テクノロジーで加速する若手クリエイターの現在地

 3年にわたる長期改修にあたり、館内の備品やら用具やらの搬出で慌ただしい東京文化会館の一隅で、今回の作品では感情、エモーションすなわち喜怒哀楽のようなものが大切な要素となる、と発言内容とはうらはらなおだやかな口ぶりで向井響は語りはじめる。この日、2026年5月25日に東京文化会館とフランスの国立音響音楽研究所(IRCAM)がタッグを組んだ音楽クリエイター育成プロジェクトは中間報告の節目をむかえた。前々号でも詳報したこの企画はデジタルテクノロジーに親和的な若手作曲家とエンジニアをIRCAMでの滞在制作を通して支援するというもの。向井はそのトップバッターで、自身が手がける作品について、先の取材ではコンピュータ上で独自のモデルを開発し弦楽器などの音を入力すると人声を出力するシステムを用いるライヴエレクトロニクス作品だと述べていた。発言からはふたつのポイントが浮かび上がる。器楽の音が人の声に階調状に変化(モーフィング)すること、加えてアウトプットの人の声のモデルが本邦の伝統音楽であること。AIを利用した機械学習と、竹本越孝ら女義太夫節の重鎮の力添えもあり、器楽を人声に変化させる機能(モジュール)の開発は目途が立ちそうだ。となれば、いかなる作品を書くかが次なる課題──となったとき、向井の念頭に去来したのが人間とは切っても切れない感情の二語だったのだという。

 「感情はアカデミックな作品では排除されてきたと思うんです。不確定なものだし、コンセプトといわれるようなものに比して遠いところに位置づけられがちです。ことに現代音楽の分野では観念的であったり、哲学的な命題をもっていたり、こういうシステムがこう動いていますというのを説明するような作品が多い気がします」

 いわゆる〈現代音楽〉を、後期ロマン派が象徴する標題音楽の対極と捉えると、向井のいうように、感情は楽曲の複雑な響きを損なう夾雑物ともみなされかねない。とはいえモダニズムの全盛期である20世紀中葉を遠く離れたいま、いかに先鋭的な方法であっても陳腐化の懸念は免れない。むろん向井ら、1990年代生まれの作曲家をとりまく聴取環境も無視できない。とりわけ向井は、前回のインタビューでも言及したオウテカやレゲトンしかり、同時代の他分野の音楽に積極的に耳を傾けてきた作曲家でもある。

 「今年の5月、ポルトガルのポルト人形劇団を招いて上演した『美少女革命プロジェクト』のためにラップの曲を書いたんですね。トラックは自作しましたが、ラップのパートのデモをつくるにあたって、参考までに音楽生成AIのコミュニティをのぞいてみたんです。そうしたら〈悲しい曲〉とか〈楽しい曲〉とか、プロンプトの多くが感情でできていた。これはもういちどそこにフォーカスするべきではないかと思ったんです」

 もっとも向井のいう感情は〈エモい〉的な単純さには回収しがたい、時間と音の操作がもたらす抑揚を意味する。作品の時間の枠のなかで音は時々刻々、他の音と関係を変化させながら総体もまたたえまなく運動する。今回の委嘱作がフルートとヴァイオリン、ヴィオラ、チェロに打楽器を含む編成で10分ほどの規模であることも中間報告では明らかになった。来年1月のIRCAMでの世界初演につづき、2月の日本初演〈プレミエ・コンサート〉では8chの音響システムが会場の浜離宮朝日ホールにお目見えするという。IRCAMに範をとった立体音響空間を西洋音楽、邦楽、電子音楽がシームレスに移行し、ライヴエレクトロニクスならではの意外性がつけ加わる。これこそ向井響にしかなしえない音の場の創出であろう。

 「作曲家は作品を書くことが仕事ですが、自分しか書けないような作品をどうしてもつくりたくて、今回はそのひとつの答えになるんじゃないかと思ってます。私の作品では、いつもは浄瑠璃しか聴かないけど、現代音楽的な部分にふれて面白かったといってくれる方もたくさんいますし、現代音楽のファンだけど、義太夫ってこんなにかっこいいんだって思ってくれる人もいる。とにかく来ていただいて聴いてもらう。そのうえで感想を持ってもらうのが大事だなと思います。多くの方に聴いていただきたいです」

 


向井響(Hibiki Mukai)
作曲家。桐朋学園大学卒業。ハーグ王立音楽院ソノロジー研究所修士課程を首席で修了。ハープと電子音響のための“美少女革命”が、ガウデアムス国際現代音楽週間 '18(ユトレヒト)の招待作品に選ばれ欧州デビュー。これまでにローソン・メイ作曲賞、マリン・ゴレミノフ国際作曲賞を受賞、第6回マータン・ギヴォル国際作曲コンクール 第1位、ORDA-2019作曲部門第1位など多数の受賞歴を持つ。主な作品に、“機械の肌Ⅴ”(NHK委嘱)、“マグノリアの花”(モスクワ国立電子音楽センター委嘱)など。

 


LIVE INFORMATION
音楽クリエイター育成プロジェクト成果発表「プレミエ・コンサート」

2027年2月26日(金)浜離宮朝日ホール 音楽ホール
開場/開演:18:30/19:00

■曲目
向井響:人の声/機械の声 *日本初演 ※東京文化会館、IRCAM共同委嘱作品
向井響:新曲(弦楽四重奏) *日本初演 ※東京文化会館委嘱作品
北爪裕道:sparking(2011)
リン・メイファン:RemembeЯ(2025) *日本初演
フィリップ・ユレル:弦楽四重奏曲第3番「En Filigrane」 *日本初演
野平一郎:謎(2006)

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