(左から)西村仁志、古閑裕、小野武正

創立31周年を迎えた東京・下北沢のレーベルKOGA RECORDS。同レーベルのコンピレーションアルバム『KOGA RECORDS 2025 Winter Collection』が、2025年12月3日(水)にリリースされる。またタワーレコードの限定店舗やオンラインでは、旧譜キャンペーンも開催される。今回はこれにあわせて、KOGAの代表を務める古閑裕とミュージシャンの小野武正(KEYTALK/Alaska Jam)、ライブハウス・新代田FEVERのオーナー西村仁志による鼎談をお届け。KOGAの歩み、下北沢という街や音楽文化への愛を語ってもらった。 *Mikiki編集部

VARIOUS ARTISTS 『KOGA RECORDS 2025 Winter Collection』 KOGA(2025)

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SHELTERが朝4時まで開いていた頃

古閑裕「西村くんは下北沢SHELTERの店員でしたね。何年前?」

西村仁志「30年以上前ですね。俺、今年50歳になったんですよ。で、19の時にSHELTERに拾ってもらって。俗に言う遅番って形で夕方に入って、バンドの人たちのリハをやって、お客さんを入れてライブをやって。

SHELTERはライブをやる場所だけど、どっちかって言うと、その当時は酒を飲んだりとかするライブの後の時間の方が重要で。って言ったらバンドに失礼かな。そんな時代だった時に、古閑さんは1日2回ぐらいSHELTERに来るレベルで」

古閑「1日2回かよ(笑)。まあそうだね」

西村「下北沢のライブハウスって日によって夜いる人たちが違ったりしたけど、古閑さんはどこかのライブハウスに行って、その後飲み屋に行ってまた戻ってきたりしてたから、本当に1日2回とかありましたよね」

古閑「あった。で、いろんなところに行って、最終的にはSHELTERで飲むっていうのが多かったね。当時はまだSHELTERが朝の4時ぐらいまでやってて」

西村「自分が働いてた時代は4時まで開けて片付けて、5時の始発で帰るというのが仕事の軸としてあったから、お客さんがゼロでも4時までやってましたね。1時ぐらいで誰もいなくなって、3時半ぐらいまで誰も来なくて、あとは片付けて帰るだけだって時に限って3時50分に古閑さんが来る(笑)。あれ、もしかして帰れない?みたいになって」

古閑「当時、そうやって延長させるっていうのが毎度の話だったり」

西村「知り合いだとそのまま飲んでもらったりとかするのが普通だったけど。まあでも、〈帰って〉って言っても帰らないバンドマンがめっちゃ多かったからなぁ」

古閑「今は速攻で帰るよね、みんな」

小野武正「そうっすよね。まだネットがない時代ですよね?」

西村「そうだね。その頃はまだ全然だね」

小野「ネットがないっていうのが大きいんじゃないですかね? だから、ずっとみんなで遊んでたっていうか」

古閑「あぁそうだね。僕の下北沢歴っていうのは、SHELTERがあっての下北沢歴。他にCLUB Queだったり。ネットがなくても、そこでいろんな人と知り合いになったし」

小野「この3人は、ちょうど年が10個ずつぐらい違うんですね。古閑さんが60歳、西村さんが50、僕が37なんで」

古閑「今回の対談は、KOGA関連でいろんな時代の下北を知る人たちっていう意味での人選でね。公私共に俺との付き合いもすごい長いし、いろんなことを知ってるから武正を呼んだし、西村も昔から俺のいろんなことを知ってるからね。あと俺、西村には奥さんも紹介したからね」

西村「そうね、本当にそうそう」

古閑「っていう流れで、この3人でしゃべったら面白いんじゃないかなっていう」

小野「古閑さんには今度、結婚式の主賓の挨拶をしてもらいますからね」

古閑「そう、俺が挨拶というか、ChatGPTに考えてもらってる(笑)。と言っても話の骨子を作ってもらって、そこに私的な武正との思い出や彼の人となりを入れるっていう感じですがね」

小野「西村さんは結婚されてどのくらいなんですか?」

西村「結婚して11年とちょっと経って。きっかけは古閑さんが飲みに連れてきた女の子と付き合う形だったんだけど。その時もそうなんだけど、古閑さんはSHELTERに飲みに来る時にバンドマンじゃない人を毎度大勢連れてくるんだよね」

