2000年代初頭のエレクトロニカシーンの流れを受け継ぎ、2006年にデビューを果たしたフクゾノヤスヒコのソロプロジェクト、aus。同年、自身のレーベル、FLAUを設立し、ポストクラシカルの人気アーティスト、ヘニング・シュミートから先鋭的なエレクトロニックミュージックを切り拓くサブマースやMadeggまで、多数のアーティストを輩出しながら、ausとしての作品リリースは2008年のアルバム『After All』を最後に、長い沈黙が続いていた。
2017年には、レーベルオフィスへの不法侵入と窃盗事件に巻き込まれ、精神的に計り知れないダメージを負うと共にそれまで作り貯めていた全ての音源データを喪失。その後の音楽活動が危ぶまれていたが、2023年1月にシングル“Until Then”で復活を果たすと、実に15年ぶりとなる新作アルバム『Everis』をリリース。多数のゲストを迎え、ピアノやストリングスをはじめとする生楽器やボーカル、フィールドレコーディングの素材などを幾重にも重ねたサウンドスケープが美しく濃密に描き出されている。
長きに渡る不在を埋めるように、作品から喚起される豊かな記憶や感情は、ausのどのような音楽観や思いを物語っているのだろうか。
人生に残された時間を考えるようになった
──2008年の『After All』から実に15年ぶりとなるアルバム『Everis』がついにリリースされました。作品リリースのブランクがこれだけ空いてしまったのにはどんな要因があったのでしょうか?
「自分の制作をやりたいと思いつつ、レーベル運営だったり、コンサートの制作や招聘など、自分の音楽制作以外だったりに費やす時間が増えていったことが大きくて。大事な作品やライブを預けてもらっているわけなので、中途半端にはできないですし、さらに年齢を重ねていくと、生活の比重が増していって、時間的にも肉体的にも制限されるようになってくる。
そして、ある時、思ったんですよ。〈いつになったら自分の作品ができるんだろう〉って。そこで初めて自分の人生に残された時間を考えるようになったんです。だから、レーベルオーナーとして、すでに決まっていた作品のリリースをどんどん進めながら、時間に余裕がある時に徐々に自分の音楽制作を進めていったんです」
──作品を制作するうえで、15年のブランクをどう考えられましたか?
「あくまで個人的な作品、過去を総決算するような作品を作りたいと思っていたので、ブランクもそうですし、時代や周囲の状況、いまのリスナーやトレンドについては考えてなかったかもしれないです。
ただ、アルバムの前にリリースしたシングル“Until Then”に関しては、今振り返ると、これまでの作品制作で自然と熟成された自分の手癖が無意識的に盛り込まれていたというか、それによって過去と現在がつながるものになっているんじゃないかなって」
10代から録り溜めた〈音のタイムマシン〉が奪われたダメージ
──その制作期間中である2017年には、レーベルオフィスへの不法侵入と窃盗事件もありました。それによって、フクゾノさんが作り貯めてきた全ての音源データと機材が奪われ、失われてしまった。
「作り貯めていたストックはものすごい量あって、自分のなかで高まりを感じながら作業を進めていたんですが、あの一件によって、音楽制作は完全にストップしてしまいました。
それと同時に、自分がこれまで作ってきたもの、それに付随する記憶や思いに執着があったことを初めて気づかされて、それがまたすごくショックで。だから、その後しばらく音楽制作が出来ませんでした」
──それこそ、2008年のアルバム『After All』は、フクゾノさんが10代の頃に作った曲を元に作られた作品でしたが、過去の曲は思い出の記録というだけでなく、その後の作品にも大きな影響を与える創造の源でもあったと思うんです。
「そうですね。僕はこれまでほとんど全ての音をYAMAHAのEX5というシンセサイザーで作っていたから、そのフロッピーに保存していた時代のものを含め、10代で曲を作り始めた頃から全てのデータをずっと残していて。音のタイムマシンというか、巻き戻そうと思ったら、どこまででも巻き戻せるので、その時の自分に合う音のピースやシーケンスをストックから引っ張り出して、その都度作り替えていくのが自分のスタイルだったんですよね。
失ってはじめて、それが自分にとっていかに大事なプロセスであったかを気づかされたというか、戻ることが出来なくなってしまったことで負ったダメージは本当に大きかった」