家主でも目覚ましい活躍を見せるシンガーソングライターの田中ヤコブが、2枚組の4thアルバム『ただようだけ』をリリースした。多くの楽器を自ら演奏し、録音やミックスも行うスタイルで作品を作り続けてきた田中だが、今回はSide Aにゲストやエンジニアとの共同作業で制作した曲も収録している。一方でSide Bは、これまでどおり全曲自身で演奏した楽曲集。新たな一面を見せつつブレない芯が貫かれた本作について、音楽ライターの松永良平(リズム&ペンシル)が話を聞いた。 *Mikiki編集部

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田中ヤコブ 『ただようだけ』 NEWFOLK(2024)

 

真摯な回答としての2枚組

――CD 2枚組でのリリース、本当に驚きました。このアイデアは最初からあったんですか?

田中ヤコブ「当初は1枚物の予定だったんです。でも進めていくうちに当初のコンセプトとはズレてきて、結果、2枚組になりました」

――最初に考えていたほうが、Side A(ディスク1)?

田中「そうですね。昨年の段階ではSide Aのデモバージョンは完成していたんです。ただ、自分としてはソロのサード(『IN NEUTRAL』2022年)の時点で、自分ひとりだけで制作するというやり方に関しては、わりとゴールしてしまった感覚がありました。じゃあ次はちょっと新しい試みで外部の人とバンド的に録る、という方法を考えていたんです。でも、参加してほしい方々の都合が合わなくて、作業が進まずにいるうちに家主の『石のような自由』(2023年)の制作が始まって、いったんは完全に頓挫してしまったんです。

その間にも、Side B(ディスク2)に入る新曲がどんどん出来てきていたので、曲数がだいぶ膨らんできてしまった。なおかつ、わりと同時期に作ったものだったから、そこは一緒に出したいなという気持ちもあり、ソロ4th、5thと2枚に分けて出すのも違う感覚があったんです。

その結果、Side Aではスタジオをお借りして自分でドラムだけエンジニアの飯塚晃弘さんに録ってもらい、あとは当初の目論みの痕跡を残したくて少し他の人にも入ってもらいました。Side Bは完全に自分ひとりだけのデモ。2枚で差別化を図ってみて、比較してみてどうなのか、自分でも知りたかった部分があったんです。なので、最初のコンセプトからズレこんでいったことで次の目標(2枚組)が見えたという説明になります」

――Side Aに参加している面々(Shun Yanashima、米山弘恭、ミナトマリ)は、当初に予定していたバンド編成のメンバーですか。

田中「そうです。本来、お誘いしようとしていた人たちです。ドラムも半分くらいは他の方にお願いするつもりでした。ただ、その方に少し叩いてもらったら、自分が叩くドラムのテンポやクセがかなり変だと気づいてしまったんですね。細かい所作みたいな部分をいちいち指定していくのは、自分の口グセを他人に移すような作業で、それだと途方もなく時間がかかる。そう思ったので、ドラムの録音は自分でやったほうがいいのかなとなりました」

――口グセというたとえはわかりやすいかも。そこはソロと家主の根本的な違いでもありますよね。

「家主では、岡本(成央)さんと長年やってるからなのか、デモの方向でちゃんと叩いてくれるので、今までそんなに困ったことはないんですけどね」

――そうやって他の人の音をソロにも大きく取り入れたいという当初のコンセプトがあったということは、やりきったからこそ次の変化をソロにも求めていたから?

田中「いや、変化というか、個人的な気持ちも大きかったんです。セカンドアルバム(『おさきにどうぞ』2020年)を出したとき、自分の作り方に対して、〈私がプロデュースしたほうがいい〉とか〈もっと金をかけてスタジオで録れば〉とか、無神経なことを言われたことがあったんです。そのようなご意見も真摯に受け止めて、サードではあえて全部自分で制作しました。

そして、今度はその人たちが言っていたように〈スタジオを使ったらどうなるかやってやるよ〉という気持ちで、機材も揃っていて一般的にレコーディングで使用されるようなスタジオを使いつつ、なおかつひとりだけでやった音源のSide Bと比較してどっちがいいかを検証しよう、と。個人的には今回はSide Bのほうが聴きやすかったですね。でも、やったおかげで、あれこれ言われたことに対する自分のなかでの論争にも終止符が打てたし、自分としては真摯な回答が出せたかなと思ってます」

――Side Aに入っている“ピクニックボーイ”と“くちなし”のデモバージョンがSide Bに入ったりしてるのは、そういう対比でもあったんですね。

田中「A面とB面で相撲を取らせるイメージでした」