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AKITO

帰りたいと思ったときもあった――練習生時代の苦悩

――そうしてプロジェクトに参加することになり、韓国での練習生期間が始まりました。皆さん、中学生や高校生の年齢で、しかも韓国で生活をしていかなければならないわけですし、練習環境も含めてかなり大変だったのではないでしょうか?

AKITO「正直、帰りたいと思ったときもありました……」

――ドキュメンタリー番組では〈逃げるなら今だ〉みたいな会話をしていたということも明かされていましたね。

IO「それは僕とRENKIですね。定期的に実家へ帰れるタイミングがあったんですが、実家で過ごしたあと、韓国に戻る空港で手荷物検査の前に〈逃げるなら今や!〉って話をいつもしていました(笑)」

――そんな大変な練習生期間を頑張ることができた原動力は何だったのでしょうか?

RENKI「僕は歌もダンスも未経験だったので、しんどいなとか、やばいなとは思っていたんですが、〈辞めたい〉という気持ちにはならなかったんですよね。それまでずっとキックボクシングをやっていたので、忍耐力は鍛えられていたのかなと」

――とはいえ、腐らずに成長し続けられたのはすごいですよね。

AKITO「本当にすごいよ」

IO「〈腐り知らず〉って感じ」

RENKI「ありがとうございます。みんなすごく褒めてくれてうれしい(笑)。キックボクシングをやっていたこともあって、競いたがり……? なんて言えばいいんだろう?」

──〈負けず嫌い〉ですか?

RENKI「そうそう、負けず嫌いで。練習生はこの5人以外にもいたんですけど、〈この人には負けない〉ってみんなに対して思いながら練習していました」

 

IO

ここで辞めたら自分に価値はない

――最年少のKOTAROさんは、渡韓したのは12歳のときですよね。

KOTARO「はい、中学校に入学したばかりのタイミングでした。僕は〈やるからにはしっかりやってデビューしたい〉という気持ちが強かったんだと思います」

RYOHA「僕は正直、〈辞めていいよ〉って言われていたら、たぶんここにはいなかったと思います。だけど〈辞めたらダメだ〉〈せっかく韓国に来たんだし、ここで夢を追い続けよう〉と思っていました」

AKITO「〈このままじゃ日本へはもう帰れない〉と思うぐらい、自分に対して勘違いしていてよかったな(笑)」

RYOHA「うん、勘違いしていてよかった(笑)。でもみんなと練習をして、月に1回のテストを受けて……という日々を過ごしているうちに〈負けたくない〉とか〈絶対にデビューしたい〉という気持ちが徐々に芽生えていって。その気持ちで頑張れたのかなと思います。でも〈別に帰ってもいいよ〉と言われていたら、本当に帰っていましたね(笑)」

――RYOHAさんが〈帰れない〉と思い込んでいてよかったです(笑)。

IO「僕も高校を途中で辞めて韓国に来たので、〈辞めたら自分に価値がない〉ってずっと思っていたんです。家族や親戚、友達が応援してくれているのも、僕がデビューするという目標を持っていたからで、それを諦めたらもう応援してもらえないと思って。それで続けられていました」

――〈辞めたら価値がない〉なんてそんなことは絶対にないですけど、IOさんもIOさんで勘違いしていてよかったのかもしれないですね。

IO「そうですね」

AKITO「勘違いが多い(笑)! 僕は、実家に帰れる期間が原動力でした。〈そこまで全力で頑張ろう〉って。で、実家に帰ったら食べたいものを食べて、思い切り友達と遊んで。そうやって自分のなかで小さい目標を決めていたから頑張れたのかなって」

――実家に帰ることをご褒美にするような。

AKITO「はい。あとは、友達にも家族にもめちゃくちゃ応援してもらっていたので、〈ここで辞めるとか言ったらダサいな〉と思って。ダサくなりたくなかったから頑張れたのかなとも思います」