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ジャケット写真に映し出された〈過ぎ去った未来〉

さきに『東京』の収録曲の歌詞には〈東京〉が登場しないことに触れたが、じつはこのアルバムには1つだけ〈東京〉を明確に指し示しているものがある。それは満開の桜が印象的なジャケット写真だ。この有名なアートワークは1970年代初頭に出版された植物図鑑から引用したもので、東京の千鳥ヶ淵で撮影されている。つまり被写体は東京の中心にある皇居のお堀と首都高速道路なのである。極論すれば『東京』というアルバムの主題はこのジャケットに収斂されているような気がするのだが、ともあれここでは〈首都高〉に注目してみたい。

松本隆は1975年に上梓したエッセイ集「微熱少年」の中でこう語っている。〈映画館がとりこわされ、首都高速が威圧するような巨大な影を街におとすようになり、都電の線路はいつの間にかはずされてしまった街で少年時代を過ごしてきた〉。オリンピックを見据えて次々と開通していった首都高は国家レベルでは未来の象徴でもあったが、東京という街の当事者だった松本にとっては馴染みの景色を葬り去る仇敵のような存在だったのだ。

しかし、というか当然ながら、『東京』のジャケ写にはそんな緊張感は微塵もない。むしろ僕を含め多くの人たちはこの写真に何かしらのノスタルジーを感じてしまうのではないだろうか。少なくともバブル崩壊後の不況や阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件などを経た1996年という不穏な時期において、四半世紀前の桜色に染まった都市風景は十分に優しく懐古的だった。ここでは、かつては来るべき未来の象徴だった高速道路もすでに遠く〈過ぎ去った未来〉の痕跡として映っているように思える。いずれにせよ緩やかな諦念も孕んだその郷愁めいた情感は、何よりもサニーデイの奏でるサウンドと叙情的な歌にハマりすぎるほどハマっていたのである。

東京の内側からの喪失感と外側からの憧憬と追想、1970年代と1990年代。両者は位相も時代も大きく異なるけれど、どちらも東京を単なる都市としてではなく〈過去と現在の時間が重なったトポス〉として捉えている点では共通しているように思う。

ところで僕は『東京』というアルバムに向き合うとき、はっぴいえんどと並んでいつもヴァン・ダイク・パークスのことも思い出してしまうのだ。それは彼がはっぴいえんどの名曲“さよならアメリカ さよならニッポン”に編曲で携わっていたからというわけではない。

ヴァン・ダイクのファーストアルバム『Song Cycle』(1968年)は、過去のさまざまな米国大衆音楽の断片を散りばめながら、テープ操作やエフェクトを駆使して万華鏡の如き音のパノラマを展開した傑作だ。当時のアメリカではヒッピーやフラワームーブメントなど若者主体のカウンターカルチャーが勃興し、旧来の慣習や伝統的な価値観は否定される対象となっていた。彼はそんな世相へのさらなるカウンターとして、古き良き音楽スタイルを最新の録音技術によってコラージュしたのだ。

ヴァン・ダイクとサニーデイを重ねてみると、1996年に『東京』が対峙したカルチャーはやはり〈渋谷系〉だったように思える。その名の通り東京発の先端的なムーブメントである渋谷系は(そこに括られたアーティストたちの思惑はともかく)つねに洒脱で祝祭的な都会の空気感をまとっていた。