家主でも目覚ましい活躍を見せるシンガーソングライターの田中ヤコブが、2枚組の4thアルバム『ただようだけ』をリリースした。多くの楽器を自ら演奏し、録音やミックスも行うスタイルで作品を作り続けてきた田中だが、今回はSide Aにゲストやエンジニアとの共同作業で制作した曲も収録している。一方でSide Bは、これまでどおり全曲自身で演奏した楽曲集。新たな一面を見せつつブレない芯が貫かれた本作について、音楽ライターの松永良平(リズム&ペンシル)が話を聞いた。 *Mikiki編集部
真摯な回答としての2枚組
――CD 2枚組でのリリース、本当に驚きました。このアイデアは最初からあったんですか?
田中ヤコブ「当初は1枚物の予定だったんです。でも進めていくうちに当初のコンセプトとはズレてきて、結果、2枚組になりました」
――最初に考えていたほうが、Side A(ディスク1)?
田中「そうですね。昨年の段階ではSide Aのデモバージョンは完成していたんです。ただ、自分としてはソロのサード(『IN NEUTRAL』2022年)の時点で、自分ひとりだけで制作するというやり方に関しては、わりとゴールしてしまった感覚がありました。じゃあ次はちょっと新しい試みで外部の人とバンド的に録る、という方法を考えていたんです。でも、参加してほしい方々の都合が合わなくて、作業が進まずにいるうちに家主の『石のような自由』(2023年)の制作が始まって、いったんは完全に頓挫してしまったんです。
その間にも、Side B(ディスク2)に入る新曲がどんどん出来てきていたので、曲数がだいぶ膨らんできてしまった。なおかつ、わりと同時期に作ったものだったから、そこは一緒に出したいなという気持ちもあり、ソロ4th、5thと2枚に分けて出すのも違う感覚があったんです。
その結果、Side Aではスタジオをお借りして自分でドラムだけエンジニアの飯塚晃弘さんに録ってもらい、あとは当初の目論みの痕跡を残したくて少し他の人にも入ってもらいました。Side Bは完全に自分ひとりだけのデモ。2枚で差別化を図ってみて、比較してみてどうなのか、自分でも知りたかった部分があったんです。なので、最初のコンセプトからズレこんでいったことで次の目標(2枚組)が見えたという説明になります」
――Side Aに参加している面々(Shun Yanashima、米山弘恭、ミナトマリ)は、当初に予定していたバンド編成のメンバーですか。
田中「そうです。本来、お誘いしようとしていた人たちです。ドラムも半分くらいは他の方にお願いするつもりでした。ただ、その方に少し叩いてもらったら、自分が叩くドラムのテンポやクセがかなり変だと気づいてしまったんですね。細かい所作みたいな部分をいちいち指定していくのは、自分の口グセを他人に移すような作業で、それだと途方もなく時間がかかる。そう思ったので、ドラムの録音は自分でやったほうがいいのかなとなりました」
――口グセというたとえはわかりやすいかも。そこはソロと家主の根本的な違いでもありますよね。
「家主では、岡本(成央)さんと長年やってるからなのか、デモの方向でちゃんと叩いてくれるので、今までそんなに困ったことはないんですけどね」
――そうやって他の人の音をソロにも大きく取り入れたいという当初のコンセプトがあったということは、やりきったからこそ次の変化をソロにも求めていたから?
