和久井沙良が4作目となるフルアルバム『Nothing But Living』をリリースした。2月にリリースされたEP『utas』と同じく全編、和久井自身の歌唱による〈歌もの〉楽曲が収められた全13曲のアルバムである。13曲の中には幽玄なアンビエントポップがあり、イシイトモキ、高橋佳輝、上原俊亮というライブでも共演し続けている盤石のバンドメンバーたちとの狂騒的なバンド演奏があり、盟友・竹内アンナと甘く強く歌い上げるディスコチューンがあり、端正で叙情的なR&Bがあり……と、音楽性はとにかく多彩。このひとつのところに留まろうとしない多彩さと自由さこそが和久井沙良という人間なのだろう。そしてまた、和久井がこのアルバムで捉えようとした移ろいゆく心、流れゆく時間、とりとめのない日々もまた、このざっくばらんとしながら全体的にメロウな質感を持った音楽性に表れているのだと思う。
『Nothing But Living』には、和久井沙良というひとりの人間が世界や他者と擦れ合いながら感じてきたであろう、痛みや喜びが露わに歌われている。強く主張するような歌声ではないが、それでも〈歌わなければいけない〉と静かに覚悟を決めたような和久井の歌声は、〈出会い〉と〈別れ〉がこのアルバムに刻まれていることを確かに感じさせる。なんて哀しくて、なんて温かい音楽だろう。何度も繰り返し聴き続けていくうちに、あるときアルバム最後の“shoes”を聴いたとき、僕はこの曲と並んで歩いているような気分になった。この世界に大好きなシンガーソングライターがまたひとり誕生した。

気づいたら歌ってた
――今回のアルバム『Nothing But Living』は、今年2月に出たEP『utas』と同じく全編和久井さん自身による歌ものの作品ですが、全体の質感は『utas』とはどこか違っていて。それは『Nothing~』の方が音楽性が多様だから、ということもありますが、僕が感じたのは、『Nothing~』のほとんどの歌には〈他者がいる〉という感覚があるんじゃないかということでした。それによって、このアルバムは今までの和久井さんのどの作品とも違う悲しみや嬉しさを表現し得ているのではないかと思ったんです。まずは本作の制作がどのように始まったのか、教えてください。
「制作のスタートは、確か今年の2月か3月あたりだった気がします。それまでにデモができ上がっていた曲は数曲あるんですけど、それに加えて、3月くらいから新たに作り始めた感じでしたね」
――『utas』を出されたあたりですね。
「そうですね、『utas』に入らなかった曲を制作してみたり。ただ、その段階ではこれといったコンセプトみたいなものは考えずに、とりあえず1曲1曲作っていくぞ、っていう感じでした。なので、アルバムとしてひとつの統一された思いやテーマがあったわけでもないんですよね。バラバラな感情がギュッと入っている感じ。ただひとつ言えるのは、全部が歌ものになった、ということだと思います」
――これは改めての質問になるかもしれませんが、デビューからずっとインストゥルメンタルが主軸にあったうえで、なぜ今、和久井さんは自分で歌うことを求めたのだと思いますか?
「なんでなのかな……。わからない(笑)」
――(笑)。
「気づいたら歌ってた、っていう感じなんですよね。気づいたらピアノを弾いていたのと同じように、気づいたら歌っていました。阿部さん(阿部淳/APPOLO SOUNDS代表)をはじめ、〈歌もの、いいね〉と言ってくれる人が周りにちらほら現れてきて〈もうちょっとこの分野を突き詰めてみたい〉と思ったのも大きいです。あとは、単純に楽しいから作っている、というのが大きいなと思います」
――今作のリファレンスという観点を抜きにして、歌ものの表現をしている音楽家で和久井さんが好きな人を挙げるとすると、どんな人が浮かびますか?
「日本語の音楽で言うと、日常的によく聴くのはodolやBialystocksですね。他にもジャスミン・マイラさんやリアン・ラ・ハヴァスさんのような人たちをよく聴いています。直接的に今回のアルバムのリファレンスになっているわけではないですけど、影響はどこかにあるかもしれないです」