古閑「えっとね、昔はナンパして、その女子をSHELTERに連れていくっていうのが得意だったのよ」

西村「〈古閑さん、また違う女性を連れてきたけど、何だろうね?〉って。まずみんなで作戦会議して、ツッコんだ方がいいのか、ほっといた方がいいのかを話し合ってた」

古閑「当時、下北中の噂で〈古閑さんはいつも違う女を連れてくる〉と言われてて。今はもう全然ですけど。僕は最近は1人で飲みに行くのが好きなんですけど、だいたい当時は誰かしら女子を連れて、SHELTERなりCLUB Queなりに飲みに行くことが多かったね。あと251にもよく飲みに行ってた」

小野「今もやってるんですか、251のバーって?」

西村「今もやってるのかな? どうなんだろう? 普通に打ち上げが終わったら終了みたいな感じなんじゃないかな? ちょっと最近行けてないからわからないけど」

小野「SHELTERも最近は閉めるのが早いっすもんね」

西村「やってない時もあるという話は聞く。最近はコロナもあったから、その流れもあったけど」

 

重鎮のお歴々が占領していたカウンター席

西村「昔は本当に、古閑さんがVENUS PETERでこけら落としをやったくらいの頃(1991年)って、例えば、お客さんが全然入らないライブでも夜の飲み(バータイム)で満員にするっていう。俺が入る前は、みんな飲みに来て席が埋まって、飲み屋として普通に営業してたっていう時代だったらしくて」

古閑「で、なんと当時は僕でさえもカウンター席に座れなかった」

西村「人が多すぎて?」

古閑「いや、それもあるんだけど、要するにカウンターはいわゆる小滝橋通り時代の新宿LOFT界隈の重鎮の方々が座ってて、当時の僕みたいに全然有名でもないようなやつはそこには絶対に座れなかった。ただね、5年、10年経つと、やっと1席空くわけですよ。そこに僕が座って早30年みたいなことも含めて、そこの席を確保することが常連の証」

小野「なるほどね。SHELTERができたのって、古閑さんが何歳の時ですか?」

古閑「28とかじゃない?」

小野「その時はまだ重鎮だらけだったんですね」

古閑「そう、まだSHELTERができたばっかりだったから。例えばだけど、ローザ・ルクセンブルグ、GRANDFATHERSとか、いろいろやってたドラマーの三原(重夫)さんとかはよく飲みに来ていらっしゃいましたよね。あと、THE BELL’Sの(松崎)太さんとか。そういう東京のライブハウスシーン、もしくは移転前の小滝橋通りの新宿LOFTでやってたような方々がよく飲みに来ていらっしゃいましたね。

ただ、そういう人たちがどんどん消えていって、僕がその1席に入って、そうしたらだんだん違う人たちがいっぱい入ってきて。例えば、bloodthirsty butchersの吉村(秀樹)くんとか。その3、4人が座れるようなところの1席を取り合ってたね。もはや今更誰もいなくて、結局、今や俺しかいないんだけど。令和の今のところは(笑)」

小野「その時の写真が〈裏古閑〉に残ってるわけですね」

古閑「残ってるかも」

西村「何それ?」

小野「2000年代頭ぐらいの、古閑さんの飲んでる時の写真とかが上がってるホームページがあるんですよ。〈裏古閑写真館〉っていう」

古閑「俺が撮った写真をうちの元スタッフがホームページ作って上げてたの。これ、今出したら多分大変なことになるんじゃないか?っていう有名な人たちばっかりが載ってる」

西村「今も残ってる?」

小野「無料サーバーに上げてたから落ちちゃったかな? 残念ですね」

古閑「で、西村くんは19歳の時にSHELTERに入って、店長は何歳から?」

西村「たしか24とかだったと思います。1年ぐらいかけて、前の畠山(亮)店長から引き継いでいるんで、23、24で店長になりましたね」

古閑「畠山さん、知ってる? sputniklab、新宿red clothの偉い方」

小野「あ〜、はいはい!」

古閑「その畠山さんが元々店長だったの。SHELTERのいいところは客が来なくても俺のことを相手してくれてね、畠山さんともたくさん飲んでたね。そこに三原さんとかが来て。

僕、当時はまだ永福町に住んでたんだけど、三原さんとかは車で来てたから、帰りは送ってもらったりしてた。伝説のドラマーなんですけど、その方に永福町まで送ってもらうという。意味がわからないよね」

小野「まだ30歳ぐらいの古閑さんが」

古閑「そうそう、30年前ね。いい人だから、あの方」

 

