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渡辺貞夫カルテット
提供:新宿ピットイン/ピットインミュージック

最大の功労者・渡辺貞夫による〈現在〉の演奏

そして2日間にわたるコンサートの最後に登場したのがピットイン最大の功労者と言っていい渡辺貞夫であった。2024年より定着してきた小野塚晃(ピアノ)、三嶋大輝(ベース)、竹村一哲(ドラムス)を率いたレギュラーカルテットの編成。ステージには中央の渡辺貞夫を取り囲むように密着してピアノ、ベース、ドラムセットが置かれたインティメートなセッティング。そしてその演奏は出だしから観客を引き込んだ。

1曲目、2023年にリリースした7年ぶりのスタジオ作『PEACE』の表題曲でありホレス・シルヴァーの名バラード“ピース”の演奏が始まると、冒頭におけるサックスソロの音色の息を呑む美しさが会場の隅々まで染み渡るかのように響いた。そして渡辺のサックスに絶妙なコンビネーションでついていくピアノトリオ。御年92歳の渡辺貞夫と、年齢だけでいえば孫ほども歳の離れた30代の三嶋大輝や竹村一哲が、互いに妥協のない演奏を聴かせる。渡辺貞夫が全力でメンバーと向き合っていることが伝わる。短くまとめた演奏を10曲続け、全コンサートを通じて唯一となるアンコールに応えると、会場からは万雷の拍手が沸き起こった。

渡辺貞夫の演奏を聴いてあらためてコンサート全体について感じたのは、ここには日本のジャズの過去・現在・未来がある――のではなく、あらゆる意味で日本ジャズの〈現在〉があったということだ。むろん歴史の積み重ねと経験の蓄積はある。日本ジャズ史の60年間を辿り直すかのようなラインナップが揃ったコンサートだったとも言える。しかしたとえば渡辺貞夫は92歳の今しか奏でられないサックスを吹いていた。それは決して過去にはなかった響きなのである。そして92歳の渡辺貞夫が30代の若手と共に音楽を作り上げる状況は、2020年代半ばにしか起こり得ない、他ならぬ同時代の風景の一つとしてあった。その意味で年齢を問わず誰もが最前線の音楽を奏でていた。

新宿ピットインがオープンした1960年代、すなわち日本における独自のモダンジャズが本格的に勃興し始めた時代から活動を続けてきたレジェンドたち。彼らが切り拓いた地平から自身のオリジナルな音楽を築き上げてきたベテラン勢。さらに、まだこれからさらなる新たな時代を作っていくであろう若手ミュージシャンの面々。下は20代から上は90代まで、現役ミュージシャンのほぼ全ての世代が集った60周年記念コンサートでは、どの出演者もそれぞれに〈現在〉の音楽を鳴らしていた。そしてその〈現在〉が多層的であり多様な音楽――ストレートアヘッドなジャズからフュージョンやフリーまで――を内包していることそれ自体がピットイン的であり、ひいては成熟した日本ジャズの姿でもあったのではないかと思う。

 

女性出演者が少なかった事実から望む発展

最後に――100周年へ向けて、やや批判的になるがあえて記しておきたいことがある。ジャズ評論家の中川ヨウも指摘していたが、80名以上も出演した大規模なコンサートであったにもかかわらず、女性ミュージシャンの姿がほとんど見られなかった。ゲストやバンドメンバーを除くと皆無である。このバランスの悪さが目立って見えるようになったことも、あるいは10年前との違いの一つかもしれない。ジェンダーバランスを優先するために無理やり下駄を履かせるべきだと言いたいのではない。そのような策を弄さずとも、ピットインの毎月のスケジュールを眺めてみれば、優れた女性ジャズミュージシャンの名前はいくらでも出てくるのではなかろうか。

ピットインゆかりのミュージシャンを集めた結果、自然と今回のラインナップが揃ったのだろう。誰もが出演者として相応しいことはわかる。だが今回のコンサートが、たとえば海外からどう見えるかということは意識する必要があるのではないか。わたしはコンサート当日、それ以前からメールでやり取りしていた海外のプロモーターと会った。遠路はるばる来日したその人にとって、コンサートを通じて日本のジャズ界はどう映ったか。そこには女性が存在しないとすら思われても仕方がなかったのではあるまいか。そうした保守的状況も含めて日本ジャズの〈現在〉が浮き彫りになったということもできる。言い換えれば日本のジャズにはまだ多くの発展の余地がある。ひとまずは70周年記念コンサートへ向けた日々の継続と状況の変化に期待したい。