験で言えば、ポスト・ロックのシーンが落ち着き始めた頃、ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーがまったく異質な存在としてシーンに登場したときの衝撃に近い。ブラック・ミディも含め、やはり〈Black〉を掲げるバンドというのは、雑多な要素を混ぜ合わせることで生まれる自分たちだけの色としての〈黒〉を、感覚的に理解しているのだと思う。