ワーナーミュージックの洋楽名盤シリーズ〈FOREVER YOUNG〉のリイシュー作品を紹介する連載! 今回はパンクの根源となるレジェンドたちの18枚!
洋楽名盤をリイシューするワーナーミュージック発の〈フォーエヴァー・ヤング〉シリーズからタイムレスな定番タイトルを紹介していく連載です。今回は1月22日に登場した第5弾より、後のパンク像の確立に影響を及ぼしたUSのプロト・パンク〜初期パンクの合計18タイトルがラインナップされています。
まず、後年になって〈パンクのゴッドファーザー〉と呼ばれるようになったイギー・ポップ(ヴォーカル)を中心に、ロン・アシュトン(ギター)とスコット・アシュトン(ドラムス)の兄弟、そしてデイヴ・アレクサンダー(ベース)で構成されたストゥージズ。67年にデトロイトで活動を開始した彼らのプリミティヴなパフォーマンスとガレージ・サウンドは、パンク成立後に始祖として再評価されることになりました。以降の活動もありますが、今回はエレクトラ時代の2作がラインナップされています!
2組目のMC5もデトロイト発のバンドで、ウェイン・クレイマー(ギター)、フレッド・ソニック・スミス(ギター)、デニス・トンプソン(ドラムス)、マイケル・デイヴィス(ベース)、ロブ・タイナー(ヴォーカル)から成る5人組。ストゥージズと並んでエレクトラと契約しますが、活動家のジョン・シンクレアがマネージャーを務めたことから反体制的な側面はより強く、70年にはアトランティックに移籍。72年の解散後に〈パンクのオリジネイター〉として再評価されました。今回はエレクトラ〜アトランティック時代の3作がリイシューされています!
そして3組目のラモーンズは、74年にNYで結成され、76年にサイアーからデビューした4人組。ジョーイ・ラモーン(ヴォーカル)、ジョニー・ラモーン(ギター)、ディー・ディー・ラモーン(ベース)、トミー・ラモーン(ドラムス)という同姓を用いたネーミング、後のポップ・パンクにも直結するシンプルなバンド・サウンドはNYパンクの先駆者と呼ばれるに相応しいもの。今回はサイアー時代の13枚がボートラ山盛り仕様で登場します! なお、ラモーンズを後見したマネージャーのダニー・フィールズは、もともとエレクトラでストゥージズやMC5との契約を進めた重要人物でもありました。
MC5と同時期にエレクトラに見い出され、時代の流れのなかで〈パンク・ロックのゴッドファーザー〉として追認されるようになったプロト・パンクの名盤。剥き出しなイギー・ポップの歌唱と粗削りなガレージ・サウンドをジョン・ケイル(元ヴェルヴェット・アンダーグラウンド)のプロデュースで封入したファースト・アルバム。代名詞的なナンバーの“I Wanna Be Your Dog”、セックス・ピストルズやザ・スターリンらのカヴァーでも知られる“No Fun”もここに。
元キングスメンのドン・ガルッチがプロデュースを手掛け、ライヴ感を意識して録られたという2作目。前作よりノイジーで野蛮な耳触りながらも曲ごとの輪郭は端正になっているのが特徴的で、キャッチーな“Down On The Street”や後年のオルタナにも直結するパンキッシュな“T.V. Eye”、ダムドやシーナ&ロケッツらがカヴァーした“1970”など名曲が揃っている。サックス奏者のスティーヴ・マッケイが新加入した効果はB面後半でフリーキーに響いてくる。
モーター・シティが生んだオリジネイターの初アルバムにして、ロック史に残る爆音ライヴ盤。デビュー前にRolling Stone誌の表紙を飾るなどシーンの期待が注がれるなか、デトロイトのグランデ・ボールルームで録音。歌詞の問題で物議を醸した衝撃的な表題曲からサン・ラーの歌詞を参照した“Starship”まで、後のパンクの原型となる原始的で煽動的なロックの衝動と急進的な時代のエナジーが溢れんばかりに詰め込まれている。全米30位を記録。
大手デパートに喧嘩を売った広告を巡ってエレクトラを解雇され、アトランティックに移籍して放った初のスタジオ・アルバム。評論家のジョン・ランダウがプロデュースし、初作の猥雑さを削ぎ落とした音像にはメンバーも不満だったそうだが、小気味良いロックンロールで突貫する作りは後のパンクに直結するものだ。リトル・リチャードとチャック・ベリーのカヴァーが示唆的に配され、ダムドやホワイト・ストライプスの取り上げた“Looking At You”も収録。
エンジニアのジェフリー・ハスラムがプロデュースを担い、各々の創意で音楽的な幅を見せた2枚目のスタジオ・アルバム。フレッド・スミス作の冒頭曲“Sister Anne”を筆頭に曲の尺が長くなり、重いギターの轟くサイケ〜ハード・ロック的な側面が全体的に強調されている。後にメルヴィンズも歌う“Poison”やホーン隊を従えたファンキーな“Skunk (Sonicly Speaking)”など佳曲も多いが、セールス不振やドラッグ禍が重なって翌年バンドは解散することに。
Rolling Stone誌に〈史上最高のパンク・アルバム〉と評されたデビュー作で、この後ブロンディやスーサイドも手掛けるクレイグ・レオンが制作。〈Hey! Ho! Let’s go!〉でブチ上げる“Blitzkrieg Bop”から“Beat On The Brat”“Judy Is A Punk”など30分足らずの尺で14曲を威勢よく畳み掛ける。商業的には不発に終わるも、肥大したメインストリーム・ロックへの痛烈なカウンターとしてパンクが拡がっていく最初の一枚となった。邦題は〈ラモーンズの激情〉!
