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ゴリラ祭ーズのチャンピオンロードが見えた

――なるほど。〈次は歌もの多めかな?〉くらいだったのが、そこで〈このままじゃいかん!〉になった。

古賀「あとは年末ワンマン(〈2024年のゴリラ祭ーズ〉2024年12月29日、UrBANGUILD)がデカいかな。それまでやってきた全部の要素を詰め込んで、2部構成でやったんです。1部は3人だけで、2部はサポートも加えて歌ものもやって」

平野「そのライブをお客さんとして見に来てくれたin the blue shirtの有村(崚)さんが言ってくれたひとことが僕らに響いた」

古賀「〈(ゴリラ祭ーズの)チャンピオンロードが見えた〉って褒めてくれたんです(笑)」

平野「その有村さんの提言から、僕らは〈王道〉ということをすごく考え始めたんです。それは、さっき言っていた〈ナノボロ〉のトリを取るという思いにもつながってるんですけど、われわれはニッチだけど、その対極にあるはずの王道に寄っていける可能性があるのかも、と」

古賀「なので、2025年になって最初に集まったときに〈今年はチャンピオンの年にしよう!〉と僕が言い出しました。そのときまでは、僕らは高校からやってるけど、ずっと全員違うことを考えてた。でも、〈歌で、チャンピオンで、スーツ着てやろう!〉みたいな感じで初めて3人の方向が一致したんです。そのままの勢いで、EP『Change』に向かえたかな」

――すでに2024年のうちに“日記”(6月)、“めくるめく師走”(12月)と歌ものの新曲がリリースされていたけど、本格的な変化を意識したのは2025年に入ってからだったということですね。

古賀「たぶん、有村さんは〈古賀の歌がチャンピオンロード〉という意味では言ってなかったんです。僕らの曲のアレンジや変な部分も含めて〈売れそう〉と言ってくれてたと思うんですけど、僕らは、アピールポイントは歌なんじゃないかと勝手にとらえちゃって」

舩越「ぼんやり〈この先どうしよう〉と考えてたところを〈チャンピオンロード〉という言葉をもらったことで、そこに収束すればいいんや、となれた。歌ものや王道なアレンジに挑戦する口実ができたというか」

古賀「ライブでもなるべくMCをしないようにしたり、いろいろ意識しましたね」

 

変化の途上で出会ったレーベルNEWFOLK

――そして、その路線変更をさらに推進したのが、新たな所属レーベルであるNEWFOLKとの出会い?

古賀「そもそもNEWFOLKとの接点は、山二つのツアーの京都公演(2024年1月20日、UrBANGUILD)が最初です。僕らを対バンに呼んでもらったんです。あと、その前の月に松永さん(インタビュアー)と飲んで〈NEWFOLK、いいんじゃない?〉と言われたんです」

――あ、言ってましたね、確かに(笑)。あれはKBS京都で僕がラジオ番組をやってたときの、2023年末最後の放送でゴリラ祭ーズにゲストで出てもらった後の打ち上げでした。

古賀「NEWFOLKはずっと好きなレーベルだったんですけど、好きだからこそ自分がそこでリリースするという感じにもなれなかった。でも松永さんに〈一回相談してみたら?〉と言われたこともあって、UrBANGUILDでNEWFOLKの須藤(朋寿)さんに相談しました」

須藤朋寿「直接お話しましたね。めちゃ控えめに(笑)」

古賀「めちゃガツガツしたやつだと思われたらイヤだなと思って(笑)」

――せっかくなんで須藤さんに聞きたいですが、ゴリラ祭ーズってどう見てました?

須藤「山二つの対バンで呼ぶ前から彼らのことは知っていたんですが、僕は基本的に歌ものが好きなので、“バンド”とか、彼らの歌もの曲に興味を持ってました。ただ、いろんなことをやろうとしてる段階にまだいるんだろうな、とも見てました。初めて見たUrBANGUILDでのライブも、ドタバタ劇を見ているような感じもあった(笑)。でも、3人ともめちゃめちゃ演奏力はあるし、曲もいい。なので、その時点では〈次はうちで〉みたいなところまではいかず、〈じゃ曲ができたら送ってよ〉みたいな話をした記憶ですね」

――なるほど。他に目に見える変化としては、どういうことを意識しました?

平野「前のアルバム2作は宅録やったんで、『Change』からはレコーディングスタジオに入って作ると決めたんですけど、そうすると宅録とは全然スケジュール感も違っていて手間取りました。もともとEPではなく、アルバムを去年の春に出すつもりだったけど間に合わず」

古賀「でも、変わっていきたいという気持ちが強かったし、なるべく早く歌ものでまとまった音源を出したかったんです。それで、アルバム用の曲から4曲を選りすぐって先に出しました。アルバムの他の曲も2024年のうちにできてはいたんですけど、まだアレンジや歌詞が違うかな。舩越くんは鍵盤ハーモニカだけやったし、平野くんもリコーダーだった。ちょうどEPを作るという時期から舩越くんはキーボードを導入したり、平野くんもトランペットを吹くようになったり」

――なんとなく脱皮する条件は揃っていってたというか。で、須藤さんとの本格的な話し合いはいつから?

古賀「それが、UrBANGUILDでしゃべってから一切連絡してなかったんです(笑)。でも、去年の春にあった〈パンと音楽とアンティーク〉(2025年3月28日~29日)への出演オファーを須藤さんからもらって、それが僕ら的にはいいタイミングだったというか、その時点でのアルバムの制作途中のデモ音源を送ったんです」

――なるほど。僕はちょっと勘違いしてて、NEWFOLKから出すにあたって須藤さんから「歌ものにしたら?」みたいなディレクションがあったのではと思ってたんです。でも、そういう流れとは関係なく、勝手に変化していたということなんですね。

須藤「人伝にではありますけど、彼らが僕の近しい人たちと共演する様子を追ってはいて、歌ものが増えそうだなというムードは『Change』の前に出したシングル(“めくるめく師走”)から勝手に感じてました」

古賀「バレてた(笑)」

須藤「アドバイスじみたことをするようになったのは、うちで出すと決まってからです」