田中「いや、変化というか、個人的な気持ちも大きかったんです。セカンドアルバム(『おさきにどうぞ』2020年)を出したとき、自分の作り方に対して、〈私がプロデュースしたほうがいい〉とか〈もっと金をかけてスタジオで録れば〉とか、無神経なことを言われたことがあったんです。そのようなご意見も真摯に受け止めて、サードではあえて全部自分で制作しました。
そして、今度はその人たちが言っていたように〈スタジオを使ったらどうなるかやってやるよ〉という気持ちで、機材も揃っていて一般的にレコーディングで使用されるようなスタジオを使いつつ、なおかつひとりだけでやった音源のSide Bと比較してどっちがいいかを検証しよう、と。個人的には今回はSide Bのほうが聴きやすかったですね。でも、やったおかげで、あれこれ言われたことに対する自分のなかでの論争にも終止符が打てたし、自分としては真摯な回答が出せたかなと思ってます」
――Side Aに入っている“ピクニックボーイ”と“くちなし”のデモバージョンがSide Bに入ったりしてるのは、そういう対比でもあったんですね。
田中「A面とB面で相撲を取らせるイメージでした」

会社員と同じバイタリティで音楽を作るなら年1枚じゃ少ない
――家主の楽曲にも素朴に感じる疑問ですが、曲のアイデアを思いついてから完成までは一気に行けるタイプなんですか?
田中「最近はちょっと腰が重くなってきた感じはあります。今まで作ってきた曲がある程度溜まってきて、過去にやった手法や手グセみたいなものがどうしても出てきちゃうことがあるんです。〈これは昔やったな〉みたいな、(既発曲と)被るか被らないかの線引きは最近ちょっと足枷になってきてるかな。でも、曲の土台が出来てしまえば、そこからかたちになるまではめちゃくちゃ速いと思います」
――なかなか今ここまでのペースで作品を出す人はいない。家主とソロで毎年かわりばんこにアルバムを出しているわけで、しかも最新作が2枚組。言い方は変かもしれないけど、アウトサイダーミュージックレベルの仕事中毒というか。
田中「まあ、アウトサイダーミュージックであるという自覚はしてます(笑)。でも、アルバムや曲を出すことって音楽を作る側からしたら当然の行為とも思うんですよ。最近って、アルバムやMV公開を、すごくもったいぶって発表するじゃないですか。〈重大告知8時より!〉みたいなの。そういうのはちょっとキモイなと思ってます(笑)。少なくとも自分はできない。〈あなたの得意なことってそれ(音楽)なんだから、もっとポンポン曲出せば? プロなんでしょ?〉という気持ちもある。あくまで自分はアマチュアという立場から(音源のリリースなんて)あまりたいしたことじゃないと自覚して出したいんです。ライフワークみたいなものなので。
そう思うのは、自分がかつてサラリーマンとして働いていたからかもしれない。自分が9時から5時で音楽を作っているかと言われるとそういうわけでもない。どう考えても社会で生きてる人のほうが大変だとわかるんで、そこと比較すると自分みたいに中途半端に音楽をやってる人の仕事量ってすごく少ないんじゃないかと。サラリーマンをやってる人と同じくらいのバイタリティで音楽を作るとしたら、年1枚でも少ない気がする。むしろ2枚くらい作らなきゃダメなんじゃないかと思います。何をシングル1枚くらいでもったいつけてるんだと(笑)。自分からそっちの道を選んだのに〈ツライ〉みたいなこと言ってる人を見ると、なんだかな~と正直思っちゃいます」
――今言ってることと通じてるかもしれないですけど、セカンド以降の田中ヤコブのソロ作って、ジャケット写真も、日常を切り取ったような、というか、日常で誰も気に留めないような光景を使ってますよね。
田中「ああ、そうですね」
――そこに特別な意味を深読みしたがる人もいるだろうけど、むしろ作ってる側の意図としては、流れている時間そのものに意味があるようなことなのかと。
田中「まさにそうです。作為的なものがゼロになるようなアートワークというか。今回の写真はセカンドのときも撮ってくれた今井駿介くんなんですが、彼ともそういう話をすごくしていて。彼自身も、バッキバキにキメた写真はわざとらしくて嫌いだそうです。リスナーとしてもそういう目線を持っている人なので、彼と一緒に制作するのは気が楽です。アー写もいつも彼に撮ってもらっていて、作為の無さだったり、あるがままに撮ってくれたりするところが好きですね」
Think Yourself, please
――アルバムタイトル『ただようだけ』も、そういう感覚に連なる?
