
提供:新宿ピットイン/ピットインミュージック
日本ジャズ史のある面を背負う大友良英ビッグバンドのダイナミズム
さて、菊地とデュオで出演した大友良英は2日目の1組目、17人編成からなる大所帯のスペシャルビッグバンドを率いて出演した。ここに驚きのサプライズがあった。冒頭、なんと山下洋輔が客演し、スペシャルビッグバンドとともに“キアズマ”を演奏したのだ。リハーサルを行わず初めて挑んだという“キアズマ”は凄まじい勢いに満ちており、山下洋輔のピアノも前日とは打って変わってエネルギッシュで激しいものだった。わずかに5分間の演奏ではあったものの、このサプライズには観客も大興奮の様子で、会場は一気に熱を帯びた。
スペシャルビッグバンドでは続けて、ピットインで生まれたとも言える“空が映えた2022年11月18日水曜日”を演奏。さらに全員で指揮をし合うことで即興を連ねていく“Stone Stone Stone”を経て、高柳昌行に捧げた“Song for Che”からの集団即興、そして富樫雅彦が作曲した“Waltz Step”を披露した。美しいメロディーが印象深い“Waltz Step”は、今やスタンダードとして若手ミュージシャンの間でも浸透している楽曲である。山下洋輔、高柳昌行、富樫雅彦という、日本ジャズ史の〈裏側〉を形成した重要人物にしてピットインを語る上でも欠かすことのできない面々に捧げた演奏は強烈なもので、まさにアニバーサリーに相応しいセットリストだったと言えるだろう。
スペシャルビッグバンドの演奏も最盛期といえるほど勢いづいていた。もともと朝ドラ「あまちゃん」の劇伴が出発点となったグループではあるものの、日本におけるジャズ史のある側面を2020年代において背負うために結成したのではないかと思えるほど、技術もアンサンブルも極まっていた。大ホールということもあって、新宿ピットインのような小さな空間と比べるとどうしても音の密度が薄まり、体験としては物足りなさやバランスの悪さを感じてしまうものだが、スペシャルビッグバンドにあっては音量のバランスも完璧で、むしろ広いコンサートホールならではのダイナミックな響きを生んでいた。

提供:新宿ピットイン/ピットインミュージック
ホールを満たした日野皓正の響き、世代と音楽性を横断した山下洋輔のプレイ
大ホールならではの響きという意味では、先に少し触れた初日5組目のトランペット・サミットも特筆すべき音楽を奏でた。冒頭で原朋直、中村恵介、類家心平、山田丈造という世代の異なる4人のトランペッターが登場すると、日野皓正がアレンジした“Miwa Yama”を金管四重奏で披露。この試みはコロナ禍でライブ活動が休止を余儀なくされた際、自宅で作曲に注力していた日野が、クラシックにおける弦楽四重奏に触発されて書き上げたものだったという。
“Miwa Yama”といえば日野の1981年のアルバム『Double Rainbow』でギル・エヴァンスが編曲していたことでも知られる楽曲だが、それをあらためて自らの手で再構築したとも言えるだろう。はたしてそのアンサンブルは素晴らしい響きを生んだ。複数の旋律が重なり合ってふくよかな一本の線を生んだかと思えば、多頭龍のように枝分かれして独特の音色を形成する。そしてトランペットという、距離感を超えて鋭く観客の耳に突き刺さる楽器の特性とホールの広い空間の相性がよく、まるで会場全体に包み込まれるかのような感覚にも陥ったのだ。それは楽曲のアレンジはもちろん、アンサンブルとして見事にリアライズした4人の卓越したトランペッターの手腕にもよるものだったろう。

提供:新宿ピットイン/ピットインミュージック
日野皓正とともに新宿ピットインのオープン当初から日本のジャズの礎を築いてきた人物の一人が山下洋輔である。すでに述べたように山下は2025年内での活動休止を発表しており、2日目5組目に登場したSPECIAL QUARTET PLUSが現時点での最後の演奏の場となった。

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坂井紅介(ベース)、本田珠也、類家心平という世代を跨いだメンバーを従えた山下は、カルテットでまずは“First Bridge”を演奏すると、池田篤と中山拓海という2人のサックス奏者を招き入れ(30代の中山から80代の山下まで各年代が揃うという状況!)、山下の代表曲の一つ“グガン”を演奏した。これが素晴らしかった。山下はドラムの本田とアイコンタクトを取り、肘打ちのクラスター奏法を織り交ぜ〈ドシャメシャ〉の演奏を披露、その鮮烈な内容は活動休止目前とはとても思えないものだった。一方、池田と中山という師弟関係のある2人による無伴奏アルトサックスデュオとなった場面では空気ががらりと変わり、クラシカルな雰囲気を湛えた美しい響きを聴かせ、その振り幅にも唸らされたのだった。