へニング・シュミートとausの新作を機に探るFLAUの音世界!!

 優美にして幽玄――2006年に東京で設立されたレーベル、FLAUの作品に通じるムードを表そうとすると、そんな言葉が浮かぶ。エレクトロニカやダウンテンポ、アンビエント、室内楽など音楽性はさまざまながら、主宰を務めるausの審美感が貫かれたカタログは、〈FLAUらしさ〉としか言いようのない空気を纏っているのだ。すでに100作以上をリリースしている同レーベルだが、20周年を迎えた今年2月にもへニング・シュミートの新作『Music for 3』、ausとハンブル・ビーとのコラボ『Chalybeate』を発表したばかり。この記事では両作のインタヴューに加えて、レーベルの代表作を紹介。FLAUの魅力を改めて確かめてほしい。 *田中亮太


 

HENNING SCHMIEDT
森や水はそれ自体が音楽を持つ――静かなるピアニストが語る、新作『Music for 3』を導いた制御できない創作の愉しみ

 旧東ドイツ出身のピアニスト、ヘニング・シュミートはポスト・クラシカルの文脈で人気を集めているアーティストだ。クラシック、アンビエント、フォーク、ジャズなど、多様な影響を受けて作られた音楽が高く評価されている。その才能は、ギリシャにおける20世紀最大の音楽家と言われるミキス・テオドラキスを筆頭に、多くの才気に溢れたアーティストたちを惹きつけてきた。

 そんなシュミートが新作『Music for 3』を発表。デザイナーのミズシマナツコ、調香師の沙里とのプロジェクト〈Drei 3〉のために制作した音楽を収めた本作は、森がもたらす感覚にインスピレーションを受けたという。その感覚について、今回インタヴューに応えてくれたシュミートは次のように語る。

 「森は魔法のような場所です。決して退屈ではありません。たくさんの物語を語りかけてくるからです。私たち3人が初めて顔を合わせたのは、ベルリン近郊にあるランケの森でした。森はいつも、包み込まれるような感覚や、大地に足が着いている感覚を与えてくれます。心を落ち着かせ、バランスと内省の状態へと導いてくれるのです。ランケの森には、まさにそうした力がありました。木々や土に直接触れ、枝葉の隙間から空を見上げる。そうした感覚そのものが、とても大切だったのです」。

HENNING SCHMIEDT 『Music for 3』 FLAU(2026)

 本作はピアノを軸にしつつ、そこにフィールド・レコーディングした鳥の鳴き声といった自然音や静謐な電子音を加えている。まるで周囲の音と共に音楽を作りあげていくような曲群は終始温もりとたおやかな空気を醸し、肌触りのよいブランケットのような音像で聴き手をくるむ。

 「音楽が〈環境のなかに存在するもの〉だと意識した最初のきっかけは、ブライアン・イーノの『Ambient 1: Music for Airports』。彼は、いつ中断されても芸術的価値を失わないほど洗練された、背景音楽の形式を生み出しました。フィールド・レコーディングと直接向き合ったのはその後で、ベルリンの前衛作曲家ジェイロープとのコラボレーションがきっかけです。彼はコンサート直前の会場の空気を録音し、その音をレゾネーターに通すことで、空間そのものを演奏の一部にしていました。また、〈Drei 3〉でフィールド・レコーディングを使う発想を与えてくれたのは、FLAU主宰のaus。彼は、環境音が3人で共有する物語と音楽をより深く結びつけると感じていた――その考えは完全に正しかったと思います」。

 ピアノに合わせて自然音がパーカッションを担うようなサウンドは、シンプルかつゆったりとしている。そこには人と自然が共生することの寿ぎが感じられ、微笑ましい。しかし、今回の作風に至るまでには紆余曲折があったようだ。

 「正直に言うと、僕の計画は上手くいかないことの方が多いですね。最初は、フィールド・レコーディングをピアノで弾くメロディーの背景として使おうと考えていましたが、それは失敗でした。森や水は、それ自体がメロディーを持っていて、〈聴かれること〉を強く主張してくるんです。背景としては、あまりにも密度が高く、生き生きしすぎていた。僕にとって創作は、完全にコントロールされていない状態のほうが上手く機能します。ひとつの仮定や出発点から始まり、解決するというより乗り越えていくべき問題の連なりとして展開していく。最終的には、計画よりもプロセスのほうが重要なんです。必要なのは、時間と空間、そして未知のものへ踏み出す勇気だけですね」。 *近藤真弥