田中「タイトルは歌詞のなかに出てくる言葉だったりするんですが、これは自分を含むリスナーへの説教というか戒めみたいな感じもあって……」
――説教……。確かに、フィジカルのCDを手にすると、オビには〈Think Yourself, please〉と英文のキャッチが添えられていますよね。〈自分で考えてください〉って意味です。
田中「何かを鑑賞するとき、最近って答えが出てるじゃないですか? YouTubeにある『HUNTER×HUNTER』の解説とか(笑)。まあ自分もわりとそういうのを見ちゃうタイプなんですけど、何かを鑑賞するときはできるだけ〈自分はこう思った〉という、他人を介さない自身の感想を持つことが大事だと思っています。じゃないと、マジで人間がダメになっていくんじゃないかという気持ちがあって。〈私はこう思う〉をリスナー視点でもっと持っていいと思うし、〈鑑賞に正しい答えがある〉みたいな同調圧力からもっと自由になっていいんじゃないかなと。
最近は作り手としても〈自分はこれが好きだからやるんじゃい!〉みたいな気持ちを持てるようになったんですけど、そういったことを直接言うと本当に説教になっちゃうので英語のタイトルに含めたというか。もっと常識や世間のルールに縛られず、自発的に動いたり考えたりしてもいいんじゃないの?、という自分の本意みたいなものは、おそらく作品だけでは伝わらないだろうなと思ってます(笑)。
タイトルに関していうと、こじつけっぽいですが、こういうこともありました。今年、船に乗ったんですけど、船って乗り込んだときは動いてなくて漂ってるだけですよね。でも、その状態で結構船酔いしてしまうんです。でも、動き出すと大丈夫になる。つまり、漂うだけだと〈ただ酔うだけ〉で、だったら動いてる状態のほうが逆に楽。何かしら創作したり、自発的に動いたりしてるほうが結局は楽なんだなということにあらためて気づいたこともタイトルを付ける上で象徴的な出来事でした」
家内制手工業や自家発電のような作曲
――過去のストックから曲を拾い上げて新たに収録することもありますか?
田中「ありますよ。今回も学生時代のストックから作ったのが何曲か入ってます。理由のひとつには、昔だとできなかったことが今はできるようになったので、曲を作り直して世に出せるというのもあるし、今後さらにそういうことはやっていきたい気持ちはあります。
さっきも言ったように、最近は新しい曲を作るときに被りを気にするところも多いので、そう考えたら手持ちは意外とあるのでそこから作り直せるものは作る。その過程での発見で新しい曲がかけたりもする。だから、家内制手工業や自家発電みたいなタームに入ってるかもしれないです(笑)」
――いちばん古い曲ってどれですか?
田中「“山の向こうに”は20歳くらいのときに作った曲ですかね。昔作ったCD-Rに入ってました。“ドライブ日和”は昔に作ったデモをそのまま収録してます。実はSide A用にギターやドラムを録り直したバージョンがあったんですけど、元のバージョンの気持ち悪さみたいなのが新しく録ったほうではいっさい出なくって。ベースはMTRに入ってるコンプを使ったせいかピッチも超危ういんですけど、そのバージョンを10年くらい聴き続けているんでそれじゃないと違う気がした。リテイクをし切れない音楽を自分は当時作っていたんだなとあらためて思いました。そういう意味では、今までの作品のなかではいちばん時代を行き来してるかもしれない。“naked”とクレジットした“The Flutter”も、デモ素材のままですね」
――そういう過去の自分を懐かしく見ます? それとも新鮮に感じます?