レペゼン下北沢と地元愛

小野「その時、KOGA RECORDSはもうやってたんですか?」

古閑「やってた。だって今年で創業31年だから」

小野「立ち上げたぐらいの時なんですね」

古閑「だから、当時はレーベルがどうとかではなくて、バンドマンとして主に見られてたような感じ。〈レーベルもやってるよ〜〉みたいな感じだった」

西村「KOGAのロゴは、下に〈EIFUKU〉って書いてあったのをすごい覚えてて。古閑さんは下北にいるんだけど、永福町に住んでたから〈EIFUKU〉っていう」

古閑「その頃から住んでいるところをロゴに入れるっていうのが、絶対に今後来ると思って。ほら、ロンズデールの服にも〈LONDON〉って書いてあるわけじゃない? それと一緒で。で、今は当然だけど下北に住んでいるから、下北沢っていうのをアピールするという流れで。だからKEYTALKも、〈下北沢〉っていうことをアピールするっていうのが絶対に売れる1つの要素だと思ってやりました」

西村「例えば、海外だと〈from USA〉とかいろいろ表記があるじゃないですか。昔、ハイスタ(Hi-STANDARD)が〈from Shimokitazawa〉っていう表記をしてて、かっこいいなと思ったんですよね」

小野「レペゼンする地元があるってかっこいいですよね」

西村「あれを見た時、しびれたなぁ」

古閑「NUMBER GIRLだってそうじゃん。〈福岡市博多区からやって参りました〉みたいな」

西村「絶対に言いますよね」

古閑「やっぱ地元愛じゃないかね。かっこよさがあるよね。メジャーリーグとかサッカーリーグもそうだけど、チーム名に地名が付くからね。これはバンドも同じようにしたら絶対にかっこいいなと。だから、もうKEYTALKは全面的に下北沢に振りました」

西村「すごかったですもんね。商店街にフラッグとかもたくさん展開したりして」

小野「本当に古閑さんのおかげで下北沢により根付けました」

古閑「今、違うところに住んでるけどね」

小野「はい(笑)。でも、下北沢には住んだことはないんですよ。住んだことがあるのは笹塚とか新代田とか明大前とか」

西村「ちょっと近所というか、頑張ったら下北沢から歩いて帰れるくらいのところね。僕も下北沢に住んだことはないんだよね。結局、下北沢は家賃が高いから。バンドマンとかも下北沢で遊んでるけど、結局、下北から自転車で10分、15分とかのところに住んでるよね」

小野「そうなんですよ。下北沢は、僕が越してきた時には家賃が高くて住めなかったです」

西村「俺の時も全然無理だった」

小野「下北からちょっと離れたら部屋が大きくなったりとかするじゃないですか。だったら、そっちにしちゃおうかな〜みたいな感じです」

西村「ちょっと安くてちょっと部屋が広くなったら、楽器や機材も置けるしね」

古閑「これはちょっと無礼な言い方に当たるけど、西村が新代田でライブハウスをやるっていう時に、絶対に無理だなって思った。やっぱり新代田って根付いてなかったから」

西村「これはもうネタで昔から言ってるんですけど、100人に相談したら、1000人に〈やめとけ〉って言われたんすよね(笑)。本当にそんぐらいのレベルで〈大丈夫?〉ってみんなに言われたから。賛成してくれた人、ほとんどいなかったな。

やっぱ、さっきの古閑さんの話じゃないけど、ライブハウスもそうなんですよね。新宿LOFT、下北沢SHELTERみたいに街の名前が絶対に先に来るから、そこにあるっていうイメージがあって。下北で遊んでたうちらですら〈新代田ってどこ?〉〈新代田って聞いたことあるけどなんだっけ?〉みたいな、あの時は本当にそうだったから。それこそ家賃の話になるけど、下北を離れるとめっちゃ安いの。ほんとに全然違う。それもあってね」

小野「FEVERの建物って元スーパーですよね?」

古閑「そのスーパー、行ってたもん。あのスーパー、安かったんだよね。ちょっとB級品みたいなのがあったりとかして。で、上があのスイミングスクールで。下北から散歩するにはすごくいい街っていうのが新代田のイメージでね。今だったらラーメン二郎があったりとか。あとね、新代田にはね、昔STUDIO OKAPIっていうリハーサルスタジオがあったんです」

小野「へ〜、そうなんですね」

古閑「今はないんだけど」

西村「どこらへんですか?」

古閑「代田橋と新代田の間ぐらいで、環七沿いにあった。そこでVENUS PETERの1st(『LOVEMARINE』)はレコーディングしてるんです。リハーサルもレコーディングもできるスタジオだった」

