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(左から)梅津和時、坂田明
提供:新宿ピットイン/ピットインミュージック

梅津和時、坂田明、スガダイローらが伝えたフリージャズの愉しみ

何が起こるかわからないフリーな展開はジャズの醍醐味でもある。とりわけ観客が熱狂したのは初日3組目のSpecial Session Aだった。梅津和時と坂田明というベテラン2人が脱力したサックスの掛け合いをするところから始まったこのステージでは、しばらくしてスガダイロー(ピアノ)が銀色のフードを被って登場。ピアノ炎上における山下洋輔の防火服を思わせる姿のスガダイローは、坂田明とのデュオになると、どちらからともなく坂田の定番曲“Dance”の演奏を始めた。そこへ芳垣安洋(ドラムス)も入りトリオとなるのだが、その間、時たま梅津和時がサックスを吹きながらステージを素通りしていく。意表を突く演出に客席からは繰り返し笑い声が沸いた。

大衆文化に根づいた諧謔精神と哄笑を誘う冗談音楽もまた、日本におけるジャズ――なかでも1980年代におけるフリージャズ――に特有の愉しさだろう。なんとなれば坂田と梅津はそうしたユーモアを牽引した存在でもあった。さらにメンバーが代わって梅津和時、本田珠也、スガダイローのトリオになると、その後、横並びに置かれたドラム3台に中村達也、芳垣安洋、本田珠也が着席し、会場全体を揺さぶるようなパワフルなドラム合戦が始まった。最後は全員が集まり、坂田が持ち前の力強い声で浪曲のような語りを始め、再び“Dance”のテーマへと帰着し、観客は〈これを求めていた!〉と言わんばかりに盛り上がった。

 

(左から)山下洋輔、菊地成孔
提供:新宿ピットイン/ピットインミュージック

菊地成孔が大友良英、山下洋輔と交わした音の対話

初日4組目は、前回50周年の際に急逝したジャズ批評家・相倉久人の代役で司会も務めた菊地成孔をホストに、大友良英、山下洋輔とのデュオを行った。2005年からピットインで始めた毎年恒例クリスマスイブ〜クリスマスの菊地による連続公演のフォーマットを持ち込んだ形だ。大友とのデュオでは、アルトサックスとギターのノイジーかつフリーキーなセッション――アルトを選択したのは阿部薫と高柳昌行の『解体的交感』を意識してだろうか――や、ピアノとギターの即興演奏、さらに“ラストダンスは私に”を菊地が歌い大友が無関係なコードで伴奏しつつ音楽として成立させる多調の実験を行うなどした。

(左から)山下洋輔、大友良英、菊地成孔
提供:新宿ピットイン/ピットインミュージック

続いて菊地成孔と彼が師と仰ぐ山下洋輔とのデュオ。1曲目、アルトサックスを手にした菊地は、山下の名曲“グガン”のテーマフレーズを艶やかな音色で投げかけた。これに応じた山下は端正なタッチでフレーズを展開させていく。ボクシングに準えられる音の対決ではない、探り合いから対話を発展させていくような即興。2曲目は菊地がソプラノに持ち替え、コール・ポーターのスタンダード“Everytime We Say Goodbye”を取り上げた。山下もフェイバリットに挙げる曲だが、この日はピアノの上に譜面を置き、山下はそれを覗き込みながら慎重に演奏していた。

3曲目は山下洋輔のバンド在籍時に菊地が持ち込んだ“おじいさんの古時計”だった。テナーを手に取った菊地は、冒頭、アルバート・アイラーの“Ghosts”のテーマを吹き、そこから続けて“おじいさんの古時計”のメロディーへと繋げていった。それはかつて坂田明が山下洋輔トリオで“Ghosts”から“赤とんぼ”を連想ゲームのように紡ぎ出したことを思わせるものでもあった。考えてみれば“おじいさんの古時計”もアイラー的な雰囲気があるメロディーだ。菊地はテナーの音色を強いビブラートで揺らしながらフリーキーな演奏を連ねていった。

余談だがこの演奏を聴いた後、帰り際にわたしはアイラーの楽曲を思い出そうとしたのだが、何度思い浮かべても“おじいさんの古時計”が頭の中で鳴ってしまう。それほど類似しているのかと思いつつ、帰宅してから“おじいさんの古時計”についてあらためて調べた。同楽曲を作曲したのはヘンリー・クレイ・ワーク。発表は1876年。ワークは奴隷制反対の活動に関わっており、南北戦争に際しては黒人解放に動いた北軍のために“ジョージア行進曲”を作曲している。つまりワークには、そして“おじいさんの古時計”には、南北戦争の記憶が刻まれているのだ。その事実を知った時、ここには単なるメロディーの類似以上の意味合いがあったことへ思い至るのだが――これだけで一本の論考が書ける内容なのでこのことについては稿を改めることにする。