田中「……あんまり意識はしないかも。地続きですね。今32歳なんですけど、自分自身に老いみたいなのを、少なくとも音楽をやってるときは正直あんまり感じない。それはYouTubeに出した音源が当時のまま残っていたり、それこそカメラロールにずっと残っていたりするんで、それが断続性、連綿性みたいなものを作ってる気がします。〈当時〉というより全然地続きな感じです。
あと、もうひとついえば、最近の自分は外からの新しい影響が全然ないんです。現代のヒットチャート的な音楽に本気の本気でついていけなくなっちゃって、逆にXTCをめちゃくちゃ聴いてる、みたいな。自分のルーツに返ってますね。でも、昔聴いてた音楽でもレコーディングやライブなどを経た今だとディテールとかが全然違って聴こえたりする。自分のルーツをちゃんと掘り返して学ぶべきだろうなと最近は思ってます」
――最近、知り合いとAIシティポップの話をしてたんです。結局AIは参照を重ねてのクリエーションなわけだから、最終的にAIを使った曲作りは20世紀のポップミュージックにすごく感謝することになるんじゃないかと。
田中「自分もそういう感覚はめちゃくちゃあります。バンドでいろいろやってて機材の追求とかをしていくと、1970年代くらいでほぼ完成してるんじゃないかという気持ちになります。技術の発展と文化の衰退が反比例していて、人の感度が下がっていくのに対して技術がどんどん上がってる。人間が感じられるちょうどいいラインはすでに通り過ぎた感じがします。単純に自分の趣味が時代に合ってないだけかもしれませんが」

ノーコンプでクリップしちゃってるドリーマー
――たとえばトッド・ラングレンとか、エミット・ローズとか、1970年代に宅録をやっていた人たちってめちゃくちゃ恵まれた環境にあったわけじゃなく、手持ちの機材を使って自分ひとりで突き詰めて生まれる限界ギリギリのバラエティみたいな精神があった。そこは確実に通じてると思います。
田中「個人の趣味性を突き詰めるみたいな、もっと夢を持つべきだと最近は思うようになってきてます。やっぱり昭和を生きてきた人たちって今もめちゃくちゃ夢を見てるなと思うんです」
――よくもわるくも、ですけどね(笑)。
田中「それこそ自分が好きな人間椅子の和嶋(慎治)さんもそうですし、自分が今使ってるアンプをモディファイしてくれてる秋間さん(秋間経夫/マルコシアス・バンプ)としゃべってると、まるで少年のようで。夢見てるな、って思います。逆に同世代に立ち返ると全然面白くない。秋間さんたちとしゃべってるほうが気持ちが楽だし、自分が若くなったように思える」
――本当はすごく年上の人たちなのに。
田中「若い人たちって、よく言えば現実を見据えていて、夢を見すぎないように自分にコンプをかけているようなところがある気がするんです。でも、自分が憧れる上の世代の人たちは、そこがまるでノーコンプだし、なんならめちゃクリップしちゃってるんです(笑)。
最近、ジミー桜井さんという方のドキュメンタリー映画(『MR. JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』2025年公開)を見させてもらったんですが、誤解を恐れずに要約するとジミーさんって、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジが好きすぎて、〈ジミー・ペイジになる!〉って言ってる方なんです。コピバンの域はとっくに超えていて、〈ツェッペリンは伝統芸能だからそれを継承する〉と宣言しているような日本人で。もともと存在は知ってたんですけど、その映画を見たら、完全に秋間さんと同じタイプの人に思えました。実際にライブをジミー・ペイジが見に来たり、今はジョン・ボーナムの息子と一緒にバンドをやったりもしてるみたいで、そこまで行ったら最高ですよね」
――それは最高(笑)。
田中「人からどう見られようがいっさい気にせず、自分のやりたいことをやる。そこにものすごく憧れるように最近なりました。自分もサラリーマンをやってた頃は、同世代の若者的な悟りもあったんですが、最近はそっちとは真逆なほうに来てる気がします。もっと夢にぶっこむべき、みたいな」
こちとら趣味性全開
――それは家主が多くの人に聴かれるようになってきた実感が後押ししてくれてる部分もある?