小野「KEYTALKを始めた時には、もう自分の中でFEVERは下北のライブハウスの1個っていうイメージでしたね」

古閑「伝説のライブじゃないけど、KEYTALKが2014年くらいにFEVERやった時はもう人がパンパンで汗だくになって。マジですごかったね」

小野「ロッキン(ROCK IN JAPAN FESTIVAL)に出たかったけど出られなかったので、〈ロッキンの裏でうちらの夏祭りを作っちゃおう〉ってFEVERでやったんですよね。 それで、ワンマンで30曲くらいやって。今でも写真を検索したら全員が汗びっしょりの集合写真が出てくるんですけど、あれはやばかったですね。湿気でアンプが飛んだりして、とんでもないことになってましたね。それも含めてFEVERには本当にお世話になりましたね。

ちなみに、僕は出会った時期的に西村さんがSHELTERにいた頃は知らないんです」

 

NUMBER GIRLさまさま

西村「それこそKEYTALKを初めて知ったのは、古閑さんに〈いいバンドがいたから聴いといて〉って言われてもらったのがKEYTALKに改名前のrealのCD-Rで。〈改名したんだよね〉というのが結構そのすぐあとだったような気がする。2010年かな」

古閑「あのね、当時KEYTALKというかrealに関しては誰も賛同してくれませんでした」

西村「〈いいっすね〜〉って感じにならなかった?」

古閑「ならなかった」

小野「FEVERを作った時と一緒ですね」

古閑「こういうファンクというかバンアパ……もどき?」

小野「〈憧れ〉と言ってください(笑)」

古閑「なぜKEYTALKをやろうと思ったかというと、みんな知ってると思うけど、俺はバンアパに断られて、KEYTALKはもうもろにバンアパサウンドだったから、ちょっと観てみたいなって思って。それで観に行ったのが渋谷CYCLONEでのライブ」

小野「2008年2月7日ですね、古閑さんに初めて会った日」

西村「日にちを覚えてるんだ、すごいな。ライブが終わったあとに声をかけられたってこと?」

小野「いやいや、100社ぐらいにデモ送ったんです。その100社ぐらいのうちの1社がKOGA RECORDSで。それで連絡をくれて、ライブを観に来てくれて。その時、ムーヴィング・オンの百瀬(良彦)さんもいらっしゃってて」

古閑「百瀬さんもいたね」

西村「いそう(笑)」

小野「あともう1社ぐらいいたかもしれないんですけど。デモを送って、古閑さんが一番最初にレスポンスをくれて、それで来てくれたライブが2月7日だったから、めっちゃ覚えてて。

古閑さん以外は確か、ほぼすぐ帰っちゃって、古閑さんだけ〈もしよかったらお茶でもしませんか?〉って言ってくれて。当時、まだ未成年で18歳とかだったんで、〈飲めないだろうから〉って言って井の頭線渋谷駅直通の喫茶店に入って。ちゃんとした喫茶店やカフェに入ったこともあんまりなくて、コーヒーが普通に500円とかするじゃないですか。それすら〈高っ!〉と思ってたんですよ」

西村「そうだよね、10代には高いよね」

小野「古閑さんが〈あっ、ここは僕が出すんで〉って言ってくれたので、〈マジすかっ!?〉ってなったんですよ。コーヒー1杯に500円も出してくれる!って。というのが古閑さんとの最初の出会いです」

古閑「当時、僕がいいって思うバンドは、ライブを観に行くと知り合いの事務所・メーカーの人がだいたい誰か観に来てたんですよ」

西村「デモを100社ぐらいに送った中で、KOGA RECORDSは意識して送ったの? 何か好きなバンドが所属していたとか」

小野「正直、あまりレーベルとか事務所とかに詳しくなかったんで、調べて送りました。僕が通ってたMICHI音楽学院っていう音楽教室の先生の教えなんですけど、とにかく『Musicman』(音楽ビジネス年鑑)で気になるアーティストを1人でも輩出してたり関わりを持ってたりするレーベルがあれば、そこにデモを送りなさいと言われて。それで、もう名前とかはわからずに片っ端から全部送ってたんですね。

古閑さんが連絡をくれて初めてKOGA RECORDSを知ったんですけど、リリースしたアーティストに〈SCOOBIE DO、PINKLOOP、NUMBER GIRL〉って書いてあったんですよ。で、〈あっ、全部好きだ!〉ってなって」

古閑「やっぱNUMBER GIRLさまさまだよね! うちに所属したわけでもなんでもなく、CD(『SCHOOL GIRL BYE BYE』)を1枚出させていただいただけなんだけどね」

西村「でも、やっぱNUMBER GIRLの初期はKOGA RECORDSだっていう印象、すごい強いですよね」

古閑「今のバンドだったら、Viewtradeも結局NUMBER GIRLが好きでKOGA RECORDSに来て。だから、今でもNUMBER GIRLさまさまなんですよ。出してよかったなと思ってる。いい奴らだね、あいつら。

リリースした当時は、NUMBER GIRLは絶対に売れないだろうなと思ってて。そしたらめちゃくちゃ売れて、当時スタッフはまだ僕1人だったから、ずーっとCDを出荷してた覚えがある。毎日1000枚とか」

西村「あの時代って、まだ古閑さん1人レベルで稼働してたんですか?」

古閑「1人レベルですよ。その後、社員も入ってきたけど、それでもやっぱり僕のレーベルだし、僕がやらなきゃなっていつも思ってる。

KEYTALKも特に初期は僕が育てたと思ってるし、西村だって僕がいなかったらこうはなっていないかもと思ったりもします」

 

1番手フ●ック!