へニング・シュミ―トの近作を一部紹介。
左から、ミキス・テオドラキスの生誕100周年を記念した2025年作『Mikis Theodorakis Lost Songs』(Intuition)、2024年作『Orange』(FLAU)

 

aus + the humble bee
最高に整う入浴のために必要な音はどんなもの? 日英を代表する電子音楽〜アンビエント作家が共作した、温泉のためのアルバム!!

 ausによる新作『Chalybeate』は、2024年に群馬・伊香保温泉で行われた入浴イヴェント〈いかほサラウンディング/アンビエント音泉〉のために彼が制作した音楽を、英国を代表するアンビエント音楽家のハンブル・ビーがミックスしたアルバムだ。ausは伊香保の温泉街に1か月滞在し、取材やフィールド・レコーディングを実施。そこで録ったさまざまな音源を元に、当地の8つの旅館にある露天風呂で流すために制作された楽曲が収められている。厩を起源に持つ旅館のための“specular ochre”では馬のいななきを、“blushing copper light”では芸妓文化の残る伊香保の芸妓が弾く三味線の音をサンプリングするなど、サイトスペシフィックな手法で作られ、心地良いドローン・アンビエント・サウンドに仕上げられた。

 「反響音も強いですし、お風呂によって音響の具合も全然違う。環境にフィットするように、各旅館で録音した環境音の周波数を操作して音階を立ち上げ、それを元にシンセサイザーの音を作ったりもしました」(aus:以下同)。

aus, THE HUMBLE BEE 『Chalybeate』 FLAU(2026)

 音楽を聴くために温泉に入る人はいないだろう。レコードを聴くことやコンサートに行くことなど能動的な聴取ではなく、たまたま入った露天風呂で音楽が流れている、という状況で、いかに違和感なく心地よく入浴できるような曲を作るか。

 「聴く者の感情を過剰に揺さぶる音は求められません。また、楽曲を最初から最後まできっちり聴くわけではないから、構成に凝っても意味がない。自分の作品では作家性を前に出しますが、今回はそれを抑えるべきだと考えました。温泉場はいろいろな音で満ちていますし、音楽が環境音と一体化することも前提になってくる。だから、なだらかに音が変わっていくドローン的なものになりました。制約は多かったですが、だからこそおもしろいし、やりがいがありましたね」。

 リリースするにあたり、最終的な仕上げをハンブル・ビーことクレイグ・タターサルに任せたのは、長い制作期間で自身が深く関与しすぎたこともあり、作品に客観性を持たせるためだった。

 「全部で300分ぐらいの音源をまるまる渡して、ミックスしてもらいました。伊香保のお湯は鉄分が多くて錆色に近いんですが、クレイグの使うテープ・ループもざらついた錆っぽい風情があるので合うかなと。元の音源は露天で聴こえる環境音に合うように透き通った音を使いましたが、ミックス後の音はまるで温泉の中に浸けたような、ざらついてくぐもった仕上がりになっていて、感嘆しました」。

 〈いかほサラウンディング/アンビエント音泉〉は12旅館に規模を拡大して2025年も行われた。そこでausが作った音楽もアルバム化の予定があるという。そのほか、さまざまなコラボレーションやオリジナル音源を同時進行で制作中。2023年に15年ぶりのアルバム『Everis』を発表して以降、ausは解き放たれたようにリリースを重ねている。音楽性も従来の端正なエレクトロニカからポスト・クラシカル、アンビエント、箏奏者との共演など幅広い。

 「すべてを自分でコントロールしなきゃ、という気持ちは薄れていますね。そうでないと、この作品は作れなかった。ペトロールズの長岡亮介さんと共作させてもらった『LAYLAND』もそうでしたが、他者のアイデアを取り込むほうがおもしろいものが出来る。自分一人で全部考えていると、そこ止まりなんで」。

 以前よりも柔軟になり、開けてきたaus。今後も期待できそうだ。 *小野島 大

ausの近作を一部紹介。
左から、2025年作『Eau』(FLAU/EM)、2024年作『Fluctor』(FLAU)、長岡亮介との2023年のコラボ作『LAYLAND』(ENNDISC/FLAU)

 

FLAUに凛と咲いた花たち――20年のカタログから選出した11枚を紹介!