田中「音楽を好きなように続けさせてくれてる環境がある、ということはめちゃデカイと思ってます。広がっていくかどうかは特に気にはしてないんですけど、聴いてくれてる人が増えてきたことは多少自覚するようになりました。〈自分は公に音源を出していい人間なんだ〉という証明のようにも思えるし。
たとえば技術が下手でも、いい音楽特有の深さや聴きごたえ、みたいなものがあると思うんです。でも、近年は音源をリリースできるハードルが下がったのか、その深さを感じない人、悪い意味で本来のアマチュアがすごくいっぱいいる気がします。あくまでアマチュアである自分が音源を出し続けられているのは、そこと比べて、それ相応のクオリティを担保できているからなのかな、という気持ちも多少はあります。
リスナーの質みたいな話にもなっておこがましいんですけど、家主がわりと最近いろんな人の目に触れるようになってきた反面、ライトな層やフェスに行くような若い層も増えてきたという感覚がある。でも、自分の音楽を聴いてもらう上では、エミット・ローズやアイドル・レースが共通言語としてあってほしいというのも正直な気持ちで(笑)。もし家主というバンドがライトな層の窓口になれていたとすれば、そこから自分のソロまで聴き込めた人は、〈ホント音楽好きなんだねえ〉みたいな。あえて上から言えば〈ここまでついて来られるかな?〉みたいな感覚もあるかもしれないです。こちとら趣味性全開ですし、リスナーを神様みたいに考えるのも違う気がするし。元来のシネフィル的な性格の悪さが高じて今に至っているので」
――でも、〈田中ヤコブ〉という引っ掛かりを感じるからこそ、家主からソロに入ってくる人たちも多いですしね。
田中「そこを入り口に、秋間さんのようなドリーマーになってほしいですね(笑)。
大衆的な観点からすると自分なんてアングラだと思うんです。でも、大衆的な感覚の人が聴いてもある程度わかるものを作りたいという気持ちがある。仮にトー横キッズが聴いても、テンションとか時間帯によってはちょっと聴けるぞ、みたいな(笑)。露悪的なものに振らない、アート的なものに逃げない、みたいな部分は自分には大事なんです」
曲が出来ないことも歌詞になる
――そういう部分では、ヤコブくんの書く歌詞も重要だと思います。生活から離れすぎずにどれだけ夢を見れるか。今を生きて暮らしてるという意識に足場は置いて、そこからたどり着ける高みを探しているような。
田中「そこは結構テーマにしていますね。それこそ台風クラブとか、自分がちゃんと尊敬できる同世代や近しい人たちは、地に足をつけてリアルな視点で音楽を作っているので、良い影響は受けようと思ってます。音楽というより、生きざまみたいなものにそれを感じます」
――〈覆水(mp3)WAVに返らない〉(“くちなし”)とか最高ですよね。歌詞も、書き始めたら一気に行けるタイプですか?