小野「古閑さんは出会ってから1年間、全部のライブに来てくれたんですよ」

古閑「暇だったんだね(笑)」

西村「そりゃあ、そこでやろうって気持ちになるよね」

小野「いろんな方々とも話してはいたんですけど、1年ぐらい経って、1年間全部のライブに来たのは古閑さんだけで。メンバーとも話して、満場一致で古閑さんのところでお世話になろうと」

古閑「嬉しい話をしてくれますね、本当に」

小野「あとから〈あの時、本当によくあんなに来てくれましたよね〉って聞いたら、〈ヒマだったんで〉って言われた(笑)」

西村「いや、それはきっと古閑さんなりの愛というか(笑)。ヒマじゃないよ、古閑さんは。そこで観に行ったから、やっぱり気に入ったんだろうし。あの当時、そういう若いバンドをやりたいレーベルとかはいっぱいあったしね」

古閑「だって、KEYTALKはソニーに行くと思ってたもん」

小野「ソニーからの話もあって、オフィスに行くじゃないですか。もう、やっぱいろいろすごいじゃないですか。ソニーの割と上の方々と話した時に〈今はどんな人から話が来てるの?〉って会話の流れがあって、何人か名前を挙げたんですよ。で、〈古閑さん〉って言ったら、みんなが〈あっ、古閑さんか〜〉って言ってて、〈ソニーの偉い人も古閑さんを知ってるんだ! 古閑さんやべぇ!〉ってなったんすよ、逆に(笑)」

古閑「だって、俺がいつもソニー系をかき回してたからね。ソニー系とUKプロジェクトからアーティストをぶん取るっていうね」

西村「言い方(笑)」

古閑「だって、その当時はUKプロジェクトが嫌いだったから」

小野「今は仲良いですよね?」

古閑「今は仲良い」

西村「あの頃は、本当に5分に1回は〈フ●ックUKプロジェクト!〉って言いながら酒を飲んでた気がする(笑)」

小野「UKプロジェクトが嫌いなのはどうしてなんですか?」

古閑「VENUS PETERの時に切られたから」

小野「おお、そういう流れが」

古閑「当然、その時の社長は現社長の遠藤(幸一)さんではなく藤井淳さんという方で、今となっては僕の恩師だと思ってますけど。やっぱり逆恨みも含め当時はUKプロジェクトに反抗する形でレーベルを立ち上げたんで。

僕、負のパワーを原動力に生きる男なので。負のパワーがないとね、やってられないんですよ。あと僕、自分のルックスが悪いと思ってるんですけど、だからそれを負のパワーとして、じゃあ俺はその分バンドやレーベルを頑張ろうと思ってやってる」

小野「コンプレックスがあるっていうのが原動力になるんですね」

古閑「そうそう、その通り」

小野「いいですね。このKOGA RECORDSの30年は、コンプレックスを原動力にして駆け抜けてきたってことですね」

古閑「あったりまえじゃん! だいたいうちってさ、2番手、3番手なの。1番手には絶対になれない。それはそれで好きなんだけど、やはりその1番手を目指す、もしくは1番手フ●ック!」

西村「フ●ック(笑)」

古閑「っていう流れで、32年目ですね。とはいえ、最近は1番手の方に乗っかろうって思って。もう、UKプロジェクトさん、ヒップランドさん、いろいろね。最近は終活じゃないですけど、自分が分かってきて。1番手になれないんで、1番手の方に乗っかればもういけるな〜と思って」

小野「ずっと1番手になりたかったってのもあるんですよね?」

古閑「なりたかったのかなぁ? 1番手って、最終的には落ちるってイメージもあって」

西村「流行りがあったら廃りがある、みたいなこともありますからね」

古閑「例えばサバシスターなんかは、うちでやりたかったけど叶わずで、1番手の方が持ってっちゃったわけじゃない。それはしょうがないっていう話なんだけど、インディーズの時はうちで一緒にやってくれたわけだから、それはうれしかった。でも最終的には、やっぱり1番手が持っていくっていうのは否めない。それはそれでいい。1番手じゃないもん、俺、ソニーじゃないし。ソニーとKOGA、どっちを選ぶって言ったらソニーを選ぶに決まってるじゃん。君らは違ったけどね(笑)」

