電子音楽家のausはなぜ日本の箏に惹かれた? 新境地を示す『Eau』を語る!
和楽器の箏(こと)の音、と言えば宮城道雄作曲の“春の海”。日本人なら誰もが反射的に想起してしまう〈ザ・お正月〉の音色である。ausが、この箏の演奏を軸に制作したアルバム『Eau』を発表した。約15年のブランクを経て、復帰作となった2023年の『Everis』以降、精力的に活動を続けるaus。振り返れば、エレクトロニカ、アンビエント、室内楽など、ときには実験的に、さまざまな音にさまざまな角度で耳を凝らして試行錯誤してきたとも言える作家だ。だが本作は新たなフェーズを示す一枚であり、かつジャパニーズ・オリエンタリズムへの果敢な挑戦、と言えるかもしれない。自身のレーベルFLAUと、古今東西の未知なる音の魅力を提案する大阪のレーベル、EMとの共同リリースになった本作について、ausに訊いた。

――『Eau』で目論んでいた試みとは?
「『Everis』は自分の携帯電話に保存されたビデオや録音を基に、ひとつの楽曲に100以上のフィールド・レコーディングで録った音を重ねて作ったものだったんですね。いわば記憶の塊のような作品だった。その反動で次作はミニマルなもの、個人的な記憶や日常から距離を取ったものを作りたいと考えていたんです。そこで、箏という楽器の特性を活かした作曲をすると、自分の旋律やハーモニーが、よりはっきり立ち上がってくるのではないか、という確信に近い感覚があって」
――箏という楽器にはどんな印象を?
「三味線や尺八もそうですが、日本の風景や情緒が刷り込まれている楽器だなと。音色だけで日本っぽいイメージが湧くのはなかなか凄いことですよね」
――今回、箏を使用された経緯は?
「以前、ホテルのサウンド・デザインを制作した際に箏を使う機会があったんですね。そのときは擬似的に響きを加えたのですが、箏本来の音の美しさ、豊かさに向き合わないといけない気がしていたんです。いつかは正面から取り組みたいと。電子音楽は音をいくらでも引き延ばすことができるからこそ、それと正反対の、箏の余韻の短さやその中にある変化に強く惹かれたのかもしれません。箏を知らない人間だからこそ、和楽器としての文脈や、日本的な象徴性から距離を置いて、純粋に楽器としての特性を違う角度から扱えるのではないかとも思ったんです」
――なるほど。『Eau』の箏の演奏者である奥野 楽(エデン)さんとは制作中にどんなやりとりをされたのでしょう?
「箏のパートはこちらでデモを作り、それぞれの奏法については奥野さんにお任せして即興的に演奏いただいたものを収録しています。例えば“uki”では輪連(われん)と呼ばれる、爪と箏をこするような奏法で、アルペジオの中にプリペアドのような音色をアクセントとして入れ込みました。“orientation”ではスリ爪や流し爪など、さまざまな奏法を組み合わせていますが、パーカッション的な音もノイズもすべて箏の音です」
――プロダクションの面で意識された点は?
「箏を、たとえばハープのようにソフトな音で扱う、西洋的なアプローチも魅力的ですが、今作では楽器の物質性にフォーカスした表現をめざしました。当初からシンプルな旋律の反復と変化によって、楽器の物理的な制約と呼応する構造を考えていたんです。そうした楽曲をアルバム前半に配置し、後半は箏そのものの音に電子的な処理を加え、具体音や持続音との共存を狙った。ただエレクトロニクスやシンセサイザーによる過度な加工や色付けは、控えるようにしました。音そのものに耳が向く状態を作りたかったんです」
――箏と電子楽器との親和性など、制作中の新たな気付きは?
「 箏はアタックが明確で、減衰が早いので、一音入ることで、連続していた電子音の時間が細かく区切られて、流れに呼吸のような起伏が生まれます。一方、箏の短い音はシンセの持続音で空間的に支えられて奥行きを帯びさせることができる。相互補完のような関係を自然に作れるんですね。箏からいろんな音が出ることにも改めて驚きました」
――本作を含め、制作においてもっとも大事にされていることを言葉にするなら、どのようなものでしょう?
「一言で言えば〈好きなように、やりたいようにやる〉ということでしょうか。もちろん影響を受けることはありますが、音楽は自分にとって個人的なもの。その傾向は2年ほど前に制作を再開してからより強くなった気がします。自分は楽器の演奏ができるわけでもないですし、いまも中途半端な形で音楽と関わっているという意識がある。ただ、そうした宙ぶらりんというか、外側の視点から生まれる音楽があってもいいんじゃないかと、最近は肯定的に受け止められるようになりました。あまり頭が固くならないようには気を付けたいですけど(笑)」
――ジャケットの漢数字は箏の楽譜、糸譜をイメージされたものですよね。
「糸譜の漢数字が幾何学的なグラフィックのように見えて、とても新鮮だったんです。その少し前に、今回アートワークを手掛けてくれた(映像作家/デジタル・アーティストの)橋本麦さんがユニコードを使った鮮烈なMVを作られていたのを思い出して、相談しました。なので奥野さんの手書きの文字がアレンジされて使われています。来年にリリースされるレコードにはもともとの奥野さんの楽譜も一部掲載されていますので、ぜひご覧いただけたらと思います」 *中村悠介