トニー・ボンジオヴィとT・エルデイ(トミー・ラモーン)が共同制作にあたり、前作譲りの疾走感に洗練味を加えたような雰囲気のセカンド・アルバム。ビーチ・ボーイズ風で進行する“Carbone Not Glue”や〈Gabba gabba hey〉のフレーズで有名な“Pinhead”、ドゥワップ調のコーラスが甘酸っぱい“Oh, Oh, I Love Her So”、ジョー・ジョーンズのカヴァー“California Sun”など収録曲はいずれも親しみやすい。本国では不発ながら全英45位を記録した。
引き続きボンジオヴィとトミーがプロデュースした3作目。シーナ(&ロケッツ)の名の由来とされる代表曲“Sheena Is A Punk Rocker”やバブルガム風味を増した親しみやすい“Rockaway Beach”を筆頭に、明快なパワー・ポップの様式が確立されている。ボビー・フリーマン“Do You Want To Dance”とトラッシュメン“Surfin’ Bird”のカヴァーも収録。初めて全米49位まで上昇するもリリース後にトミーが脱退し、これが初期体制での最終作となった。
脱退したトミーがエド・スタシアムと共同制作にあたり、リチャード・ヘルのドラマーだったマーキー・ラモーンを迎えた新体制での4作目。台頭する英国パンク勢への反動か曲調の幅を広げ、軽快な人気曲“I Wanna Be Sedated”やアコースティックな“Don’t Come Close”、サーチャーズ“Needles And Pins”のカヴァー、カントリー風バラード“Questioningly”まで愛すべき試行錯誤が楽しい好盤となっている。あのバンド名の由来となる“Bad Brain”も収録。
まだトミーを含むオリジナル編成だった77年の大晦日、ロンドンのレインボー・シアターで行われた公演の模様を収めたラモーンズ初のライヴ・アルバム。初期のアルバム3枚からの全28曲を矢継ぎ早に繰り出すエネルギッシュなパフォーマンスの疾走感に圧倒される。バンドの真骨頂を見せつけた内容はロック史上指折りの実況盤に数えられるもので、全英27位のヒットを記録した。なお、当日の会場にはジョニー・サンダースやシド&ナンシーもいたそう。
プロデュースを担うフィル・スペクター流儀の美意識で構築された異例の一枚。サックスやオルガンが響く人気のラジオ讃歌“Do You Remember Rock ‘N’ Roll Radio?”や、マネージャーのダニー・フィールズについて歌った美しい“Danny Says”、メンバーが演奏に不参加なロネッツのカヴァー“Baby, I Love You”など、いま聴けばGS作品のような楽しさ。本人たちの不満とは裏腹に、全米44位/全英14位というキャリア最高のチャート成績を残した。
メンバーはスティーヴ・リリーホワイトと組むつもりが、レーベルの要請で10CCのグレアム・グールドマンをプロデューサーに据えたという7作目。初めて全曲がオリジナルとなり、先行シングル“We Want The Airwaves”などで同時代のハード・ロック感を増しつつ、全体的にはコーラスの利いた端正なポップソングで80年代にフィットしている。“Don’t Go”や“7-11”といったノスタルジックな楽曲がここにきてフィル・スペクター調なのもおもしろい。
各々がアルコールや薬物の問題を抱えるなか、ジョニー主導で前2作のポップソング路線からリフ主体のハードなスタイルへ大きくアプローチした8作目。ジョニーとディー・ディー共作のキャッチーな“Psycho Therapy”、後にグリーン・デイが取り上げる“Outsider”あたりには後年のポップ・パンクに通じる雰囲気もある。ディー・ディーが初めてリード歌唱を担当した“Time Bomb”も収録。一方で飲酒が深刻化したマーキーは完成前に解雇されている。
新ドラマーのリッチー・ラモーンを加えた9作目は、トミーとエド・スタシアムが久々にプロデュースを手掛け、デビュー時の制作手法に立ち返ったという原点回帰作。とはいえサウンド面では前作以上にラウドなギターが前に出た印象で、実際にシンセ・ポップ“Howling At The Moon (Sha-La-La)”も含む曲調は多彩だ。ジョニーによる初のインスト・ナンバー“Durango 95”、ディー・ディーが歌う“Wart Hog”と“Endless Vacation”のジャイアンぶりも楽しい。