西村「ソニーの人は全部ライブに来てくれなかったでしょ? 気に入ってくれてたとしても」

小野「もちろん。けど当時、もしもっと大人になってたら、ソニーを選んでたかもしれない(笑)。25歳とかになってたら。わかんないですけど! 何もわからない19、20歳ぐらいの時って、やっぱりライブに何回も来てくれてて、何回も会ってるっていうことに勝るものはないと思うので」

古閑「でも、それも含めていいバンド生活をしてると思うよ」

西村「そうだね。10代で500円のコーヒー代を出してもらってみんなで喜んでた時代から、酒が飲めるようになって、酒を酌み交わし……」

小野「今はお酒も控えたりしてますからね」

西村「今は全然飲まなくなったわけじゃない?」

小野「たまに飲んだりもしますけど、結婚したのも結構大きくて。妻が自分の体によく気を遣ってくれるので」

古閑「いいな〜」

<ここでAlaska Jam・森心言が所用で登場>

古閑「なんか一言喋って」

森心言「どうも! Alaska Jamの心言です! 31周年おめでとうございます」

古閑「ありがとうございます。またね!」

 

バンドがまた元気になってきてる

古閑「という流れでの、西村くん、19歳の頃に知り合って、今年で50歳か」

西村「〈とうとう〉って自分で言うのも変なんですけど、自分が50になると思ってなかったですよ。古閑さんが今60歳でしょう? でも、俺が19歳の時に古閑さんが29か30歳くらいだったんですけど、俺の中で古閑さんはそれで止まっているんですよ。60歳の古閑さんじゃないんですよね」

小野「なるほど、わかりますね。出会った時の感じですね」

西村「だから、そういう意味では武正くんも同じで」

古閑「俺もやっぱり武正は18、19の時から止まってるね」

西村「下の世代の子とかを見て、〈あんなにちっちゃかった子がこんなに大きくなって〉みたいに思うこともあるんですけど、結構上の世代の人でも、古閑さんは特に良くも悪くもそこで止まっているというか。言ってることも変わってないから、〈こういう大人がいるんだね〉みたいな感じで。ちゃんとレーベルが活き活きしてて、みんなに〈KOGA、KOGA〉って言われてて、酒もバンバン飲みながら、みんなとコミュニケーションを取ってて。変わらずですね」

古閑「今でもSHELTERが僕のコミュニケーションの場所の1つになっているから。今では自分の店の、こがみもそうだけど。

俺はどんどん年を取るけど、こがみに来る人たちはだいたい20歳過ぎぐらいが多いんで、そういう奴らの音楽が好きだったりするっていうのは、ずっとある」

西村「きっと俺とかより若いバンドの知り合いが多くて、若いバンドをチェックしてるんだろうなって思う」

小野「ほんとに若いバンドの知り合い多いですよね、古閑さんは」

古閑「まあね。最近はもう、こがみのフロアにいるはほとんどバンドマンだしね」

西村「出会いの場みたいになってるんですか?」

古閑「出会い系」

小野「実際、ここ(こがみ)に来るだけで出会いの数は増えますよね」

古閑「そう、まさにその通り。ここはそういう場所にしたかったんだよね」

小野「そうなってるのがすごいですよね。こがみは何年目でしたっけ?」

古閑「9年目だね」

小野「僕もたまに行きますけど、絶対に誰かに会えますもんね」

古閑「こがみは、そういう形で僕がいて来てくれる人がいるっていうのはすごい嬉しい」

小野「しかもバンドマンだけじゃなくて、裏方の人もよく来るじゃないですか」

古閑「スタッフ系の人が来てくれるのはめっちゃ嬉しいね。あと、〈フ●ックソニー〉とか言ってたのにソニーの人たちも結構来てくれるので、すごい嬉しいんですよ」

小野「ソニーの人の知り合いも多いですよね」

古閑「多いね。UKプロジェクトの人たちとかもそうだし。みんなちゃんと来てくれるから嬉しいね」

小野「しかも古閑さんが最近はほぼ毎日店に立ってるから、〈古閑さんに会いに行こう〉みたいな気になりますよね」

古閑「店にいなきゃいけない。スナックのママみたいな。スナックのパパ、もしくはおじいちゃん」

西村「そういえば昔、〈絶対に飲み屋なんてやらねえぞ!〉って言ってませんでしたっけ?」

古閑「それは飲み屋じゃなくてライブハウスだね。みんなに〈古閑さんはなんでライブハウスをやらないんですか?〉ってよく言われたけど、ライブハウスは僕にとって遊び場だから。それを仕事場にしちゃったら、遊ぶとこがなくなっちゃうから。まあ、とはいえライブハウスでも仕事をしてるけど。新人を発掘したり」