EL FOG 『Rebuilding Vibes』 FLAU(2009)

ヴィブラフォン奏者のMasayoshi Fujitaが電子音の比重を強めた制作を行う名義での2作目。マスタリングにポールを招いた狙いからも明らかだが、少ない音数に濃密なグルーヴを孕ませる様はミニマル・ダブ的でもある。

 

LIZ CHRISTINE 『Sweet Mellow Cat』 FLAU(2012)

リオデジャネイロから届けられたコラージュの逸品。ラウンジや映画音楽から切り抜いた素材に生活音などを混ぜつつ、キュートでマジカルな音楽を創造している。随所で彼女の愛猫たちがニャーニャー鳴いているのもイイ。

 

IKEBANA 『when you arrive there』 FLAU(2013)

makiとenの日本人女性2人組によるユニットのセカンド・アルバムは、生々しい音のエレキ・ギターと儚い歌声で余白を持った美を創出した。陰鬱な気持ちをありのまま受け入れるディープな優しさがここに鳴っている。

 

STEFAN JOS 『Primitives』 FLAU(2015)

さまざまな名義でエレクトロニック・ミュージックを作ってきたモントリオールのデヴォン・ハンセンが、ダブ・テクノ~ミニマル・ハウス路線でまとめた唯一のアルバム。まろやかな低音が体を、メタリックな高音が脳を踊らせる。

 

VARIOUS ARTISTS 『Brrwd Love Vol. 1』 FLAU(2016)

ター・クーとRepeat PatternによるコレクティヴのBRRWDがピンク・シーフやサブマースら世界各国の気鋭ビートメイカーの楽曲を集めたコンピ。いまをときめくディジョンがデュオ時代に参加しており、その面でも改めて聴き直したい。

 

TEAMS, Noah, REPEAT PATTERN 『KWAIDAN』 FLAU(2018)

こちらは怪談ブームのいまこそ再注目。日米のトラックメイカー3者が「牡丹灯籠」「お岩さん」など日本の幽霊譚をモチーフに、その物語が持つ普遍性を美麗なエレクトロニカとして表したコンセプチュアルなコラボ盤だ。

 

徳澤青弦, 林正樹 『Drift』 FLAU(2020)

それぞれ多方面で活躍する音楽家のデュオ作。制作期間は9年に及んだそうで、チェロとピアノのみでの演奏はエレガンスと緊迫感を同時に喚起する。スクエアプッシャーをカヴァーするなど、独自のアプローチも聴きものだ。

 

京都出身のトラックメイカーが事件被害による5年間の活動停止を経て、完成させた3作目。持ち前のファンタジックな音世界はそのままに、躍動的で強靭なビートを乗りこなし、鮮烈なまでに力強く〈復活〉を刻印している。

 

DALE BERNING 『The Horse Stories』 FLAU(2021)

フランス系南アフリカ人でロンドンを拠点に活動する音楽家が、現代美術家・さわひらきの映像作品用に作った2007年のサントラを新装リイシュー。水や木など自然の音とオルゴールの調べが重なり、聴き手を甘い郷愁に誘う。

 

CRYSTAL 『Reflection Overdrive』 FLAU(2021)

景気の良いフューチャー・ファンクを衒いなく鳴らす東京の2人組による2作目には、サンダーキャットからマティアス・アグアーヨまでが参加。ドリーミーなラウンジが絶品の、片割れによるソロ=Sparrowsもお忘れなく。

 

CICADA (TAIWAN) 『Gazing the Shades of White』 FLAU(2026)

台湾発の室内楽アンサンブルによる最新アルバムは、ストリングスやピアノを重ねた優雅で悠久なる演奏で、太古の記憶が眠る氷河を表現。CDにはausやリーヴィングのコロボーらによる4つのリミックスも収録している。 *田中亮太