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シティポップが海外でも人気がある理由

全盛期を過ぎた1990年代以降、一部のファンやDJを除いて、〈過去の音楽〉としてすっかり忘れ去られていたシティポップだが、2010年代になってから主に海外で〈再発見〉される。なぜ人気が再燃し、しかも海外が中心だったのか? その理由を掘り下げてみよう。

インターネットやSNSの影響

まず、シティポップ作品を国外に届けたのは、インターネットだったことが指摘できる。ヴェイパーウェイヴやその派生形であるフューチャーファンクという海外のネット中心のジャンル/シーンが、シティポップの曲を無断でサンプリング(一部を引用・流用)して先鞭をつけた。さらに、シティポップを1980~1990年代のアニメ映像と結びつけたのも、そのようなネット文化だった。

また、海賊的にアップロードされていた〈元ネタ〉のシティポップ作品が、YouTubeでは聴かれていた。そんななか、アルゴリズムの偶然によって2017年に公開された竹内まりや“プラスティック・ラブ”(1984年)の動画がヒット。そして、コロナ禍が始まった2020年、松原みきのヒット曲“真夜中のドア〜stay with me”(1979年)がTikTokやSpotifyで聴かれるようになり、インドネシアの歌手Rainychによるカバーが人気を後押ししたこともあり、ブームとリバイバル・再評価を強化した。

音楽的クオリティの圧倒的高さ

上記のとおりシティポップ全盛時代は、バブル経済に向かっていく当時の日本の豊かな経済、東京を中心にした都市の良好なレコーディングスタジオ環境が洗練された音楽を生み出していた。また、潤沢な制作予算や資金を投入し、海外で録音したり外国人ミュージシャン/プロデューサーを起用したりすることもあった。

そうして作られていたシティポップ作品は、リリース当時は日本以外にほとんど流通していなかったが、ネットを通じて再発見した海外のリスナーには新鮮に響いた。シティポップは、洋楽からの影響が強くてサウンドの質も高いため、海外の聴き手にとって聴きやすくて心地よい。しかも、日本語の歌詞をはじめ日本的な要素があるため、目新しさもある。そういった安心感と驚き、両方を兼ね備えていることが2つ目の理由だと言える。

イラストやアニメと結びついたノスタルジックでレトロな世界観

高品質な音楽だからこそ普遍的で古びないシティポップだが、やはりノスタルジーに結びついていることも人気の理由のひとつだ。現代の音楽と異なるメロディ、コード感、リズムやビート、音の質感は、日本人以外が聴いても懐かしさを感じさせる。

さらに、シティポップのレトロさを増加させているのは、ビジュアル面も大きい。都会の夜景、夏のビーチやプールサイド、ハイウェイと車……。前述した永井博らのイラスト、そしてネット文化由来のアニメとの接続は、1970~1980年代特有の空気感を強化している。音楽と結びついた視覚的な部分が、シティポップのレトロでノスタルジックな世界観を形成しているのだ。〈日本には行ったことがないけど、なぜか懐かしい〉という切ない感情を呼び起こすシティポップに、多くの海外リスナーが惹かれている。

外ポップスやサブジャンルへの多大な影響

最後に、これはリバイバルが拡大していく過程で起こった結果論だが、海外の音楽や文化に大きな影響を及ぼしたことが挙げられる。すでに触れたザ・ウィークエンドのように、R&Bやヒップホップ、ダンスミュージックのアーティスト/プロデューサーは、2010年代以降、シティポップの曲を積極的にサンプリングするようになった。彼らにとって日本のシティポップは、見知らぬ音楽が発見できる〈未開拓地〉でもあったのだ。たとえば、アメリカの著名ラッパー、タイラー・ザ・クリエイターは山下達郎や矢野顕子の曲をサンプリングしている。リスナーはその元ネタを探し、シティポップをディグる回路が出来上がったのだ。

また、2017年にテレビ東京の人気番組「YOUは何しに日本へ?」で放送された、アメリカ人男性が大貫妙子『SUNSHOWER』(1977年)のレコードを探しに日本を訪れた様子は大いに話題になった。そのようにレコードの再ブーム化とも結びついて、シティポップの音楽性やビジュアルの影響力は増していった。