西村「そう考えると、ライブハウスの使い方が一番うまいのは、もしかしたら古閑さんかもしれないですね。それがライブハウスのあるべき姿というか。

ライブハウスによっては飲み屋として使われたくないから打ち上げとかもなく終わるライブハウスもあるかもしれないけど、僕らが知ってる下北沢のライブハウスってそこがメインだったりしたから。この前も久しぶりにSHELTERで飲んだけど、やっぱ居心地いいなって。不思議な磁場があるんですよね」

小野「古閑さんが運営してるSTUDIO K5も最高なんですけど、埋まりすぎてて予約が取れないんですよね」

西村「古閑さん自身も使えないっていう」

小野「大人気スタジオですね」

西村「スタジオの需要がこんなにあるの、もう自分たちでやっちゃったりするような今の時代には珍しいですよね」

古閑「宅録文化があるからね」

西村「これだけスタジオが埋まってることとか、古閑さんがそれを持ってることとか、やっぱりバンドがまた元気になってきてるのかなって気がするんですね。一時期〈バンドシーン、大丈夫?〉って言われてたけど、こうしてずっと残っているレーベルだったりスタジオだったり飲み屋だったりがあって」

古閑「俺は、やりたいことを今できてるなって思う。けど、さらに言うと、もう一回誰かしらをブレイクさせたいです。あと、願わくばもう一度KEYTALKに復活してもらって、またバチッとライブをやってもらって泣きたいな。3回目の武道館ライブじゃないけど、なんかまたそういう機会があればいいな。皆さん今日はありがとうございました」

 


INFORMATION
KOGA RECORDS 30th Anniversaryキャンペーン2025
VA『KOGA RECORDS 2025 Winter Collection』のリリースとアニバーサリーを記念して、2025年にリリースしたKOGA RECORDSの新人アーティストの音源と過去の主要アーティストをピックアップした音源でKOGA RECORDSキャンペーンを開催!

・キャンペーン開催各店舗にてKOGA RECORDSスペシャル小冊子を配布! KOGA RECORDS代表・古閑裕とKEYTALK/Alaska Jamの小野武正、新代田FEVERのオーナー西村仁志によるKOGA RECORDSの歩みや下北沢への愛と変遷を語ったスペシャル対談を掲載!

・対象商品5点以上のお買い上げでKOGA RECORDS 2025 Tシャツをもれなくプレゼント!(サイズ:L/XL)
応募方法:キャンペーン参加店舗にて対象商品を1枚お買い上げごとに応募券付き応募ハガキを差し上げます。応募券を5枚集めて、110円切手を貼ってお送りください。
応募期限:2026年1月31日(土)消印有効
※商品の発送は2月以降になります
※サイズ切れによりご希望に添えない場合がございますので、ご了承ください