ジャン・ボーヴォワール(元プラズマティクス)のプロデューサーでシンセが大幅に導入された10作目。リッチー作の“Somebody Put Something In My Drink”が飛び出す一方、対立を深めたジョーイとジョニーは創作意欲が減退(?)。そのなかでディー・ディーが共作も含めて大半を書いている。アダルト・コンテンポラリー調のラヴソング“She Belongs To Me”やa-haばりに疾走する“Something To Believe In”の存在も80年代ならでは。
前々作でジョーイの共作者だったダニエル・レイがプロデューサーを任された11作目。ディー・ディー主体の曲作りは変わらず、オープニングの“I Wanna Live”を筆頭に全体的なメタル〜ハード・ロック成分もさらに濃くなった。ブロンディのデボラ・ハリーを迎えた“Go Lil Camaro Go”やロネッツ風の“Bye Bye Baby”がいい振り幅と持ち込んでいる。本作で“I Know Better Now”などを書いてソングライト面でも貢献したリッチーはリリース後に脱退。
主にビル・ラズウェルがプロデューサーを務め、密度の濃い重厚なサウンドに仕立てられたサイアーで最後のオリジナル・アルバム。同名の映画で起用されてモダン・ロック・チャートで成功した“Pet Sematary”とナイスな季節モノの“Merry Christmas (I Don’t Want To Fight Tonight)”はダニエル・レイが制作。アルコール中毒を克服してドラマーに復帰したマーキーが初めて作詞にも参加する一方、ディー・ディーはリリース後に脱退した。
91年3月12日にスペインのバルセロナで行ったパフォーマンスを収めた、バンドにとって2枚目のライヴ・アルバム(なぜかクリサリスから別日の公演を収めた同名作品も出ていた)。80年代のナンバーも数多く含むキャリア後期の定番セットリストと思しき全32曲入りの内容で、1〜2分台のナンバーを次々にブチ込んでくる興奮必至の内容だ。『Brain Drain』リリース後にディー・ディーと交替したCJ・ラモーン(ベース)にとっては初のアルバムでもある。
ラモーンズ、MC5、ストゥージズのその後!
サイアー離脱後のラモーンズはインディーに拠点を移して活動を続け、95年作『¡Adios Amigos!』を残して96年に解散。すでに結成メンバー4名は逝去したが、2002年に〈ロックの殿堂〉入りを果たし、音楽史に残るバンドとして現在も高く評価されている。近年は映画化の話などもあるものの、メンバーの不仲が遺族にも受け継がれているようで先行きは不明だ。
一方、72年に解散したMC5は、パティ・スミスと結婚したフレッド・スミスや90年代にエピタフでソロ活動したウェイン・クレイマーなど各々で活動を継続。2002年のドキュメンタリー映画「MC5: A True Testimonial」を機に再評価が進み、クレイマーとデニス・トンプソン、マイケル・デイヴィスの3名で再結成した。20年代に入ってアルバム制作も宣言されるなか、2024年にクレイマー、元マネージャーのジョン・シンクレア、トンプソンが立て続けに逝去。進行していた53年ぶりのアルバム『Heavy Lifting』が世に出たのは幸いだった。
そのなかで71年の解散後も散発的に動いてきたストゥージズが有名なのは、イギー・ポップの成功あってこそだろう。2003年の再結成後はアルバム2枚を残すが、アシュトン兄弟らの死を経て2016年に活動を終了。同年にはジム・ジャームッシュ監督のドキュメンタリー映画「ギミー・デンジャー」も話題になった。
左から、2024年にLP化されたラモーンズのデモ音源集『1975 Sire Demos』(Rhino)、MC5の2024年作『Heavy Lifting』(Ear Music)、イギー&ザ・ストゥージズの2013年作『Ready To Die』(Fat Possum)、イギー・ポップの2023年作『Every Loser』(Atlantic)

