田中「そうですね。基本的には最後までツルッと行けます。ここだけ歌詞が空白で、みたいな作り方はない。結局、歌詞もリズムみたいなものなので、そこまで深く考えて書いてるわけでもないし、そのときに思ってることがメロディにハマればいいや、くらいの感じなんです。
近年は創作の悩みみたいなものが歌詞のテーマになることが多いかもしれない。卑近なフラストレーションが歌詞になりやすいから、今は曲が出来ないこと、モチベーションがないことが題材になる」
――出来ない、って言っても、曲はどんどん出来てるんですけどね。
田中「家主での活動も創作に関してはプラスに働いてると思います」
NEWFOLKの〈バカみたいイズム〉
――そういう活動のバックボーンとなるNEWFOLKって、どんな存在ですか? たとえば今回も「2枚組にしたい」って言ったら、須藤さん(主宰の須藤朋寿)は「いいよ!」って言ってくれるわけじゃないですか。
田中「自分がやりたいことを具現化してくれるところではめちゃくちゃ信頼しています。須藤さんとはよいコミュニケーションも取れるし、基本的には近い目線で作品の良し悪しを判断していると思うので、〈こういうのが出来ました〉と自分の録音を聴かせたときも、反応に違和感がない」
須藤朋寿「今回も〈2枚組のほうが面白いんじゃない?〉みたいな話をツアー中に移動している車でしてましたね。いい意味で、ヤコブくん経由で秋間さんたちをはじめ先輩方のドリーム思想にすごく感化されてる部分が僕もあるので、〈面白いことなら思い切ってやっちゃったほうがいいんじゃない?〉みたいな気持ちになってるところはあります」
田中「あと、自分が他人のやってる音楽で初めてグッときた存在に、大学時代に見た〈バカみたい〉というバンドがいまして。彼らを見たときにグッときた感覚が、不思議とNEWFOLKにいるバンドには継承されてる気がするんです。バカみたいがきっかけで、ラッキーオールドサンの篠原(良彰)くんがやっていたCOPIESというバンドを知り、彼らや初期のラッキーにも〈バカみたいイズム〉をすごく感じた。いびつなバランスだけどギリギリ成り立ってるような。もしバンドや音楽がかたちを持ってるとしたらこういうのがいいよね、って感じがどのバンドにもある。見てて〈おや?〉と不安になるような感じがない。バンドの成り立ち方を見る目線が、もしかしたら須藤さんと自分は近いのかな」

しかるべきメンバーがいればソロバンドでライブもできる?
――ちなみに、Side Aを当初の構想のままバンドで制作してリリースまで至っていたら、そのままライブもやった可能性があったと思いますか?
田中「よほどしっくりきてたら、ですかね。バンドになってしまうと個々のメンバーの取りまとめとかもしないといけないし、まず事務的なところに目が行ってしまって二の足を踏んでたと思います。スタジオに知らない人同士が入って変な空気が流れないか、とか(笑)」
――ソロでの弾き語りも最近はやってないですよね。ファン目線で言うと、弾き語りでもいいからソロの曲をライブで聴きたいという人は多いだろうなと思います。
田中「もしやるなら、弾き語りよりはメンバーを集めてやってみたい気持ちが強いですね。家主よりも絶対やりやすいだろうなと思うし」
――え? そうなんですか?
田中「音量の問題ですね。ピアノとかが入ってくると自ずと音量は下がるので。今の自分の力だったら、しかるべきメンバーがいればようやくソロもできるのかなと思います」
――そんな気持ちがあると知って、正直意外だし、うれしい。
田中「まあ少なくともあと数年はかかると思いますが……。メンバーが集まればやれるんじゃないかという気はしてます」
――最後にあらためて、この時代にCD 2枚組の大作、作ってみてどうでした?
田中「今回は宿便のように曲が溜まってしまったので、それを出したかった。出すことでいろんな感情も整理もできたし。今後も曲が渋滞したら、こういうことをする可能性はあるけど、次に作るソロは1枚で従来のような作り方がいいかな。でも、そこはなりゆきなので」
RELEASE INFORMATION
■2CD/DIGITAL
リリース日:2024年11月13日(水)
品番:NFD-016/017
価格:3,500円(税込)
Download & Streaming:https://linkco.re/tgecbGym
TRACKLIST
Side A
1. ぬけがらの海
2. ファウルフライ
3. 午後四時
4. 山の向こうに
5. The Flat
6. くちなし
7. ピクニックボーイ
8. 風の中に
9. きっと誰かがずっと
Side B
1. Initiation
2. ピクニックボーイ(proto)
3. 暇ゆえに
4. ヤコブの梯子
5. ドライブ日和
6. くちなし(proto)
7. 歩き方から教えてくれろ
8. むかしのことばかり
9. 釣れない釣りに行く理由
10. ながれの中に
11. The Flutter (naked)
12. I won't keep you waiting (CD bonus track)
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