・さらに! キャンペーン応募券ハガキに大衆居酒屋こがみ下北沢で使えるドリンクチケットが付いてくる!
使用期限:2026年3月31日(火)まで

■対象商品
そこに鳴る/complicated system ※通常盤(2019/11/20発売・KOGA-217)
FOUR GET ME A NOTS/KEEP THE FLAME(2020/3/4発売・KOGA-219)
SpecialThanks/SUNCTUARY ※初回限定盤(2020/4/22発売・KOGS-220)
SpecialThanks/SUNCTUARY ※通常盤(2020/4/22発売・KOGA-220)
そこに鳴る/超越 ※通常盤(CD)(2020/10/7発売・KOGA-222)
FOUR GET ME A NOTS/DEAR(2021/4/28発売・KOGA-225)
シンガーズハイ/Love and Hate(2021/10/20発売・KOGA-235)
ジュウ/CHAKA(2022/11/30発売・KOGA-241)
STRAWBERRY/SCARLET(2022/12/14発売・KOGA-242)
STRAWBERRY/SEAGREEN(2023/1/11発売・KOGA-243)
FOUR GET ME A NOTS/CLASSICS(2023/6/21発売・KOGA-245)
ジュウ/ハードロマンチッカー(2023/7/19発売・KGIS-001)
ジュウ/-120(2024/5/15発売・KGIS-002)
デキシード・ザ・エモンズ/JUMBO MONET(2024/8/7発売・KOGA-247)
liquid people/Injection e.p.(2024/8/21発売・KOGA-248)
デキシード・ザ・エモンズ/JUMBO MONET(2024/9/25発売・KOGA-249)
ジャムトハイボール/Ding Dong Journey(2025/4/9発売・KOGA-250)
絆創攻/二十一世紀ノ大事件(2025/4/23発売・KOGA-251)
otona ni nattemo/街に僕のロックが流れたら(2025/4/30発売・SKSD-001)
でぶコーネリアスEX/EXODUS(2025/5/28発売・KOGA-252)
MUGWUMPS/MUGWUMPS(2025/6/4発売・KOGA-253)
MUGWUMPS/MUGWUMPS(2025/6/4発売・KOGA-254)
liquid people/Astro Buddha(2025/7/2発売・KOGA-255)
Viewtrade/RE POP!!(2025/8/6発売・KOGA-256)
FOUR GET ME A NOTS & WinningShot/Blending Horizons(2025/9/3発売・KOGA-257)
VA/KOGA RECORDS 2025 Winter Collection(2025/12/3発売・KOGA-258)
VA/POP GOES THE WIESEL Vol.1(1994/6/10発売・KOGA-001)
VA/POP GOES THE WIESEL Vol.2(1996/5/1発売・KOGA-007)
デキシード・ザ・エモンズ/K.O.G.A. SINGLE COLLECTION(1997/5/1発売・KOGA-022)
NUMBER GIRL/SCHOOL GIRL BYE BYE(1999/2/10発売・KOGA-060)
CAPTAIN HEDGE HOG/Bonanza<LP>(1999/9/1発売・KOGA-082)
CAPTAIN HEDGE HOG/dolphin<LP>(2001/6/10発売・KOGA-145)
VA/Tribute to THE JAM(2000/11/25発売・KOGA-118)
VENUS PETER/Nowhere EP(2013/6/4発売・KOCA-79)
VENUS PETER/Crystalized(2006/9/6発売・KOCA-30)
nudge’em all/SEE(2011/9/7発売・KOCA-66)
nudge’em all/GO(2017/10/4発売・KOCA-95)
gamy/MOSH OR DIE!!!(2010/9/8発売・KOCA-62)
THE ANTS/REMEMBER IN THOSE DAYS(2008/6/7発売・KOCA-47)
SpecialThanks/SEVEN COLORS(2008/8/6発売・KOCA-48)
ROCKET K/KISS MY ROCKS(2010/1/13発売・KOCA-58)
KEYTALK/KTEP COMPLETE(2016/7/6発売・KOCA-90)
KEYTALK/ONE SHOT WONDER(2013/3/6発売・KOCA-75)
Bentham/ExP(2016/7/6発売・KOCA-91)

■対象店舗
タワーレコード渋谷店
タワーレコード新宿店
タワーレコード福岡パルコ店
タワーレコード オンライン
ほか
※冊子配布はオンライン以外・実店舗のみの配布となります
※タワーレコード オンラインでは2025年12月3日(水)発売の『KOGA RECORDS 2025 Winter Collection』を除き、2025年12月2日(火)0:00以降にカートに入れたご注文が本キャンペーンの対象となります。2025年12月2日(火)0:00以前にカートに入れた場合は、購入確定が2025年12月2日(火)0:00以降であっても本キャンペーン特典付与対象外となりますので、ご注意ください

■開催期間
2025年12月2日(火)〜
※特典がなくなり次第終了

 

RELEASE INFORMATION

VARIOUS ARTISTS 『KOGA RECORDS 2025 Winter Collection』 KOGA(2025)

  • TOWER RECORDS ONLINEで購入

リリース日:2025年12月3日(水)
品番:KOGA-258
先着特典:応募券付き応募ハガキ
価格:1,980円(税込)

TRACKLIST
新曲
1. liquid people/Ornament
2. ジャムトハイボール/足音を立てる町
3. ROCKET K/SUPER DRUNKEN CHRISTMAS ’25
4. ジェニ・ジェニ/サンタが街にやってくる

既存リリース楽曲
5. otona ni nattemo/おやすみモード
6. KEYTALK/LAST CHRISTMAS
7. SpecialThanks/white lover
8. FOUR GET ME A NOTS/Diamond
9. NUDGE'EM ALL/Christmas
10. MUGWUMPS/best wishes
11. piggies/Merry Christmas (I Don’t Want To Fight Tonight)
12. ROCKET K/Can’t I Kiss Dear Mr. Santa
13. そこに鳴る/氷上の埋葬
14. Bentham/STORY
15. SpecialThanks/snow town 雪の降る街に
16. Crispy Camera Club/Wednesday
17. pertorika/午前6時のメリークリスマス